芝 幹雄
1983年多摩美術大学デザイン科卒業、GKインダストリアルデザイン研究所に入社。1990年株式会社GEO設立に参加、医療機器の設計とデザイン、その他産業機械の設計を手がける。2007年3月独立、株式会社SHIFT設立。同社代表取締役。
http://www.shift-design.jp/ |
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これまでに、80年代に起きたモダニズムの終焉についてお話してきたわけであるが、もともとはデザインを依頼する立場から、デザイナーとの話題作りのためにと思い、取り上げたエピソードであった。
しかし、振り返るとすべてがモダニズムに関する話題になってしまった。やはりこのモダニズムからのパラダイムシフトという話題は避けて通ることのできないものであると、筆者自身も再認識した次第である。
一昔前はモダニズムについて語れるかどうかがデザイナーの格を決めるものと認識されていたものであったが、90年代、バブル崩壊とともに多くのフリーランスデザイン事務所が姿を消していくこととなり、工業デザイナー達はモダニズムのことなど忘れ去ってしまったかのように、それぞれオリジナルのパラダイムを構築しようと躍起になる。その中で成功したものといえば、ミニマリズムぐらいではないだろうか。
もともとこのミニマリズムという言葉はアートや音楽の世界では60年代頃が発祥のようであるが、工業デザインの世界では90年代半ばにオランダからドローグデザインとして流行し、ミニマルデザインや、ノーデザインと呼ばれ、いまだにその勢いは衰える気配がない。
徹底して装飾を廃し、可能な限り単純かつ明快なフォルムを追求し、それで多少使いにくくなっても問題なしとするのが、今根付いているミニマルデザインの考え方のようである。最初の2つはまさにモダニズムそのものであるから、このデザイン思想の新しいところは使いにくくなってもよしとするところにある。つまりモダニズムからForm、Follows、Functionの大看板を取り外し、Simple is bestを前面に掲げ、ユーザーにSimple lifeを求めるとミニマルになる。根っこはモダニズムそのもので、より良い生活をユーザーに提供しようという思いが欠如しているわけでもない、違いはユーザーが高機能、高性能を求めないという前提がなければならないこところにある。
この高機能、高性能を求めない考え方は、80年代後半の欧州が発祥のようである。その頃、「モノ離れ」または「脱物質主義」という言葉がよく話題になっていた。それはまさに、急速に進化する機器を前にして工業デザイナーたちがモダニズムに限界を感じ初めていた頃のことである。どんどん高機能、高性能になり、使いにくくなった家電製品に対して「まるで機械に使われているようだ」「こんな機能はいらない」と言い始めたのがその頃の欧州のユーザーたちであり、その現象を「モノ離れ」と呼び、それを極めると「脱物質主義」に行き着く。ミニマリズムの根っこはこのあたりなのだと思う。そんな脱物質主義的思想に対してデザイナーが出した1つの答えがミニマルデザインであったはずである。
では、今の日本のユーザーはどうなのであろうか。携帯電話やデジタルカメラはいまだに高機能化、高性能化の競争である。「それでは使いにくい」という人にはユニバーサルデザインのモノが用意され、そして「使いにくくてもいいからシンプルでカッコいいものを」というコアなユーザーのためにミニマルデザインが存在しているかのようで、日本ではそんなニッチな市場にすぎないのかもしれない。しかし、何故か本来の意味など忘れてしまったかのように語られすぎている気がしてならない。
日本は工業国であるから、機械の高性能化、高機能化を止めるわけにはいかない。もし止めてしまおうとするのであれば、工業国とは別の国のあり方を模索する必要があるのではないだろうか。そして工業国として経済を成り立たせていくためには、工業デザイナーの役割も重要である。また工業デザイナーは技術とユーザーの間に位置し、どちらにも目を向けていなければならない。
ミニマリズムが根強い運動として、たとえ時間がかかっても、社会を変革していこうという志から成り立っているのであれば理解もできるのだが、そうであればデザイナーはもっとその根底にある思想を啓蒙していく必要があるのではないだろうか。そうでなければ、今デザイナーたちが提案するミニマルデザインが、本当にユーザーに歓迎されるものと成り得るのか疑問である。
そしてそれらは、いまだにモダニズムの思想を無視することもできない。冒頭に「モダニズムの終焉」と書いたが実際には工業デザインの世界では何も終わっていないし、それに変わる思想が生み出されたわけでもない。であるから語り尽くされたわけでもない。モダニズムを起点とした議論は今後も必要なのではないだろうか。
※「経営者が選ぶデザイン」は今回でひとまず終了します。
次回より芝 幹雄氏の新連載コラムをお届けしますので、お楽しみに。
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