倉方雅行
プロダクトデザイナー。1958年東京都生まれ、東京造形大学卒業。有限会社セルツカンパニー代表取締役、monos inc.専務取締役COO。東京造形大学、武蔵野美術大学、法政大学、明星大学、昭和女子大学講師。
http://www.seltz.co.jp/
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「展開力」の回で出した問題の答えから始めることにしよう。
1つだけ使うなら、答えは「砂」。小さな穴の中に砂を少しずつ入れていく。すると「ひよこ」は、その砂に乗る。そしてまた砂を少し…。だんだんと底が高くなっていき、やがて脱出できるまで穴の底の高さが上がってくる。もし全部使うなら、まず砂を入れて水を少し注ぐ。底を固めてまた砂を入れ、水を注ぎ…。適度な高さになったところで、枝伝いに登らせて脱出を図る。既存の考え方からまったく違ったアイデアを生み出すことが「展開力」ということになる。
さて、今回の本題は「表現力」。今まで付けてきた「力」で生まれたアイデアを、次にどのように人に表現するのか。
一般にデザイナーは絵がうまいということになっている。しかし、本当はそれだけではないはずだと、私は信じている。「表現」=「スケッチ」=「デザイン」ではないからだ。スケッチなどは単に表現方法の1つにすぎない。それは、最終的に自分の頭の中にある、目に見えないアイデアをどのように他人に伝えるか。その方法が表現力だからだ。
そういう意味で、デザイナーの表現三種の神器は「スケッチ」「図面」「モデル」と言えよう。それらは手段が違うにせよ、アイデアを伝える道具である。ところが、パースを使ったスケッチは寸法の表現が曖昧だし、図面は素材感や色などが分かりづらい。モデルはそれらがかなり分かるものの、本物ではない。
それぞれが持っている欠点はあるが、むしろ特性が発揮されたときに、やっと頭の中のアイデアの一部が相手に伝わるということだ。言い換えれば、絵が下手なら図面を、図面も下手ならモデルで補う、などの手段を考えればよいことなのだ。
その次にそれらが持つ重要なところは、誰のために表現するかという点である。それは、自分以外の人全員ということを忘れてはいけない。言い換えるなら、他の誰かに自分の気持ちを的確に伝えるために、スケッチや図面、モデルを作るということだ。とくに図面の場合、寸法の入れ方は、作り手の視点でどこを基準にして測ったら分かりやすいか、どの順序で記入すれば間違えにくいかなどを考えながら記入していく。また断面図などは、必ず押さえておいてほしいところを必要なだけ描くということになる。
ここで、「表現力」を磨く方法として、文章による情景描写をお勧めする。なんでもよいのだが、写真や目の前の状況でも、それを第三者へ目に浮かぶように伝わる文章で表現してみる。少なくとも言葉は、ほとんどすべての人が持っている共通の表現手段だからだ。例えば、テラスのカフェでお茶をしてながら読書をする人の場合。
「しおり代わりの一片の葉が、読みかけの文庫本のページの次の行を隠した。先を妨げられたことで、再び周りの時間が動き出し、手元のカップを口元へと運ぶ。先ほどまでの躊躇するほどの熱さは消え、心地よい温もりのカフェオレが唇を伝い舌に触れる」。
情景がうまく伝わっただろうか?
ところで、この三種の神器の他に、もう1つ大事な表現方法がある。それは語る力、説得する力だ。しかしそれこそその話は、最後の「説得力」の回で語ってみたい。
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