芝 幹雄
1983年多摩美術大学デザイン科卒業、GKインダストリアルデザイン研究所に入社。1990年株式会社GEO設立に参加、医療機器の設計とデザイン、その他産業機械の設計を手がける。2007年3月独立、株式会社SHIFT設立。同社代表取締役。
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その日プレゼンテーションを終え、「お疲れ様です」とクライアントの会社を送り出されたときには午前1時を回っていた。この日(実際には前日になるのだが)このクライアントに出向きプレゼンテーションを始めたのが午後1時であったから、12時間の打ち合わせとなったわけである。前回のお話よりさらに数年前のことである。都内ではあったが終電も終わり、仕方なくタクシーで帰宅した。
このクライアントは特にデザインを重要視しており、商品企画部長のデザインに対する思い入れは今まで出会った客の中でも1、2を争う。であるからして、デザインのプレゼンテーションはいつも長時間に及ぶので、こちらもそれなりの覚悟と準備をしていくのであるが、それでも長くて6時間までであった。この日12時間の記録を作ったのには別の理由があるのだが、それは後半にお話しするとしよう。
それにしても1度のデザインプレゼンテーションが5、6時間というのは、他のクライアントではあまり経験しないものである。なぜそれだけ時間がかかるのかというと、まず、前述のとおりデザインに対する思い入れの強さから、我々も3案持っていって「どれにしますか?」などとはできなかった。考えうるすべての可能性をスケッチにして、多いときには12案以上用意していた。そしてその中に「枯れ木」は許されない。「枯れ木」とは我々だけの身内言葉かもしれないが、時折デザイナーが使う手法のことである。つまり、本命となる数点の案にどうでもいいような案をそれと同数か、もしくはそれより多く用意し、本命をより引き立たせ、プレゼンテーションの賑わいを作る役目の案のことである。「枯れ木も山の賑わい」である。
しかし、このクライアントにそのような案を持っていくと、「こんなのじゃダメだ、てな、もんですよ」と部長独特の言い回しで、厳しい言葉をやんわり投げ返される。我々が用意した案、1点1点をこれでもかとばかりにつぶさに検証するのである。
「この案のこの部分をこちらの案のこの部分と合体させるとどうなる?」「この部分が重要なのだから、中身からそれがケースを突き破るような感じにはできないか?」「この2つの要素が衝突し合ってこちらの勢いで、この部分が変形したようにすればどうなる?」。なかば禅問答のような質問に「そうするとこんな感じになりますが」「それはここがこうなるからできない」と真剣に、即座に、答えを出していかなければならない。打ち合わせというよりバトルである。
だから5時間や6時間は当たり前であった。ここまで真剣に挑んでこられては、こちらもデザイナーの意地をかけて戦うしかない。だからこのクライアントはそれなりに高額なデザイン料を用意してくれていた。しかし、こちらからしてみれば十分に「元を取られた」感はある。逆の見方をすれば、デザイナーをうまく使っていた好例といえるのではないだろうか。
さて、ここからは冒頭の12時間プレゼンテーションの理由である。このクライアントはメーカーでありながら半分は商社的な存在で、我々が担当していた商品は別の会社が「中身」を開発、製造するものであった。当然プレゼンテーションにはその会社の技術者数名も同席していた。
その日我々が用意したデザイン案も、クライアントの商品企画に基づきその会社が設計した「中身」の図面をベースに考えたものであった。前半はいつものようにバトルが繰り広げられ、午後7時、会議室に弁当が用意されたころ、決着がつきそうな流れとなり、部長の顔にも満足感が見えたときであった。
同席していた技術者の「実は当初の設計では所定の性能が出ないことが判明しております」という一言で引っくり返ってしまった。彼らはその事実を伝え、今後の対策に関して話し合うつもりで来ていたのであるが、壁に張り出された我々のデザイン案と繰り広げられる熱い議論を前にして、そのことを最後まで言い出せなかったのである。吉本新喜劇ではないが、全員椅子から転げ落ちそうになった。
今回のお話の中には、デザイナーをうまく使いこなす方法と、やる気をなくさせる出来事の両方が含まれている。この後半のどんでん返しの話題の続きは次回に。
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