芝 幹雄
1983年多摩美術大学デザイン科卒業、GKインダストリアルデザイン研究所に入社。1990年株式会社GEO設立に参加、医療機器の設計とデザイン、その他産業機械の設計を手がける。2007年3月独立、株式会社SHIFT設立。同社代表取締役。
http://www.shift-design.jp/ |
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●Designer、Stylist、Artist、Engineer
昔イギリスを旅した時、スコットランドの果てのある宿でバーミンガムから来たという中年の夫婦と出会った。英語は得意でなかったが、亭主の仕事はDesignerだと言うことは分かった。自分もデザイナーであると言ったのだが何か話しがかみ合わない。一緒に旅をした英語の達者な友人が話をすると、彼はMicro Electronics Designerだということが分かった。つまりLSIの設計者であった。英語のDesignerと日本語のデザイナーは意味が違うことを思い出した。
プロダクトの業界に限定すれば、日本で言うデザイナーは英語ではStylist、またはArtistと言う方が通じやすいようである。ただDesignerと言うと日本語のエンジニアのニュアンスの方が強いらしい。
ところが中国語でデザインは設計と書き、その意味は日本で言うプロダクトデザインと同じになる。なんともややこしいことになっているが、日本語ではプロダクトデザインの意味は世の中に浸透し理解されているのであろうか。
●不明瞭な領域
10数年ほど前の話であるが、3D CADを使って筐体と機構設計を主業務とする会社を設立した時のこと。もともとデザインを主業務とした会社で同様な業務をしていたが、営業的に別会社にした方が良いとの判断からである。その設立資金の融資に区の助成が受けられると言うことで、早速役所の審査を受けに行った。面接官は区役所の人ではなく、ビジネスコンサルタントの方であったように記憶している。
面接官に、新しい会社設立の目的を説明した時。デザイン業務ではなく、設計業務を行う会社を作りたいと話したところ、「デザインとは設計と言う意味ではないのか、何が違うのだ」と言われた。そのときは外観を決定するのがデザインで中身を決定するのが設計であると適当に答えて何とかなったのだが。
確かに「プロダクトデザインの職域とは」と聞かれると「こう」と言い切れるものではないし、1つの商品を開発するにしてもそのアプローチはいくらでもあるだろう。そしてデザインとアートの境目がはっきりとしないのはデザイナーと言う職業が生まれて以来からのことであり、進化し変化し続ける世の中にある限りそれにともなって職業の形が変化するのは当たり前であり、そうあるべきと思う。だから、自分自身でもデザインの領域をエンジニアの領域に広げていこうと心掛けている。
●自分の「デザイン」を明確に
またいわゆる日本語で言うところのアーティストがプロダクトデザインを手がけることも、またはアパレルデザイナーがプロダクトデザインをしたとしても、問題だとは思わない。そのようなクロスオーバーはいくらでもあってしかるべきと思っている。
問題は、発注者の意図とのズレがないことが重要だということである。発注者があえて製品のデザインを、プロダクトデザインを専門的な活動領域としていない人に依頼することもあるだろうが、意外にもつい最近までプロダクトデザインと言う専門業種があることを知らず、または誤解したまま商品開発を依頼する人もいたのである。そして「ダメだった」とあきらめられてはもったいない。
一般社会のデザインの領域に対する認識が不十分であるのは、メディアにも問題があると思う。あまりこの業界を理解しないでプロダクトデザインの話題を取り上げるジャーナリストやインタビュアーも多く見かけられる。だが一概に彼らの不勉強を非難することも出来ない。プロダクトデザイナーであれば誰でもそう思うのではないだろうか。一般社会に対してそういった理解を求めることを何処も、誰もしていないからである。
これがデザイン界にとって問題なのかどうかは、微妙なところと言わざるを得ない。いくつかの財団法人や社団法人は存在するが、いわゆる組合のような活動とは違う。この業界自体、変化が激しく、またそれぞれがさまざまな得意分野を持って商売をしているわけであるから、なんらかの強制力を持って取りまとめをする団体が存在してもあまり利がないのかもしれない。例えば政府が主導して取りまとめれば、1級工業デザイン資格などと言う資格制度が出来るに違いない。形が定まっていないということは、多くの可能性を残しているとも言えるのではないだろうか。
というわけで、新しいお客さんには毎回そのあたりの事情と、デザイン界の特殊性、そしてその中での自らの活動内容と独自性について詳しく説明しなければならない。というより説明した方が良いだろう。先方は分かっているつもりでも誤解している場合も考えられるので。
デザイン界の事情と自身のスタンスに関してはちゃんと説明すれば、たぶん理解してもらえるであろうし、相互に理解しあってプロジェクトに着手できればその後トラブルになることもないだろう。
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