大谷和利
テクノロジーライター、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)アドバイザー、自称路上写真家。Macintosh専門誌、Photographica、AXIS、自転車生活などの誌上でコンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のコンサルティングも手がける。主な訳書に「Apple Design日本語版」(AXIS刊)、「スティーブ・ジョブズの再臨」(毎日コミュニケーションズ刊)など。アスキー新書より「iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス」、「iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化」、エイ出版より「Macintosh名機図鑑」が好評発売中 |
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今回は12月の掲載で1年の締めくくりということもあり、いつもとはちょっと違った、しかし、プロダクトデザイナーにとって非常に重要と言える、「製品を世に送り出す」ためのユニークな支援サイトの話題を採り上げたい。実際には、デザインに限らず、個人やグループの有形・無形の創作物を世に送り出すための資金調達の仕組みを、インターネットを巧みに利用して構築し、成功を収めつつある"Kickstarter"というサイト(http://www.kickstarter.com/)である。
Kickstarterは、アイデアがあっても資金不足で世に送り出すことのできないプロジェクトを抱えたデザイナーやクリエーターを、事実上リスクフリーで支援する仕組みを提供しているサイトだ
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近年、デザイナーが優れたアイデアを持っていても、企業が新規プロジェクトに消極的なために製品化の機会がなかったり、自ら起業するにしても資金不足などで諦めざるを得ないケースが世界的に増えている。シナリオを映画化したい映像作家や、作品集を出版したい写真家・イラストレーター、演劇を上演したいプロデューサーなどの中にも、似た境遇に置かれている人もある。
その場合、従来は、直接そうした製品を購入したり、書籍を買ったり、映画・演劇を観たりする消費者ではなく、そのプロジェクトから何らかの利益を上げようとする第三者的なスポンサーを募る必要があった。
ところが、インターネットの発達は、個人から個人への1対1、あるいは1対多のコミュニケーションを可能とし、クリエイターとコンシューマーを直接結びつけるパワーを持つに至っている。
「弾みをつけるもの」「始動させるもの」という意味を持つKickstarterは、まさに個人やグループのクリエイターがアイデアを披露し、目標額と期間(1〜90日)を設定してユーザーや観客となる可能性のある人々(バックアップする人の意味で、バッカーと呼ばれる)から直接支援を募り、プロジェクトの成果を世に送り出すためのシステムだ。
これは投資ではなく、プロジェクトの権利は100%、クリエイターに帰属する。また、寄付はAmazonのクレジットカード支払いの仕組みを通じて集められるが、KickstarterとAmazonは、期間内に目標額が集まった場合(つまり、プロジェクトの成立時)に限り、前者は寄付金額の5%、後者はカード決済の手数料のみをクリエイターから徴収する。
一方で、期間内に目標額が集まらない場合の違約金などはなく、バッカーの寄付額も0円となって、誰も損をすることがない(正確には、バッカーはプロジェクトの指示を表明して寄付の確約をクレジットカードを使って行うだけで、実際の支払い処理はプロジェクトの成立時にのみ行われるのである)。
また、対価なしに寄付を募ることもできるが、実際には、自分たちのサイトに寄付者の名前を残したり、完成した製品を送付したり、作品の上映・上演時に招待するなど、バッカーに対する見返りを用意して、寄付のモチベーションを高め、資金集めを成功に導くことが推奨されている。
このように、クリエイターにとってもバッカーにとってもリスクフリーの環境を用意することで、優れたアイデアがあれば、誰もがそれを実現できる道を開く試みとして、Kickstarterは、とても優れたインフラを作り出したと言える。
現実に、同サイトの殿堂入り(http://www.kickstarter.com/discover/hall-of-fame)を果たしているプロジェクトを見ると、最高で約346,000ドル(約2,900万円)を集めたり、予定額の30倍以上の資金を確保したものもあり、サイトは順調にその役割を果たしているように見受けられる。
Kickstarterで大きな成功を収め、殿堂入りしたプロジェクトのページ。プロダクトデザインのほかにも、ドキュメンタリー映画から書籍の出版まで、幅広い分野での資金集めに利用されている
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筆者も、iPhone 4用の三脚アダプタ兼スタンドのGlif(http://www.kickstarter.com/projects/danprovost/glif-iphone-4-tripod-mount-and-stand)のプロジェクトのバッカーとなり、先頃、量産前の3Dプリンタによるプロトタイプを見返りとして受け取った(Glifは、次回にでもこのコラムで紹介したい)。
プロジェクトの掲載は、アカウントの登録後に、Kickstarterに適したものかを判断するいくつかの質問に答えるだけで行えるので、我と思わん日本のデザイナー/クリエイターも挑戦してみる価値があるだろう。
それでは、少し気が早いですが、良いお年をお迎えください。
Kickstarterによって、アイデアを製品化できた成功例の1つ、Glif。このiPhone用三脚アダプタ/スタンドの事例では、予定額の10倍にあたる1千万円規模の寄付が集まり、順調に事業化することができた
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