大谷和利
テクノロジーライター、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)アドバイザー、自称路上写真家。Macintosh専門誌、Photographica、AXIS、自転車生活などの誌上でコンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のコンサルティングも手がける。主な訳書に「Apple Design日本語版」(AXIS刊)、「スティーブ・ジョブズの再臨」(毎日コミュニケーションズ刊)など。アスキー新書より「iPodを作った男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス」が好評発売中 |
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デジタルな技術革新が今も現在進行形で進む電子機器は、宿命的にデザインを次から次へと新しくしていく傾向にある。それとは対照的に、アナログな文房具には何年にも渡り愛着を持って使い続けられる普遍的なデザインを持つものが多い。
両者のデザインの有りようの間には、埋めようのない溝が存在することも確かに事実。しかし、逆にメーカーの姿勢として、一度完成度の高いデザインを作り上げたら数年間はキープコンセプトを貫くという哲学を打ち出すことができれば、そのことによってこれからのモバイルデザインの進むべき道を消費者を啓蒙するという方向性も考えられる。
今回は、そうした観点から、2つの良質なデザインの見本を採り上げてみたい。
まず1つめは、ドイツのLAMY社の4色カラーペン「LAMY 2000マルチカラーボールペン」(以下、LAMY 2000)だ。
1本で数色のカラーを使い分けることのできるマルチペンは、とても便利な筆記具だが、その機能性ゆえに軸の太い、もっさりした外観になりがちだ。軸の直径に関しては、複数のカラー芯を内部に納めるという物理的な制約から一定以下にはできないわけだが、逆にその太さを味方につけて、適度なグリップ感や書き心地を実現する手法もある。LAMY 2000は、まさにそうした観点からデザインされ、その太さが握ったときの安心感となっている。
緩やかなカーブを描くフォルムは、バウハウスの流れを汲んだ奇をてらわないシンプルなもの。ポリカーボネートの一種であるMakrolon樹脂を用いて木肌を思わせる仕上げを実現したペン軸は優しい手触りで、マットなシルバーとブラックの配色が適度なモダンさをもたらした。
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LAMY 2000マルチカラーボールペンは、4色ペンであることを感じさせない上品なデザインが特徴だ。ペン軸は、樹脂製でありながら削り出された木を思わせる仕上げで手になじむ
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クリップの根本にある赤、青、緑のカラーチップが自分に向くように軸を傾けてノックすると、重力によって位置を変える内部の極小分銅がその色のカラー芯を押し出す構造は、巧妙にして直感的。使用頻度の高い黒は、クリップを見ながらノックするようになっている。
さらに個々のペン先は、芯の色が一目でわかるマークが付いており、間違った色で書いてしまうことのないような配慮がある。
LAMYのロゴは、クリップの付け根に刻印されている。また、支点部分にバネが仕込まれており、挟み込んだものを確実に固定する
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上部のカラーチップの中の使いたい色を見ながらノックすると、分銅を利用した巧妙な仕組みでその色のペン先が選択される、シンプルで直感的な操作法も魅力
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4色中の好きなカラーで文字を書くという単純な行為を、いかにスムーズに気持ちよく行わせるか。そのために行われた膨大な思索を電子機器にも応用できたならば、より愛着のわく製品を作り上げることができるはずだ。
一見すると、普通のボールペンによくあるように、シルバーとブラックの境目のところで軸が2つに分かれた構造にように思えるが…
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実はもう少し上に継ぎ目がある。これは、おそらく、造形的なバランスと、芯の交換の行いやすさを両立させるための工夫だと考えられる
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すでに完成の域にある製品のシンプルさを損ねずに、別の機能性を加えることは難しい。多くの電子機器、特に携帯電話が、モデルチェンジに際して直面するのが、この問題だ。
質実剛健な手帳として知られるモールスキン(最近では、本来の発音に近いと言われる「モレスキン」の読みも良く用いられる)も、単品として考えると、これ以上手の加えようがないほどデザインが完成されている。しかし、実際にこれだけを持って出かけ実用に供することを考えると、ペン差しを付加したくなる。
モールスキン本来のデザインや味わいを壊さずにそうした機能性を追加するのは簡単ではない。しかし、rethinkによるLim BookMark Sleeveは、名刺やメモ、レシートなどを放り込め、しおりの役目も果たす極薄のポケットをベースに、直径12ミリまでの筆記具を収納できるシリンダー状のディテールを設けることで、純正アクセサリといっても通用するほど手帳本体とマッチした製品に仕上がっている。
伝説的な手帳、モールスキン(モレスキン)のファンは多いが、Lim BookMark Sleeveは、その雰囲気を壊さずに筆記具と共に持ち歩けるアクセサリだ。ポケットサイズのモールスキン(9×14センチ)や文庫本に適合する
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直径12ミリくらいまで対応し、LAMY 2000もちょうど収まるペンの収納部。0.5ミリまで剥いた牛革を貼り合わせた職人技の「ベタ貼り」工法による薄くしなやかな仕上げの細やかさが良くわかる
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rethinkは、この他にも、キーホルダーや携帯電話のストラップとして常に持ち運べる必要最小限(500円玉×2枚)のコイン入れ"clipon"シリーズなどもデザイン・製作しているが、機能を絞り込み、それに最適の形を与えることに長けたメーカーである。
モールスキン+Lim BookMark Sleeveは最小のアナログオフィスとも言える組み合わせ。電子機器にも、こういうベクトルを持ち、長くつきあえるモバイルデザインが増えていくことに期待したい。
メーカーは、rethink。当たり前と思われている事柄や道具でも、再考することによって新しいデザインや価値を生み出していこうとする姿勢が、社名にも表れている
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携行時にはモールスキンのページの間にしおり代わりにはさみ、縫い込まれたラバーバンドをかければ嵩張らない。色はブラウンとブラックの2色。表面の風合いは、手揉みシボ加工ならではのもの
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LAMY 2000 multi-color ballpoint pen
10,500円
http://www.assiston.co.jp/?item=1602
Lim BookMark Sleeve
8,925円
http://www.assiston.co.jp/?item=1542
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