大谷和利
テクノロジーライター、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)アドバイザー、自称路上写真家。Macintosh専門誌、Photographica、AXIS、自転車生活などの誌上でコンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のコンサルティングも手がける。主な訳書に「Apple Design日本語版」(AXIS刊)、「スティーブ・ジョブズの再臨」(毎日コミュニケーションズ刊)など。アスキー新書より「iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス」、「iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化」、エイ出版より「Macintosh名機図鑑」が好評発売中 |
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筆者は90年代に、アップルのQuickTime VR(VRは、バーチャルリアリティの略)技術を使った360度のパノラマ写真に夢中になったことがあった。複数枚の写真をソフト的にスティッチング(つなぎ合わせ)して1つのイメージデータとし、専用のプレーヤーソフトなどで開くと自由に周囲を見回すことができるQuickTime VRパノラマは、当時の最先端技術の1つだったのだ。
しかし、撮影時に一定の角度ごとに方向を設定できる雲台が必要で、かつ一般的な画角のレンズだと上下方向の視野が限られてしまうことや、1台のカメラによる撮影では動いている被写体に対応できないことが難点と言えた。
今では、360度の全天周パノラマはグーグルマップのストリートビューなどで日常的な存在となったが、その機材は球に近い多面体の表面に複数のレンズを取り付けた特殊なものであり、撮影自体が一般化したわけではなかった。
ところが、海外で先行発売され、日本でも11月8日から販売が開始されたリコーのTHETA(シータ。44,800円)によって、その状況は一変し、全天周パノラマ撮影はとても身近な存在となった。
180度を超える画角を持つ2つの魚眼レンズを前後対称に配置したスリムな筐体は、屈曲光学系を用いることで実現されたもの。全天周が撮影範囲となることから、撮影時に被写体にレンズを向けて構図を決める行為そのものが無意味になるため、ファインダーは光学式、電子式共に装備されていない。
スティック状の筐体は、プロテイン塗装と思われるしっとりした触感。シャッターボタンのある側に、RICOHのロゴが入っている。(クリックで拡大)
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サイズ的にはちょうど手のひらサイズで、握ったときに自然に親指が置かれる位置にシャッターボタンがある。(クリックで拡大)
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前後対称形のため、反対側もシャッターボタンがないだけで基本形状は同じ。また、RICOHのロゴの代わりにTHETAの文字とシンボルマークがプリントされている。(クリックで拡大)
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筐体による撮影範囲のケラレを最小限に抑える上で、レンズ部分は前後方向に最も突き出している必要がある。そのため、うっかりレンズに触れたり、傷をつけないように扱う気遣いが求められるが、操作そのものは電源スイッチを入れてシャッターを押すだけという簡単さだ。THETAの筐体は、この動作をスムーズに行なえるようにデザインされている。
(クリックで拡大)
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側面から見ると、魚眼レンズの張り出し具合がよく分かる。レンズ部分はむき出しなので、不用意に触ったり、傷をつけたりしないよう注意が必要だ。ボタン類は、上が電源スイッチ、下がWi-Fi接続スイッチである。(クリックで拡大)
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上から見ると、魚眼レンズの画角に従うような断面形状になっていることが分かる。2対になった3連の小穴は、シャッター音を再生するスピーカーグリルとして機能している。(クリックで拡大)
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底面には三脚穴と、充電およびコンピュータへデータ転送を行うためのマイクロUSBポートが設けられている。
一瞬で、全天周イメージを撮影できるTHETAの場合、手持ちで撮影する機動性も捨て難いが、撮影者自らが写り込みたくない場合には三脚などを併用することになる。
底面には三脚穴とコンピュータ接続用のマイクロUSBポートが備わる。手持ちでの撮影では不可避的に自分も写ってしまうため、意図的にそうする場合を除けば、三脚のような撮影手段が重宝する。(クリックで拡大)
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被写体ではなく、撮影者のいる「場」そのものを記録するTHETAだからこそ、一般的なデジタルカメラ以上に気軽に持ち歩け、手軽に取り出して撮影できることが重要となる。そのため、製品には専用のベルトポーチが付属しており、携行時にレンズを保護する役目も果たす。
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携帯用のベルトポーチも付属している。表地は、ジャージのような伸縮性のある素材で、ジッパーのプルタブにTHETAのシンボルマークが入るなど、ディテールに凝っている。(クリックで拡大)
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今時のデジタルツールらしく、THETAは、スマートデバイス(iPhoneやiPad、アンドロイド機器)との連携機能も備えている。
専用の無料アプリをインストールし、THETA自体のWi-Fi機能を利用してAdHoc接続すると、Wi-Fi経由の遠隔撮影やデータ転送が行えるのだ。
面白いのは、アプリ側にもファインダー機能がなく、撮影画面には基本的にシャッターボタンと露光調整のスライダーしか用意されない点だ。この画面からも、製品コンセプトの明快さが伝わってくる。
アプリから遠隔撮影されたイメージは、撮影直後にスマートデバイスに対して自動転送(複製)が行われるが、THETA自体のシャッターボタンで撮影されたイメージは本体内に保存されたままとなる。そこで、アプリ内には、イメージの転送を明示的に行なって管理する機能も備わっている。
そして、アプリ内に転送されたイメージは、マルチタッチ操作で自在に閲覧することが可能になるのだ。
アプリとTHETAがWi-Fi接続されていれば、THETA内に保存された撮影イメージのサムネールを確認したり、スマートデバイス側に転送してパノラマ再生できる。専用サイトへのアップロード機能やSNS共有機能(リンク公開)も備えている。(クリックで拡大)
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アプリ内では、マルチタッチ操作により、同じシーンをさまざまな方向や画角で見ることが可能だ。(クリックで拡大)
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イメージデータ自体は、3,584×1,792ピクセルのJPEGデータとして記録されており、コンピュータへの転送後は、一般的な写真管理ツールを使った保存・整理も行うことができる。
また、インタラクティブなパノラマイメージとして閲覧する際には、やはり無料で公開されているビューワーアプリをインストールすれば、スマートデバイスと同じような表示も可能だ。
Web上には専用のパノラマ共有サイトも用意されており、たとえば、このページで使っている作例は、<https://theta360.com/s/i1>にアップロードされているので、ぜひ実際に動かして確認されたい。
実際の撮影データは、地球儀の表面を平面的な地図に展開したものに似た、連続的なJPEGイメージとして記録されている(図は横幅を1,000ピクセルに縮小したもの)。
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MacやPC向けのビューワーアプリも用意されており、スマートデバイス向けアプリと同様に、パノラマデータの閲覧や、専用サイトへのアップロード、SNS共有(リンク公開)を行うことができる。(クリックで拡大)
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リコーはTHETAによって、新ジャンルのカメラ製品の原型となるデザインを確立したと言える。今後、同様の製品が他社から現れるとしても、この基本設計やフォルムから離れることは、かなり難しい挑戦となるだろう。
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