大谷和利
テクノロジーライター、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)アドバイザー、自称路上写真家。Macintosh専門誌、Photographica、AXIS、自転車生活などの誌上でコンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のコンサルティングも手がける。主な訳書に「Apple Design日本語版」(AXIS刊)、「スティーブ・ジョブズの再臨」(毎日コミュニケーションズ刊)など。2008年1月に(株)アスキーよりジョブズ関連の新書刊行予定 |
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一般に、ヘッドフォンやイヤフォンは、スピーカーと比較して、価格の割に音質が良い。それは、絶対的なサイズが小さいためにエンクロージャーやドライバユニットの物理量が少なくて済むことや、耳のすぐ近くもしくは内部で鳴ることから出力が小さくても十分な音量が得られることなどに起因している。
もちろん、小さなスペースにすべての回路やスピーカーユニットを組み込む難しさなど、技術的な壁はあるものの、対コストパフォーマンスにおいて、スピーカーはヘッドフォン/イヤフォンにかなわない。昨今の携帯音楽プレーヤー向けの高級イヤフォンのブームは、「少しお金を出せば手が届く高音質」の魅力によるものと言える。
ソニーも、すでにそうした路線のヘッドフォン製品として、「MDR-EX90SL」や「MDR-EX700SL」を発売しており、筆者も後者の愛用者の1人だ。
しかし、ソニーがユニークなのは、そこに留まらず、逆にスピーカー側からのアプローチとして小型のユニットを耳元で鳴らすという発想を得て、パーソナルフィールドスピーカーなる製品を開発したことにある(写真1)。
全体形は、ちょっと異色のヘッドフォンという印象だが、これはあくまで音が完全に空間に解き放たれるスピーカーであり、電車内など音漏れに注意すべき場所で使うのには向いていない。メインターゲットは、ホームオーディオやホームシアターとの組み合わせで、隣人に迷惑をかけずに臨場感ある音を楽しみたい、あるいはリスニングポジションによる音場の変化を嫌うユーザーである(写真2)。
イヤフォンでは望むべくもない大径のスピーカーユニットが耳から3センチほどのところで鳴り、耳との位置関係も固定されることから、音量や定位に関しては申し分ない性能が得られることは外観からも想像できよう。
そのスピーカーユニットから伸びた細いチューブは、「エクステンデッドバスレフダクト」と呼ばれるバスレフポートであり、低音を直接耳の中に流し込む役割を果たす(写真3)。
一見、重そうに見えるかも知れないが、コードを含めない総重量は約96gに過ぎず、ヘッドバンドをこめかみ付近で固定する機構や、優しい表面加工で軽く耳に差し込むだけで安定する「エクステンデッドバスレフダクト」と相まって、使用感も良い。普通に頭を動かす程度では慣性質量もほとんど意識することはなく、バランスも練られていることを実感する。
写真1:一見するとヘッドフォン風だが、イヤーパッドなどを持たず、大きめの球形ユニットが目立つPFR-V1。超ジュラルミン製ヘッドバンドやメッシュ素材のヘッドパッドを採用して重量を抑えた結果達成された約96g(コード含まず)の質量は、携帯型ヘッドフォンと同等で頭部の負担になりにくい
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写真2:SONYの文字も誇らしげな球形のスピーカーエンクロージャーから伸びたダクトは「エクステンデッドバスレフダクト」と呼ばれる音道+バスレフポート。この特異な設計が、低音を耳の中に直接送り込むと同時に、頭部に対するスピーカー位置の固定を行う
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写真3:PFR-V1を実際に装着したところ。このように「エクステンデッドバスレフダクト」を耳に軽く差し込むことで、スピーカーが位置決めされる。その結果、頭部を上下左右に動かしても、耳に対する向きや距離の変化を防ぐことができる |
次に音質に関しては、普段使っているカナルタイプのMDR-EX700SLもなかなかのものだが、このPFR-V1は(当たり前とも思えるが)さらに抜けが良く、ナチュラルな印象ながら立ち上がりの鋭い音への追従性の高さが特筆される。「エクステンデッドバスレフダクト」のおかげで、個人的には低音の減衰もほとんど問題にならなかった。
もちろん、耳の斜め前方にスピーカーを配置したとは言え、額よりも前側に位置するわけではないため、音像が前頭葉あたりに結ばれる感はあるものの、脳の中央部にこもってしまうイヤフォンやヘッドフォンと比較すればはるかに自然な音の広がりが得られる(写真4)。
このあたりは主観的な要素も強いため、知り合いの何人かにも試聴してもらい、その感想を聞いてみた。
その結果、技術者系の1人は、もっとデジタル的な処理を加えて、実際に音像を額よりも前で結ばせたり、斜め後方にも別のユニットを配してサラウンド的な方向に進化させても良いのではないかという意見だったが、プラニング/クリエイティブ系のオフィスに勤める数名からは、このままでもとても気に入ったと購入に前向きだった。
と言うのは、デザイン系の事務所などでは、ヘッドフォンで好みの音楽を聴きながら仕事をするスタイルが多いのだが、電話の呼び出し音や周囲の呼びかけが聞こえないという弊害が発生しており、この音質で、少し離れれば音漏れも気にならず、周辺音も聞き取れるPFR-V1は、最適だというのである。
写真4:スピーカーユニットは、直径21mmのダイナミック型。純鉄の45倍ものコストがかかるパーメンジュール合金で構成されたオールパーメンジュール磁気回路を採用し、93dB/mWの感度と35Hz〜25kHzの再生周波数帯域を実現している
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写真5:テレビなど、十分な音声出力信号が確保できる機器の場合には、PFR-V1を直結しても十分な音量が確保できるが、イヤフォン端子からの音声出力信号が弱いノートPCやゲーム機器などのために、電池式のブースターアンプが付属している
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イヤフォンよりははるかに大きなスピーカーユニットを採用したことで、出力の限られた携帯音楽プレーヤーもあるため、それらを直接駆動するには、音圧が足らないこともある。そんなときのために、PFR-V1には電池式のブースターアンプも付属している(写真5)。
それ自体にはボリューム機能もなく、パワーのオン/オフスイッチだけのシンプルなもの。だが、確かに接続機器によっては有効であり、開発チームの心遣いが感じられる。
一般的なユーザーにとって唯一気になるのは、税込み55,650円という希望小売価格だが、たとえばオールパーメンジュールドライバを使用したスピーカーでは1ペア160万円近いものもある。それは極端な例としても、超小型ながら贅沢な素材を適材適所で使用して組み上げられたスピーカーシステムがこの価格で手にはいると思えば、十分リーズナブルであろう。
これがパーソナルフィールドスピーカーとしては初号機であるだけに、今後とも様々な改良が加えられて熟成されていくものと思われるが、PFR-V1は、1つのジャンルを築く製品シリーズの第一弾として十分な存在感を示したと言えそうだ。
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