大谷和利
テクノロジーライター、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)アドバイザー、自称路上写真家。Macintosh専門誌、Photographica、AXIS、自転車生活などの誌上でコンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のコンサルティングも手がける。主な訳書に「Apple Design日本語版」(AXIS刊)、「スティーブ・ジョブズの再臨」(毎日コミュニケーションズ刊)など。アスキー新書より「iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス」、「iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化」、エイ出版より「Macintosh名機図鑑」が好評発売中 |
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以前に、自前で購入した「Printrbot」というエントリークラスの3Dプリンタを紹介したことがあった。その後、Thingiverseのサイトからデータをダウンロードするなどして、さまざまな物体をプリントしてきたが、今では、マンションのベランダで育てている植物の水やりのためのホースやタイマーユニットを柱に固定するためのクランプや、ペンのリフィルのみを購入して自分なりの軸を作るなど、さまざまな工作プロジェクトに利用している。
そこで今回はいつもと少し趣向を変え、そうした工作物の中から、消せるボールペンことパイロットフリクション向けの電子消しゴム用自作ケースを採り上げてみた。
電子消しゴムとは、文具王こと高畑正幸さんの発案でエレキットブランドから発売されているキット(http://www.elekit.co.jp/product/41502d313730)である。簡単なハンダづけによって組み立てられ、単4電池をセットしてスイッチを押し、先端部をフリクションの筆跡に軽く当てて滑らせるだけで線を消すことができる。これは、熱によって透明化するフリクションのインク特性を利用して実現されている。
ただし、完成品の外観は、むき出しの基板+電池ボックスで、持ち歩く際にも、不用意にスイッチが入ってしまう可能性がある。そこで、携帯時に便利なケースを3Dプリンタで「製造」しようというわけだ。。
ベストセラー筆記具となったパイロットのフリクションは、消せるボールペンとして知られている。その秘密は、摩擦熱により透明化するインクにある。(クリックで拡大)
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その原理を応用し、スイッチ付き電池ボックスの先端に熱を発生するポリスイッチを付ければ「電子消しゴム」として使えることに文具の達人である文具王が気づき、エレキットとして商品化された。(クリックで拡大)
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電子消しゴムを使うと、こすらずに先端部を当てて滑らせるだけでフリクションの筆跡を消すことが可能だがが、ケースがなく、何かの弾みにスイッチが入ってしまう点を改善できないかと考えてみた。(クリックで拡大)
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最初から基板のサイズが決まっていることや、これを曲面で覆っても無駄に太く、大きくなるだけなので、デザイン的には素直に最小限のボックス形状とした。また、熱溶解型のPrintrbotでは、どうしてもギリギリの精度を出すことが難しいため、クリアランスに余裕を持たせた2ピース構成(本体+カバー)で考えてみた。
いずれにしても設計自体は、操作が簡便なホビー向けの無料3Dドローイングツール、SketchUp Make(http://www.sketchup.com/products/sketchup-make)で行うため、複雑な曲面などは扱えないという事情もある。自分で実用的に使えればそれで良しということにして、設計を進めた。
そこで3DプリンタのPrintrbotで「製造」してみたのが、2ピース構成の自作の専用ケースである。(クリックで拡大)
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設計をSketchUp Makeで行えるように、最小構成的なカバーのようなデザインを考案。今ひとつ精度が出ていないのは、ステッピングモーターにギアを固定するネジに遊びが出ていたことが原因と後から判明。(クリックで拡大)
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複雑なヒンジ機構などは用いず、ケース本体に基板とカバーをはめ込むだけで完成する構造とし、基板を少し引き出しておけばスイッチの誤作動も防げるようになっている。また、カバーの分離防止のためにラバー製の指サックを切って被せることでカラー的にもアクセントを持たせ、全体のイメージは角張ったスポイトを思わせるものとなった。それは、ちょうど描かれた線を吸い取って消しているような感覚をもたらし、自分でもなかなか気に入っている。
電子消しゴムの基板は、ケース本体下部の溝に差し込んで固定する。(クリックで拡大)
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上部カバーは、ケース本体後端の縦方向の溝に同じく差し込んで固定する。(クリックで拡大)
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ケース本体とカバーを一体化したところ。基板が奥まで差し込まれていると、カバーを指で上から押した際に、裏の突起が内部スイッチに当たり、電流が流れる。(クリックで拡大)
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しかし、基板先端をわずかに引き出しておけば、カバーの先端部がそこに当たって押し込めなくなり、不用意にスイッチが入らない安全装置として機能する。ちなみに、ケース本体とカバーが分離しないよう、後端部にコクヨ製の指サックを部分的に切ってはめ込むようにしたため、全体が角張ったスポイトのようなイメージとなった。(クリックで拡大)
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さらに、最近、メディアアート的なスタンスで世界進出を進めているPerfumeが、グローバルなプロモーションの一環(http://www.perfume-global.com)として、メンバー3人の3Dスキャンデータを無償でダウンロード可能にした。
本来は、非営利目的のCGアニメーションやイラストの素材としての二次利用を主に想定した動きと考えられるが、簡単なデータ変換によって3Dプリンタにもフィードできることから、ネット上ではいくつかの「実体化」のレポートも上がっている。せっかくなので、自分でも原寸大(!)で提供されているデータを縮小して高さ14cm弱のフィギュアをプリントしてみた。
筆者は以前から、電子書籍と3Dプリンタの連携による新たなデジタル図鑑や写真集の可能性について講演などを行ってきたが、こうしてPerfumeを机上でフィギュア化してみると、そのような時代がもうすぐそこまで来ていることを実感できるようになった。
Perfumeのプロモーションの一環として同グループのグローバルサイトからダウンロードでき、非営利目的の二次利用が自由に行える3Dスキャンデータを変換して、3Dプリンタで出力したフィギュア。こうした流れをたとえば電子書籍と融合させれば、コンテンツがボタン1つで実体化するアイドル写真集や昆虫図鑑のようなものも遠からず実現していくだろう。(クリックで拡大)
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このように、いわゆる「メーカー」とまでいかなくとも、3Dプリンタで身の回りのものを樹脂成形できる環境が得られたことで、自分の頭の中では、次に何を作ろうかという思いが常に駆け巡っている。
アメリカでは、1年半前にキットで400ドル前後だったエントリークラスの3Dプリンタが、今年後半には完成品で同程度の価格にまで下がる兆しを見せ、町レベルの図書館(コミュニティセンター的な役割もある)が備品として購入する動きもある。
もしも、子供にポータブルゲーム機といくつかのゲームパッケージを買おうとしている人がいるなら、同じ予算で3Dプリンタを買い与えることをお薦めしたい。それが、その後の子供の成長にどのような違いを生むかは、説明するまでもなく明白と言えるからだ。
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