大谷和利
テクノロジーライター、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)アドバイザー、自称路上写真家。Macintosh専門誌、Photographica、AXIS、自転車生活などの誌上でコンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のコンサルティングも手がける。主な訳書に「Apple Design日本語版」(AXIS刊)、「スティーブ・ジョブズの再臨」(毎日コミュニケーションズ刊)など。アスキー新書より「iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス」、「iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化」、エイ出版より「Macintosh名機図鑑」が好評発売中 |
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●マイクロフォーサーズで蘇った名機のフォルム
かつてオリンパスが、E-300というペンタプリズムを持たないデジタル一眼レフ機を発表したとき、個人的には、かつてのハーフサイズ一眼レフカメラの名機、オリンパス・ペンFを蘇らせるべきだと感じた。
そのときの技術では、もし作ったとしても正面からのフォルムはともかく、厚みのあるボディとなって、デザインバランスを崩すことは明白だったが、ペンの名を冠するのはオリンパスにしかできないことなので、いつかは実現してほしいものだと願っていた。
その想いが現実となったのが、7月3日に発売されたオリンパス・ペンである。明らかにペンFの形をモチーフとしながら、あえてペンFを名乗らなかったのは、この製品にその名を使うと、例えばコンパクトデジタルカメラとして別のペンを販売するのではと要らぬ期待感を与えてしまうためだろう。
オリンパスとしては、これが新時代のペンそのものであるという宣言を、製品名に込めたのである。
オリンパス・ペンの外観は、かつてのハーフサイズ一眼レフカメラ、オリンパス・ペンFのフォルムをモチーフにモダナイズしたような印象。本体カラーは、写真のシルバーの他、ホワイトがある。公式オンラインストアでは、当時の花文字Fのロゴをあしらったレンズキャップも販売されている
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かつてのペンが、35mm版フィルムの半分のコマサイズを持つハーフカメラとして誕生したように、デジタル時代のペンがマイクロフォーサーズ規格のシステムとして開発された点は、ストーリー性の点でも面白い。
ただし、万人のための気軽なカメラだったオリジナルのペンに対し、新生ペンはずいぶんブルジョワになってしまったことは否めない。
価格はオープンだが、実売では「M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6」のズームレンズ付きが10万円前後、「M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8」のパンケーキレンズ付きが11万円前後、両方のレンズを付けたツインレンズキットで13万円前後と、それなりの値段になる。ただし、ブランド力をうまく活用するのであれば、あえて価格を下げない高付加価値戦略は正解であり、新生ペンにはそれだけの力があると思う。
実物に触れて感じるのは、アルミ合金とステンレスによる金属ボディの作り込みの良さと、デジタル一眼レフとは思えないコンパクトさだ。
同じマイクロフォーサーズ機でも、パナソニックのLUMIX DMC-G1/HG1は性格やデザインテーマが異なるとはいえ、厚みが45mmを超えており、この35mm厚のペンを作り上げるには、オリンパスの技術陣もかなり努力したものと考えられる。
その薄さを強調するのが軍艦部のデザイン処理であり、これによって視覚的には25mm程度の厚みに感じられるようになっている。
また、背面のコントロールスイッチ類のデザインも、クラシカルな雰囲気を極力壊さないように留意しながら、デジタルカメラに求められる要素をバランス良く配してあり、好感が持てる。
ペンタプリズムのないライブビュー背面ディスプレイ専用設計のボディは、厚みが35mmとデジタル一眼レフで最薄だが、さらに軍艦部の造形的な工夫で視覚的な薄さを強調している。焦点距離17mm(35mm換算34mm)の純正パンケーキレンズとの組み合わせでは、コンパクトカメラよりは多少大きめだが、十分な携帯性が確保される
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クラシカルなデザインモチーフのデジタルカメラの中には、背面で興ざめする製品もあるが、オリンパス・ペンは機能と造形のバランスがよくとれていると感じる。特に、グリップ部の上方にある縦型円筒形のサブダイヤル(拡大表示操作などを行う)は秀逸だ。LCDサイズは対角3インチと大きいが、画素数は23万画素と解像度的には高くない
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一方で、シャッターボタンの後方の段差部分にレーザー刻印された製品名+αは、やや煩雑な印象を受け、押し付けがましくさえ感じられる。これは、正面にさらっとOLYMPUS PENの文字を配するだけでよかったのではないだろうか。
ディテールを見れば、オリジナルのペンのリアワインディングノブのイメージを借りたモードダイヤルなど、ノスタルジーは十分に感じられる。製品シリーズが中断していたにもかかわらず“Since 1959”の文字を入れてしまっては、かえって安っぽいというものだ。
OLYMPUS PENという製品名は、この位置に入るが、“OLYM”のあたりはスペース的に苦しい印象。また、製品ラインが継続していたのならばともかく、“Since 1959”の文字はやりすぎの感もある。SSWFは、撮像素子の超音波式ダストクリーニングシステムのインジケータ。前後のボディ形状の膨らみにより、グリップ性は良好だ
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フィルム巻き上げがレバー式ではなくダイヤルノブ式だったオリジナルのオリンパス・ペンのリアワインディングノブを模した、モードダイヤル。こういうディテール処理は巧みであり、ノスタルジーを誘いつつ、機能面も満たしたデザインとなっている
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他のデザイン要素としては、純正パンケーキレンズと外付けファインダーの組み合わせといい、同じく純正ズームレンズの手動式沈胴メカといい、カメラ好きの心理を読んだ巧みなアクセサリが用意されている。
オリンパス・ペンは、これまでにないデジタルカメラのジャンルを創出し、他メーカーの企画・デザイン戦略にも影響を与えうるエポックメイキングな製品と言えるだろう。
14-42mm(35mm換算28〜84mm)の純正ズームレンズは、手動沈胴式のユニークなもの。沈胴時(左)にもそれなりのサイズにはなるものの、なるべくコンパクトにしようとした設計者の努力は評価できる。また、こういう操作自体が楽しいカメラだと言える
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17mmの純正パンケーキレンズには、外付けビューファインダーが付属する。本機は背面のライブビュー液晶での使用をメインとする設計で、ビューファインダー内でフォーカスが確認できるわけでもなく、構図の確認程度の用途だが、やはり撮影気分を盛り上げるアクセサリとしては意味のある付属品だ
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なお、個人的には、他モデルでオリンパスが力を入れている、パノラマ写真のカメラ内合成機能が割愛されている点が残念だ。本機の性格を考えると、トイカメラ的な撮影ができるアートフィルターはともかく、HD動画撮影機能を省いてもパノラマ撮影に対応してほしかったと思うのである。
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