芝 幹雄
1983年多摩美術大学デザイン科卒業、GKインダストリアルデザイン研究所に入社。1990年株式会社GEO設立に参加、医療機器の設計とデザイン、その他産業機械の設計を手がける。2007年3月独立、株式会社SHIFT設立。同社代表取締役。
http://www.shift-design.jp/ |
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●急遽ボストンへ
ずいぶん前から予定はあったが、相手の都合でなかなか日程が決まらず先延ばしになっていたアメリカ出張が突然決まり、急遽3泊5日の強行軍でボストンまで行ってきた。
内容については守秘義務があるためここで詳しく取り上げるわけにいかないが、とある商品をアメリカで生産したいというクライアントの要望で、プロトタイプまで開発を担当した設計者として、その商品の説明と相手の会社の能力を見極めることが今回の出張における私の役目である。その商品は基本的には日本国内市場向けのものであるが、コンシューマー向けでない。国内向けの商品をわざわざアメリカで生産しようというのにはそれなりの理由がある。
その商品には日本では作れない部品が含まれていた。素材自体からして日本では手に入らないものであった。これも守秘義務上その素材名などを明かすことができないのだが、開発を経験した人であれば、その素材が国内で生産されていないことを知れば驚く人は多いと思う。それほど身近な素材である。代替え品はあるのだが今回はどうしてもその材料でなければならない理由があった。しかしこのことが今回の話の本題ではない。
本来訪問するはずであったその会社はニュージャージーにあり、その素材を加工して部品を作るメーカーであり、実績もかなりあるらしい。ところがおよそ1か月前に設計を専門とする会社を買収し、そちらの会社と打ち合わせをしてほしいとの相手の要望で急遽訪問地をボストンに変更することとなった。
成田から12時間半かけてニューヨーク・ニューアーク空港に行きそこで国内線に乗り換え、1時間半でボストン・ローガン空港に着いた。機内から見たボストンはそれほど大きな都市でないらしく、中心部に高層ビルが密集しているのみで、見渡す夜景もそれほど広がっていなかった。印象としては横浜より小さい感じである。
目的の会社はそこからさらにハイウェイを30〜40分ほど走った田舎町にある。途中ハイウェイからの眺めは、薄暗い街の景色から、林の中に民家が点在する田舎町の風景へと変わっていった。余談ではあるがこの風景を薄暗いと感じるのは日本人だけかもしれない。東京より明るい街を今まで見たことがない、海外に行くたびに思うのだが、やはり日本は過剰照明の国である。ホテルにたどり着くのに家を出てから23時間を要し、13時間の時差で昼夜は逆転していた。
翌日ホテルの送迎車で目的の会社へ向かう。周辺は日本で言うところのテクノパークのようで、リゾート地のような林の中に4、5階建てのオフィスビルと民家が点在していた、民家は敷地面積と家の大きさでは日本の一般からすると数倍以上あるのだろうが、少し薄汚れた外観のそれらからはさほど裕福な印象がしなかった。そしてビルの半数近くは人影がなく、「For lease」の看板が掲げられていた。これも不況の現れなのだろうか。
訪問した会社は社員70人ほどの設計会社で少量であろうが部品の生産まで手掛けているようであった。しかしそこに我々が求める部品は含まれていない。会議には向こうの会社のエンジニアが2名と営業らしき役割の人物2名に、その会社を買収した親会社の工場長、そしてテレビ会議システムで親会社の副社長が参加した。事前に送った試作品を見せその商品の機能や目的をひとしきり、同行したクライアントの通訳の方を通して説明したのち、彼らの会社説明が始まった。
プロジェクターを使ったいかにもアメリカらしいプレゼンテーションであったが、どこか物足りない印象を受けた。開発のプロセスを紹介するのだが、目新しいオリジナリティが感じられず、なにより彼らの実績を理解し得るはずの過去に手掛けた商品の紹介がなかった。
少なくとも日本では、設計会社であってもクライアントの了解を得られれば紹介できるものだと思うのだが、アメリカの契約形態はそれを許さないのであろうか。この時点で頭の中に疑問符が見え隠れしだしたのだが、打ち合わせ終盤になって彼らが提示した見積もりサンプルを見て目が点になってしまう。それは1つの開発アイテムを何百というステップに細分化したもので、例えばリスクマネージメントという項目だけでレポート作成とファイル作成といった具合に10項目近くに分けられており。そしてその1つ1つの項目にはそれぞれレイバーコストやその他にかかる経費単価と合計コストの表示がされていた。
アメリカではこれが当たり前なのだと言う人もいるだろうが、正直ここまで複雑かつ細分化された見積もりを見たことがない。そして最後に両者の責任と作業分担の打ち合わせが行われるのだが、暫定ではあるが、ここでもこと細かく表にチェックが入れられていく。一般によく言われる「アメリカは契約社会であるから、」と言った言葉が時差ボケの頭の中を過りつつ、アメリカの抱える問題点が、明解な像となってまとまっていくのを感じた。
それは今まで日本にいながらも、もやもやと感じていたものであるが、この話の続きは次回に。
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