芝 幹雄
1983年多摩美術大学デザイン科卒業、GKインダストリアルデザイン研究所に入社。1990年株式会社GEO設立に参加、医療機器の設計とデザイン、その他産業機械の設計を手がける。2007年3月独立、株式会社SHIFT設立。同社代表取締役。
http://www.shift-design.jp/ |
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Form Follows Function。その他にもモダニズムの思想を端的に表現する言葉はいくつかあるが、やはりこの言葉を抜きにしてモダニズムを語ることはできないだろう。日本語では「形態は機能に従う」となる。つまり、デザインはそのものの持つ機能をそのまま表現していることが望ましいというのである。
80年代半ば、我々はあるスイッチの存在に頭を抱えていた。今ではどこでも見かける「モード」などと表示されるスイッチである。「なぜそんなものに頭を抱えるのか」と思うだろうが、その頃は電子機器をデザインするにあたっては見過ごせない問題であった。そして、そんな些細に見えることから、モダニズムの庇護の下にあったデザイン界に揺らぎが起こりだす。
それまでの電子機器といえば、単純な機能のものは操作スイッチは少なく、複雑な機能のものはスイッチも多く、操作も難しくなるのが当たり前。つまり1つのスイッチは1つの機能しか持っていないから、複雑な機能を持てば持つほどスイッチの数は増えてくる。その複雑になった操作を分かりやすく間違いなく操作できるよう、それぞれのスイッチの持つ機能を考え、それに応じてスイッチそのもののデザインを変えたり、配置を考えたりした結果が機器の顔を作るわけで、デザイナーの腕の見せ所であり、モダニズムのセオリーにも矛盾がなかった。
ところが機器の中にマイコンと呼ばれる電子部品が搭載され始める。このマイコンのおかげでデザインの概念を根底から考え直さなければならなくなるわけである。その原因を作った1つがモードを切り替えるスイッチの存在だったのである。このスイッチ1つで10ある機能を5個のスイッチで扱えるようになる。さらに液晶や蛍光表示管と組み合わせればもっと少なくすることが可能になる。
これが、それまでデザイナーが考えていた機能と形態の関係性を崩壊させる始まりで、モダニズムの思想が揺さぶられる第一の波でなかったかと筆者は考えている。業界内にもインターフェイスという言葉がまだそれほど認識されていなかった時代のことである。
Form Follows Function、この言葉はもともと「機能に関係ない装飾を排除すべし」という思想を表現したものであったはずである。乱暴な言い方をすれば、モダニズム以前の家具や建築は装飾が多ければ多いほど高級、装飾のないものは粗末なものと考えられていた。そのような考え方は現在でも工芸品の世界では当てはまるのかもしれないが、当時は身の回りにあるほとんどのものがそのような考えで作られていた。
そんな時代に、世の中は工芸品を工業製品に置き換えなければならなくなる。効率よく大量生産するために装飾的な部分を排除することが求められたのは自然の成り行きであり、そのためには今までの古い価値観を逆転させることが必要になった。それを見事にやってのけたのがモダニズムであり、その後の時代の主流となっていったのである。
しかしその思想を生んだ産業革命に続いてやってきた次の大波が、電子化革命であったわけである。
トランジスタに始まり、ICが誕生し、さらに集積化された電子部品はより多くの機能を数ミリのパッケージの中へと押し込んでいった。その時点でデザイナーたちは表現すべき機能とは何かを見失いはじめ、人間の能力を超えた機能をどう扱うのかという議論の中で、モダニズムに限界を感じ始めたのではなかろうか。
そして「インターフェイス」という言葉も世の中に定着し、タッチパネルとGUIを組み合わせ、スイッチが1つもない電子機器が登場する。ある企業ではプロダクトデザイナーの数より、インターフェイスデザイナーの数のほうが上回ったとも聞く。
ではモダニズムはその役割を終えたのであろうか。筆者にはそうは思えない。大きな屋台骨としてデザイナーを庇護するものではなくなったかもしれないが、基礎として揺ぎなく存在していると思う。それは今までデザイナーたちが何を議論してきたかではなく、議論が必要であるという態度そのものではないだろうか。それを認識しているか、いないかがデザイナーの資質を大きく左右するのだと考えている。
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