大谷和利
テクノロジーライター、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)アドバイザー、自称路上写真家。Macintosh専門誌、Photographica、AXIS、自転車生活などの誌上でコンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のコンサルティングも手がける。主な訳書に「Apple Design日本語版」(AXIS刊)、「スティーブ・ジョブズの再臨」(毎日コミュニケーションズ刊)など。アスキー新書より「iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス」、「iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化」、エイ出版より「Macintosh名機図鑑」が好評発売中 |
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今や、iPadがあれば、たいていの音楽演奏をこなせる時代だが、スマートフォンなどの台頭で苦戦を強いられながらも趣味製の強い製品作りによって活路を見出そうとするデジタルカメラ業界のように、物理的なインターフェイスとモノとしての魅力を最大限に追求したデジタルキーボードも存在する。その中でも、最も先進的かつ考え抜かれたデザインを持つと筆者が考える製品が、今回採り上げるティーンネイジ・エンジニアリングの「OP-1」(http://www.minet.jp/teenageengineering/op1)だ。
定価が98,700円と決して安くはないが、実物に触れてみると、その価値は十分にあると感じられる。今回の評価用ユニットは、ティーンネイジ・エンジニアリングのスウェーデン本社から直接お借りしたものだ。まず、パッケージは最小限に抑えつつも、そのミニマルさがセンスの良さによって魅力的に感じられるようにまとめられている。
評価用のOP-1は、緩衝材そのものという趣の、このようなパッケージに入って届いた。中央に、ティーンネイジ・エンジニアリングのロゴマーク(ナットとボルトがモチーフ)が見える。(クリックで拡大)
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付属の特製ラバーバンドを利用すれば、パッケージをキャリングケースとしても利用できる。スウェーデンの会社だが、最初から「10代工学」という、日本語の社名表記も印刷されている。(クリックで拡大)
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そして、フタを取ると、OP-1本体には厚手の透明ビニール製のカバーのようなものがかかっている。よく見れば、それは基本操作の手順を示すクイックスタートガイドであり、説明が必要とされる部分に直接、機能が書かれていたり番号がふられているので、非常に分りやすい。軍用品などと同じく、そのものに説明があることのメリットが最大限に活かされた形だ。
操作系は、上方に各種パラメータ調整用のノブ類。左端にシンセサイザー、ドラム、録音などのモード選択用のボタン類。ディスプレイの下にトラック選択などの数字キー。そこから右端にかけてシンセサイザーエンジンなどの選択キーが並び、その手前側が演奏用の鍵盤となっている。キーの形状自体のバリエーションは多くないが、位置によって役割分担がはっきりしているので、操作自体に戸惑うことは少ないはずだ。
USBポートから充電できる1800mAhのバッテリーを内蔵、16時間の連続使用が可能なほか、モノラル1Wの出力ながらスピーカーも搭載するので、いつでもどこでも演奏可能である。
フタを外すと、厚手の透明ビニール製のオーバーレイが載った状態のOP-1本体が現れる。(クリックで拡大)
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このオーバーレイはクイックスタートガイドとなっており、番号に従って操作を行うことで、OP-1の基本概念が理解できる仕組みになっている。(クリックで拡大)
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操作した後で、オーバーレイを外し、改めて本体を眺めてみると、MacBook Proのユニボディのように1つのアルミ塊から削り出されたボディ(幅282mm x 奥行き102mm x 厚み13.5mm)は重量感があり、剛性に満ちている。キーはシザースイッチ型のメカニズムを持ち、タッチも良好なほか、1,000万回の打鍵に耐える堅牢な作りだ。
オーバーレイを外したキーボード本体は、上面全体を分割してキーに割り当てたような美しくモダンなデザイン。筐体はアルミ切削のワンピース構造を採用。(クリックで拡大)
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裏面には、スタンド取り付け用のネジ穴が2カ所に設けられ、中央下部に製品名などがプリントされている。(クリックで拡大)
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右側面に集中配置された電源スイッチや入出力ポートに関しては、底面に点字によるラベルがあり、視覚障碍者に対する配慮もなされている。また、ストラップ系のアクセサリを取り付けるためのスリット状の穴も2カ所に開けられていて、携行時などの縦吊りに対応する。
電源スイッチや入出力ポート、ストラップホールは、本体右側面に配置。(クリックで拡大)
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さらに、その直下の底面には各スイッチやポートの役割を示すアイコンと共に、点字によるラベルがある。(クリックで拡大)
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含めて製品デザインと考えた場合、まず興味深いのは、音声入力端子がFM放送のアンテナ端子も兼ねていることにより、エアチェックやサンプリングを単体で行える点だ。
また、充電ポートを兼ねたUSB端子でコンピュータに接続すると、OP-1の内部に録音されたファイルが、そのままマウントされてコピーなどが行える。つまり、コンピュータから見てOP-1自体が外部記憶装置として認識されるので、ファイル管理が容易なことも便利な点だ。
これらの特徴からは、開発者が実際にユーザー、プレーヤーとして楽しみながら、必要とされる機能性を煮詰めていったことが伺える。
音声入力端子に付属の専用アンテナを装着すれば、内蔵チューナーと連動してFMラジオの音をサンプリングすることが可能となる。USBケーブルも汎用品ではなく、ロゴ入りのきちんとデザインされたものが同梱される。(クリックで拡大)
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最後に、視覚的なインターフェイスとなるディスプレイ表示にも言及しておきたい。OLED方式による表示は鮮やかで視認性も高いが、魅力をさらに高めているのが、モードやステータスによって変化するイメージやアニメーションだ。
本来は抽象的なシンセサイザーによる音作りやレコーディング作業を、いかに分かりやすく伝え、操作しやすくするかを念頭においてデザインされたそれは、物理的なノブとのカラーコーディングによって、デジタルでありながらアナログの手触りが感じられるものとなっている。
ディスプレイ部は色鮮やかなOLED(有機EL)のビットマップ方式。ここに表示されるイメージも、モードや機能ごとに非常に凝ったものとなっている。この人物は、何やら明和電機の社長のような…。(クリックで拡大)
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マニュアルより、いくつかのディスプレイイメージを紹介する。左は、レコーディングモードのときに表示されるテープデッキのイメージ。再生時はもちろん、巻き戻しや早送りのときにもリアルなアニメーションを見せ、さらにキュルキュル音も再現される。右は、LFO(Low Frequency Oscillator=変調用発信器)モードによるトレモロ効果生成時の画面。(クリックで拡大)
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シンセサイザーモード時には音を生成するエンジンの違いを視覚化した表示になり、物理的なノブと各種パラメータがカラーコードされた状態で音色を変化させることができる。(クリックで拡大)
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ちなみに、ティーンネイジ・エンジニアリングは、先頃、イケアとのコラボレーションで、カードボード製のデジタルカメラのデザインも行った。単なるデジタル楽器メーカーとしてだけでなく、デザインコンサルティングファームとしても活躍していくことに筆者は期待している。
ティーンネイジ・エンジニアリングがイケアのためにデザインしたカードボード製デジタルカメラ。内蔵メモリに40枚の写真を保存でき、USB端子をコンピュータに直結してファイル転送が行える。(クリックで拡大)
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