芝 幹雄
1983年多摩美術大学デザイン科卒業、GKインダストリアルデザイン研究所に入社。1990年株式会社GEO設立に参加、医療機器の設計とデザイン、その他産業機械の設計を手がける。2007年3月独立、株式会社SHIFT設立。同社代表取締役。
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6年ほど前のある日、とあるクライアントの会長から呼び出しがあった。地方の会社なので「たまたま上京している」といった感じであり、こちらも身構えずに指定されたホテルの喫茶店で落ち合った。すると、「今度会長を辞めることになった」との話。いきなりであったため少々驚いた。
そしてそのホテルの喫茶店でしばし、昔出会った頃の話になり、「あの頃は苦労させられましたよ」という話題になった。この会長は我々の会社にとって一番の恩人であったのだが、同時にデザインの仕事をしていて一番大変な相手でもあった。デザインのプレゼンテーションはまずこの人(当時は社長)に行い、そこでOKとなれば担当者との打ち合わせに進み、製品化の作業に移る。ワンマン社長の会社によくあるパターンであった。
「何枚スケッチを持っていってもあのときはダメでしたね」と言うと、「いいのを1枚持ってきてくれればそれでよかったんだ」と会長。当時から理詰めのプレゼンテーションを自負していたのであるが、この人には通用しなかった。
会長には、不完全で絵にすることはできないのだが、何か確実なイメージが頭の中にあるようだった。ようだった、というのは、いまだにあのときのイメージがどんなものであったかはわからないし、あったのかすら定かでない。その当時はこちらが半ばギブアップ状態になり、「まあこんなもんでしょうがないか」と会長が妥協して決着した。ひょっとすると我々のスケッチを見るごとに揺れ動いていたのかもしれないが。会長の「そんなこともあったな」でこの話は終わり、結局どうだったかはわからない。
この会長との出会いは今から16年ほど前になる。我々のデザインをいたく気に入ってくれて、同時に持参した見積もりに「安すぎる! このデザインはもっと価値があるからあと数百万上乗せしろ」と言われた。バブル崩壊後数年過ぎた頃の話である。当時は中堅企業の社長であったが、その後強力なリーダーシップのもと、その会社を上場させ会長になっていた。そしてその会社の発展とともに、できて間もない我々の小さなデザイン会社をとにかく気にかけてくれて、その後の発展に大きく貢献してくださった恩人である。そして、すべてをやり尽くしたので引退するというのであった。
とにかく気に入れば人並み以上に評価し、気に入らなければとことん文句を言う。ここまでデザインにこだわりを持った人には後にも先にも出会ったことがない。
この会長の話は極端な例かもしれない。普通はあれだけダメ出しがあればもうそこで見放されて終わりであろう。そういった意味でも、我々デザイナーは多かれ少なかれ客を見て、「持っていき方」を考えなければならない。そしてフリーランスデザイナーは外部の人間でありながら、クライアントの奥深いところまで立ち入ってしまうことが多いのである。
自分たちのデザイン提案がもとでクライアントの部署間同士の対立を招いた例もある。こちらは良かれと思い提案したことが、その会社が抱えている問題を浮き彫りにさせてしまうこともある。また、クライアントがデザインを決定するプロセスもさまざまである。
そのようなわけで、デザインプロジェクトを成功させるためにはクライアントの特徴を読み、適切な修正舵を入れなければならない。1つひとつのデザイン案を完成させる前のこの戦略立てが重要であることは、ベテランのデザイナーであればある程度理解できているであろうが。しかし「このクライアントは何タイプであるからこの戦略」というように、それを体系的に読むことはなかなか難しいものである。
これからの連載で私が出会ってきたいろいろなクライアントを例に、その成功例や失敗例を挙げてこの問題を掘り下げ、何か手がかりとなるものをまとめていきたいと考えている。そして、それがクライアント側にとっても、デザインの決定プロセス、社内の意思決定プロセスについて自ら評価するのに役立てればと思っている。
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