大谷和利
テクノロジーライター、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)アドバイザー、自称路上写真家。Macintosh専門誌、Photographica、AXIS、自転車生活などの誌上でコンピュータ、カメラ、写真、デザイン、自転車分野の文筆活動を行うかたわら、製品開発のコンサルティングも手がける。主な訳書に「Apple Design日本語版」(AXIS刊)、「スティーブ・ジョブズの再臨」(毎日コミュニケーションズ刊)など。アスキー新書より「iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス」、「iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化」、エイ出版より「Macintosh名機図鑑」が好評発売中 |
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ダイヤモンドフレームの自転車と同じく、傘の基本構造というのは、完成されているだけに、なかなか根本からの革新を行いにくい状況にある。その結果、差別化のポイントは、たいていにおいてカラーリングやグラフィカルなパターンの変更、あるいは素材の軽量化、グリップ部分の形の変更などに集中している。
もちろん、「車輪を再発明する(reinventing the wheel)」という言葉に、無意味な努力をするという意味が含まれるように、すでに完成形があるものをゼロから考え直したり、下手にいじったりすることは時間の無駄と見る向きもある。
しかしその一方では、同じ言葉が、物事を別の視点から見直すという点において重要視されることもある。例えば、自転車でも傘でも、「折りたためる」という属性を付加しようとしたときに、新たなデザインの方向性が生まれた。
オランダ生まれのセンズ・アンブレラは、傘につきものの強風に弱いという欠点を解消するためにその構造やデザインを見つめ直したものであり、日本での発売開始以来、愛用している製品だ。
いつもはデジタルガジェット系プロダクトを中心に採り上げるこのコーナーだが、今回は少し趣向を変えて、このセンズ・アンブレラを見ていこう。
一目で気づくのは、その前後非対称の形状である。折りたためないオリジナルモデルは、より直線的な形をしており、拡げたときの大きさは890×930mm。折りたためるミニモデルは、キャノピー(傘布)部分に張りを持たせて強度を確保するために拡げるとやや湾曲した形状になるが、850×920mmとほぼ同等のサイズが確保されている。
この後部の長い独自の形状が風の流れを巧くいなし、キャノピーに無理な力がかからないようにするとともに、裏返る(いわゆる、おちょこの状態になる)ことを防ぐ。
センズ・アンブレラは、オリジナルと呼ばれる標準タイプ(7,140円)で風速100km/h、ミニと呼ばれる折りたたみタイプ(5,250円。写真)で同60km/hの強風に耐えるというオランダ生まれの傘だ
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キャノピー(傘布)部分を前後非対称とし、空力的なフォルムに仕立てることで、風を「いなす」構造になっている。筆者が所有するのはミニモデルであるため、記事中でもその写真を使用している
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また、バックパック姿で移動することも多い筆者にとっては、その長めの後部がちょうどよい雨よけとなり、一般的な形状の傘よりも荷物を濡らさずに済むようになった。
ミニモデルは、折りたたむと全長約270mm。今や、これよりも小さい携帯用の傘は多数存在するが、上記のキャノピーサイズと形状を、十分コンパクトなサイズに落とし込んだ点は評価できる。
折りたたんで付属の携帯用袋に入れたところは、とりたてて普通の傘と違う部分は感じられない。この状態で、柄から先端部分までの全長は約270mmで、重量が260gだ
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グリップの部分は樹脂にソフトなウレタン巻。グリップ自体がやや短めに感じるものの、実用上は問題なく握ることができる
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折りたたみ傘は、折りたたみ時の全長を抑えることを優先して、最小限のグリップしか付けていない製品もある。センズ・アンブレラのミニモデルもオリジナルと比べればグリップサイズが小さいものの、ウレタン巻の表面加工がなされ、しっかり握れるようになっている。
安全性についても留意されている。石突きや傘骨の先端は樹脂パーツでカバーされ、そのすべてにセンズ・アンブレラを使うユーザーの姿を図案化したロゴが入っているほか、傘を開く際に独特の形状が周囲の邪魔とならないように開閉用ボタンの位置を決めるなど、細かい気配りがあるのだ
強風にセンズ・アンブレラを差して立ち向かう人を図案化した石突き部分のロゴ。同様に、傘骨の先端部分もロゴマーク付きの樹脂パーツでカバーされている
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開閉用ボタン(開閉自体は手動式)はキャノピーの骨が短い側にある。実際に差すときとは持ち方が逆となり、傘を差す際に長い側の傘骨が邪魔にならないように考えた結果でもあるが、それが一番安定し、周囲に迷惑をかけない安全な開き方にもなっている
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前後非対称の構造と折りたたみ機構を両立させるにあたっては、かなり知恵を絞ったようで、全8本の傘骨の内、前寄りの6本の屈曲箇所は2ヵ所だが、後部の長い2本のみ3ヵ所となっている。そのため、後部2本の傘骨のみ、軸との接合部分での折れ曲がりの方向が異なり、それを支える補助骨の取り付け方もユニークだ。
柄は三段式の伸縮構造。折り皺からも分かるが、キャノピーの折りたたみ方法にはかなり知恵を絞った跡が伺える
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その折りたたみ構造を支える骨のディテールを示す。赤丸で示すように、短い傘骨は2ヵ所、長い傘骨は3ヵ所で折れ曲がるほか、根本部分の支えの補助骨も矢印のように異なる方向から傘骨に接続されている |
このような構造になったのは、傘骨を構成する本数が、奇数の箇所と偶数の箇所があるためだ。見た目の複雑さとは裏腹に開閉はスムーズであり、日常的に利用しているが堅牢性も十分あると感じられる
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もともと欧米人は多少の雨では傘を差さないことも多い。したがって、逆に傘を差すときには、それなりの本降りや嵐の中ということになる。センズ・アンブレラの発想が、雨が多く傘の利用率も高い日本のような環境では芽生えず、オランダから生まれた背景には、そういう習慣の違いも関係しているのではないか? そんなことまで考えさせてくれた、センズ・アンブレラなのである。
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