芝 幹雄
1983年多摩美術大学デザイン科卒業、GKインダストリアルデザイン研究所に入社。1990年株式会社GEO設立に参加、医療機器の設計とデザイン、その他産業機械の設計を手がける。2007年3月独立、株式会社SHIFT設立。同社代表取締役。
http://www.shift-design.jp/mainpage.swf |
|
前回、フリーランスデザイナーに仕事が依頼されるパターンについて取り上げ、主にクライアントにデザイン部門がある場合を考えたわけであるが、その中でもインハウスデザイナーがやり尽くしてアイデアが枯渇してしまった場合が一番難しい仕事となることをお話した。今回はそんな状況をもう少し掘り下げて考えてみたい。
数年前の話である。とある大手メーカーのデザイン部門からコンパクトデジタルカメラのデザインの依頼があった。デジタルカメラに関しては銀塩からデジタルに移り変わる頃からどれだけデザインをしてきたか思い出せないぐらいで、自分自身でも少々やり尽くした感があった。そして数年前といえば、市場的にもほぼ成熟に達する一歩手前ぐらいであったように思う。画素数が400万を超え、次に600万画素が出ればほぼ画素数の競争は終わるだろうといわれていた時代である。実際には予想に反して1000万画素までいってしまったが、撮影するスタイルがユーザー側に定着し、各社似たり寄ったりのデザインばかりになってしまった今の状況は、デザインの面から見ればもはや時代の花形でなくなってしまったのは明白である。
かつてデジタルカメラのデザインは携帯電話と並んでデザインの仕事の中でも花形であった。各社それぞれアイデンティティの表現を競い、個性あるデザインの商品が数多くあり、ユーザーにも「今度どこのメーカーからこんなカメラが発売される」といったように注目の的であった。数年前はまだその熱が冷めきる手前だった。
そのとき、このメーカーのインハウスデザイナーはまだ新しい可能性を追い求めていた。しかしどうしても新しいイメージにたどり着けず、我々に依頼してきたわけである。
依頼の内容は数年後に市場に投入されるモデルのデザインであった。であるから、中身もスペックはそれほど進化しているわけではないがすべて決まっているわけでもなく、現状の枠にとらわれず自由にデザインしてほしいとのことであった。「それならば」と引き受けた我々と、彼らの思惑に大きな隔たりがあったことはこの時点では認識できなかった。それは初回のプレゼンテーションにおいて明らかになってしまうのである。
我々はいつものように、現状の延長線上の案から始まり、そこから少し軌道を変えた方向にあるもの、さらに先にいったもの、さらに方向を変えたもの等、落とし所がはっきりしていないそのときはアイディアの幅を広げた提案が必要となり、20点近く提案した。そのときの彼らの回答は「どれも引っかからない」であった。我々としてもやみくもに提案をしているわけではないので、1点1点その理由をヒヤリングしていった。そしてようやく、とんでもない事案を引き受けたことが判明するのである。
時間をかけてようやく引き出した彼らの要求は、まず自分たちの想像を超えたものであること、そして彼らもプロのデザイナーであるから、市場的に受け入れられるであろうと確信が得られるものだと言うのである。明らかに矛盾した要求である。しかも今後の市場が現状を維持できず、上昇から頭打ちに転ずるであろうことはお互い認識した上でのことである。落とし穴に突き落とされたような気分であった。その後もプロジェクトは続いたが、我々はオーソドックスな提案に終始する以外方法はなかった。
引き受けた我々に落ち度がなかったとは思わない。しかし、依頼する側にしかどうしようもないことも多々ある。これから下降線に入ることが予測された市場を何とかしようというのであればそれなりのリスクを覚悟するべきであり、そのためには実験的な提案を期待すべきであると思う。そして実験的な商品開発から市場を変えていくしか方法がないことは誰しも認識できていることである。だがそれをできる日本の企業が少ないのも事実である。
「ローリスク、ハイリターン」。投資の世界でよく聞く言葉であるが、投資の世界でもそれは夢、そして商品開発の世界にもなじまないようである。
|