芝 幹雄
1983年多摩美術大学デザイン科卒業、GKインダストリアルデザイン研究所に入社。1990年株式会社GEO設立に参加、医療機器の設計とデザイン、その他産業機械の設計を手がける。2007年3月独立、株式会社SHIFT設立。同社代表取締役。
http://www.shift-design.jp/ |
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デザインの世界でも、ただデザインだけを専業にしていては難しい時代であることは前章までに書いた通りである。機構設計から始まって、電子回路設計、プログラミングと随分領域を広げてきたわけであるが、どのタイミングでクライアントに「できますよ」と言うのかの判断も難しい。何でもかんでも自分でやる必要はないのだが、ひとしきり自分でやってみて、業務で2度3度以上の経験を積まなければなかなかアピールできるものではない。であるから、「予算が少ないし、ダメ元でいいから」というような仕事は我々にとって渡りに船なのである。ここ10年ほどの間に、そのような事情を抱えたクライアントに随分助けられてきたように思う。そして、そのような仕事をこなすうちにデザイン以外の領域も業務として取り込むことができてきた。しかしその一方でどんどん減ってきた業務もある。
一昔前まで、デザイン事務所がデザイン以外で稼げる業務として、商品企画があった。商品企画はマーケットリサーチに基づいて行い、現市場の問題点と他社の動向を洗い出すことは、自身のコンセプトの立案にも役立つし、またデザイナーであれば誰でも抵抗なくできるのがこの業務の良いところでもあった。経営者や営業へのプレゼンテーションでは、デザインの裏付けとなるその手の資料が大いに重宝がられたものである。ところが最近は、業界内でそのニーズが随分減ってきているように思う。
「そこはいいから具体的なアイデアが見たい」。ここ最近はそんなことを言うお客さんが増えてきたように感じている。しかしこうなることはなんとなくではあるが、分かっていた。
●過去の手法が通じなくなった商品企画
もう17、18年前のことであるが、試行錯誤の上でオリジナルのデザイン評価マトリクスを作り上げた。そのマトリクスはデザインキーワードとその元となったイメージ写真とが表裏一体となっている。実際にはイメージ写真は隠されていて、評価すべき商品群をプロットするときのみ意識されるが、プレゼンテーション時にはマトリクス上に散りばめられたデザインキーワードしか見えないようになっている。例えばそこにカメラ(当時は銀塩)を前世代のものから現行のものまでプロットしてみたとする。すると見事なまでに市場の動向が現れ、さらに各社の市場戦略まで見えてくる。ただしそれは一昔前の話である。
ある商品が、大衆の憧れであった時代から誰もが買える商品となるまで、それらの商品群は時系列に一直線に並ぶ。そしてその線がある時点で拡散し始めるのである。ある時点とは、その商品が一般大衆化して、各社が自身のブランドイメージを確立しようと動き出したときであった。このときは見事に各社の動向が見て取れた。その次期はそれぞれの商品によって違い、カメラは最も早くそれを迎え、後にデジタルカメラにその座を譲り、ほぼ世の中から姿を消していった。市場に現れたのが遅かった商品も同様な動きをしていたので、非常に説得力のある資料となったものである。
ところが、あるときから我々はこのマトリクスに限界を感じ始める。各社が拡散しきった後は、もはや今後の動向の予測ができなくなってしまうのである。安価なアジアの製品が大量に市場に入ってきたこともその要因であるし、何より商品寿命がどんどん短くなり各社が手探りのような商品開発を始めたのもその要因ではないかと思う。“ニッチ商品”などという言葉が生まれたまさにその頃である。
マーケティング、商品企画というものが一筋縄ではいかなくなったというべきか、正論的な商品開発ができなくなった時代なのだというべきか。さらりと市場を見回して答えが導ける時代でなくなったことは確かであろう。今までの道筋での商品企画が効力を発揮しないのであれば、新たな方法論を考える必要がありそうに思うが、現実にそういった新ビジネスが多々生まれているようである。つまり新たに有効なマーケティングや商品企画の手法が完成すれば、それで1つの会社を起こせるほど貴重であるということになる。じっくりと市場の動向を観察するときかもしれない。
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