pdweb.jp プロダクトデザインの総合Webマガジン
●今、気になるプロダクト
その30:モジュールを組み合わせてモノを作る「LittleBits Synth Kit」
その29:水縞「全国架空書店ブックカバー」をめぐって
その28:ESPのGrassroots ピックガードギター「GR-PGG」が面白い
その27:米ナッシュビルのハンメイドギターピック「V-PICKS」
その26:キリンビバレッジ「世界のkitchenから」をめぐって
その25:「UP by JAWBONE」をめぐって
その24:「未来の普通」を実現したツール、Livescribe「wifiスマートペン」
その23:スマホでは撮れない「写真」を撮るためのコンデジ「EX-FC300S」
その22:真剣に作られた子供用ギターは、ちゃんとした楽器になっている「The Loog Guitar」
その21:紙をハードウェアとして活かしたデジタル時代の紙製品
その20:Kindle paperwhite、Nexus 7、iPad miniを読書環境として試用する
その19:未来の形を提示したヘッドフォン、Parrot「Zik」を考察する
その18:iPadなどタブレット用のスタイラスペン3タイプ
その17:カプセル式のコーヒーメーカー「ネスカフェ ドルチェ グスト」
その16:iPadで使うユニークなキーボード、3種
その15:紙のノートと併用できるオーソドキシーのiPad用革ケース
その14:今世界一売れているボードゲーム「エクリプス」に見るインターフェイスデザイン
その13:SimplismのiPhoneカバー「次元」シリーズ
その12:3,000点の展示数は当然だと感じられる「大友克洋GENGA展」
その11:大人が使って違和感のない文具、「Pencoのディズニーシリーズ」の魅力の秘密に迫る
その10:VOXのトラベルギター「APACHE」シリーズをめぐって
その9:業務用スキャナのScanSnapモードを試す
その8:シリーズ「iPhoneに付けるモノ」:iPhoneの録音周りを強化する
その7:フルキーボード搭載の新ポメラ、キングジム「DM100」
その6:取材用ノートケース製作録
その5:40年間変わらないカップヌードルというモノ
その4:インターネット利用のモノ作り「Quirky」の製品群
その3:最近の保温保冷水筒をチェック
その2:「スーパークラシック」と「スーパーコンシューマー」の文具たち
その1:五十音「Brave Brown Bag」
Media View
●秋田道夫のブックレビュー
第22回:「だれが決めたの? 社会の不思議」
第21回:「思考の整理学」
第20回:「デザインの輪郭」
第19回:「デザインのたくらみ」
第18回:「覇者の驕り―自動車・男たちの産業史(上・下)」
第17回:「素晴らしき日本野球」
第16回:「建築家 林昌二毒本」
第15回:「ブランディング22の法則」
第14回:「中国古典の知恵に学ぶ 菜根譚」
第13回:「プロダクトデザインの思想 Vol.1」
第12回:「先生はえらい」
番外編:「フリーランスを代表して申告と節税について教わってきました。」
第11回:「知をみがく言葉 レオナルド・ダ・ヴィンチ」
第10回:「ハーマン・ミラー物語」
第9回:「ポール・ランド、デザインの授業」
第8回:「プロフェッショナルの原点」
第7回:「亀倉雄策 YUSAKU KAMEKURA 1915-1997」
第6回:「I・M・ペイ―次世代におくるメッセージ」
第5回:「ル・コルビュジエの勇気ある住宅」
第4回:「芸術としてのデザイン」
第3回:「天童木工」
第2回:「アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン」
第1回:「柳宗理 エッセイ」
Tool View
●魅惑のレンダリングワールド
第6回:Maxwell Renderを用いた小坂流ビジュアル術
第5回:Maxwell Renderの概要
第4回:nStyler2.1をより使い込む
第3回:さらにパワーアップしたnStyler2.1
第2回:Hayabusaのレンダリング画像
第1回:Hayabusaの概要
●[集中連載]SolidWorks 2008レビュー!全4回
最終回:「フォトリアルなレンダリング画像を作る」
第3回:「レイアウト」検討からの部品作成
第2回:サーフェス上スプラインとソリッドスイープ
第1回:インターフェイスやモデリングの概要
LifeStyle Design View
●さまざまな日用品
第1回:空想生活「ウインドーラジエーター」
●IHクッキングヒーター
第3回:「MA Design」
第2回:「空想生活COMPACT IH」
第1回:「東芝MR-B20」
●オーディオ
第3回:「TEAC LP-R400」
第2回:「amadana AD-203」
第1回:「JBL spot & Jspyro」
●ライト
第5回:「BIOLITE EON」
第4回:「TIZIO 35」
第3回:「ITIS」
第2回:「Highwire 1100」
第1回:「Leaf light」
●トースター
第4回:「ZUTTO」
第3回:「VICEVERSA」
第2回:「±0」
第1回:「Russell Hobbs」
●コーヒーメーカー
第6回:「±0」
第5回:「MA Design」
第4回:「ZUTTO」
第3回:「deviceSTYLE」
第2回:「Rowenta」
第1回:「Wilfa」
●ハードウェア
第3回 日立マクセル「MXSP-D240」
第2回 シャープ NetWalker「PC-Z1」
第1回 HTC「Touch Diamond」(090113)
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このコーナーではプロダクトデザイナー秋田道夫氏による書評をお届けします。
毎回、秋田氏独自の視点でセレクトした、デザインにまつわる書籍の読後感を語っていただきます。お楽しみに。
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秋田道夫のブックレビュー
第20回
「デザインの輪郭」
・深澤直人
・TOTO出版(2005年11月)
・295ページ
・1,890円(税込み) |
●「贅沢」の発見
「あなたにとって贅沢とはどんなことですか?」と聞かれたら、わたしならこう答えます。
「例えば、財布の中にそれなりのお金を入れて買い物に行き、いろんなお店を見て回ってなにも買わずに帰ってきた時かな」。なんて贅沢でしょう。
欲しいと思っていたが手持ちがなくて買えない時もあります。そういう時にその買いたいものはとても輝いて見えます。ちゃんと買えるだけのお金があった時にはじめてその製品がほんとに必要なのかそうでないのか判断できるものです。
深澤さんの手になるこの本にはそんな「贅沢なお話」がたくさん載っています。
「−最小限で生きることは、とてもリッチなことだと思います。
ものがない、ただ空いた空間にいるということは けっこう贅沢なことです。−
−白いご飯は毎日食べているけれど「これがあれば私は幸せです」って断言できるようなところがあるじゃないですか。そういうのは、けっこうハイレベルな満足だと思います。
中略
あたりまえの価値に気づくことが最も感動的だと思う。−
−雑誌もみないですよ。デザイン雑誌は全然みていない。−」
たぶんそれはさっき書いたような「十分それを手に入れられる(手に入れた)状態」にある人ではなくては考えられない高みというか「境地」ともいうべき段階にあることを示しています。まことに贅沢です。日本はおろか世界中で注目を集めているデザイナーがこのような感覚で日々を過ごしそしてデザインをしていることは、驚くべきことだと思うのです。その感覚をこうやって読んで知ることができるのも贅沢です。
この本に展開される日常的でありながら、普遍性と品格を感じさせる世界は、小津安二郎が映画で描いた世界と相通じるものがあると思いました。
一見ふつうなんだけれどそこには周到な準備と思慮と配慮がなされています。
●未来から来た人
これまでデザイナーが書いた本に、こんなに「日常」で満たされた本があった覚えがありません。「世界をデザインで変えたい」「デザインにはこんなに希望に満ちた未来を作る力がある」。デザイナーが本に託すのは今あることからどう豊かになるかそういう願望と可能性に対して書くのが「ふつう」だと思っています。
この本にはそういう未来予想も願望もどこにもありません。あえていえば「すでにすばらしい世界があった」そう書かれているようです。
深澤直人さんは1956年生まれ。
1953年生まれのわたしと同世代ということをてがかりにそういった世界観に至った経緯を想像するのですが、小さい頃から「明るい未来が描かれていたものを常に見かける」時代を過ごしていました。今ほど「モノで満たされている」とは言えませんが、努力次第で手に入れることも可能と思える世代でもあります。
しかし社会人になる頃には、大気汚染の問題が出てきてオイルショックもありなんだかちょっと「輝く未来」が怪しくなってきました。
しかしそれは「うねり」であって、いつかは戻るという気持ちもあり、ついにはこの国がもっとも隆盛で「豊かな」時代を迎えた時、すでに30代の半ばでした。
わたしはそのころ独立をし、深澤さんはアメリカにあるデザイン事務所「ID-TWO(その後3つの事務所が統合されてIDEOになりました)」に旅立ったわけです。
偶然ですが、会社に在籍していた時にID-TWOの代表だったビル・モグリッジさんにお会いしたのですが、そのころすでに「GUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)」の開発に注力されていたことが印象的でした。
つまりプロダクトデザイナーの仕事に「ハード」から「ソフト」へ移行する「気配」がそこにあったのです。
当時はコンピュータが普及するまっただ中でした。新製品が発売されるたびに性能も値段も格段に進歩しながら安くなっていってそれを使うことが「夢」ではなくなってきていました。
久しぶりに「未来」を感じることができた。その中心にパーソナルコンピュータがあったわけです。しかし世界でもっとも進歩的でアグレッシブであったアメリカのデザイン事務所ではすでに「モノ」から「コト」への関心が高まっていた。そのただ中で深澤さんは研鑽を積んでいたのです。
●白い駒
1996年にIDEOの日本支社を立ち上げるために戻った深澤さんが日本のプロダクトデザインの世界に「置いた」白い駒の威力は絶大でした。
最初、なにげなく置かれたように見えた白い駒が、次第にかたまりとなって最後には、見事にその盤面(プロダクトデザイン)全体を白く覆い尽くした。わたしはこの10年の日本の状況をそう見ています。
ゲームには「定石」と呼ばれる駒の置き場所が自然と決まっています。その定石は「道理」にかなったものであり、そこを避けてしまうと大変な道がまっています。
90年代にさまざまな形のプロダクトが生まれましたが、そこには「こういうスタイルが全盛」であるという全体を現すような言葉も「色彩」もなかったと思っています。
アメリカから日本をずっと見つめ続けた深澤さんは1つの「定石」というか、「あるべき場所」に駒が置かれていないことを「発見」していたのですね。
その1つが「アフォーダンス(affordance)」という論理でした。
人はモノを認識する時、実は見えているものを「平面」としか捉えていない。
視線の移動によってはじめてその対象が「立体」であることに気がつく。
わたしはこの論理がデザインとどう結びつくのかうまく説明はしきれないのですが、「すでにそうである」というのは人々がつくりあげた「思い込み」であって、すでに存在しているプロダクトデザインされたモノたちを、いったんリセットして再考するきっかけになったのだと思います。
人が感じる「それらしいもの」の根っこにある「それ」とはどういうことなのかそこを「みんなで考えてみましょう」という問いから始まったのが1998年から今も継続している「Without thought(考えない)」というデザイナーの再教育システムとその成果の発表会展示と出版につながっていきます。ここでは徹底して「概念のリセット」が行なわれます。
アフォーダンスで書いたように機能はそのかたちが生まれる前からそこにすでに「存在」でしていてデザイナーがそれをかたちにしなくても「そういうところにそういうでっぱりがあればそこになにかを置くかもしれない。たまたま溝があればそこに持っていた傘をそこに差し込んで『傘立て』がわりに使うだろう」。これまであった製品の「かたち」ではなくてその働きを「取り出す」ためにトレーニングがなされるわけです。
その発表会の場で公になった1つのかたち(1つの駒)がその後、大きな反響を呼んだのです。それが無印良品から発売された壁掛け式の「CDプレーヤー」です。
その製品をきっかけに無印良品とのパートナーシップにつながり、さらに±0の製品群へと広がります。また同時期には、au design projectから「INFOBAR」というこれまでの携帯電話になかったかたちを生んでいます。
こうやって時間にそって列記すると見事に深澤さんのかたちのベースにある考えが浮かび上がりそこにはいささかのぶれがないことに今さらのようにすごみを感じます。
●もう1人の存在
しかしこの本は「プロダクトデザイナーとして成功する方法」が書かれているわけではありません。じっとその「盤面」を見つめてここにこういうモノが必要だろうと思いそれを実行した人の話が書かれているのです。
淡々と「毎朝掃除をしています」「帰る時には机を片付けます」「デザインは1つしか出しません」、そう書かれていますが、それがどれだけ大変なことかわたしには分かります。それが同世代の人に共通の「くせ」でもなければ「特性」でもありません。人なみはずれた精神力と自制心のなせる技です。
それはデザインにも言えます。深澤さんが「ふつうのかたち」と表現してもそれはそれまでになかったか振り向かれなかった「ふつう」です。平凡ではないのです。
ふつうにたどり着くプロセスは普通ではありません。
それにしてもこの本に一貫する緊張感の源はどこにあるのか、ずっと読みながら考えていました。その謎解きが本の最後にあるのですが(別にミステリー小説でもないので「結末」を書きますが)インタビュアーが萩原修さんだと知っていたく腑に落ちました。
萩原さんはリビングデザインセンターOZONEで展覧会を企画に関わり、その後独立してさまざまなデザインに関する活動やデザイナーの本に関わられていてプロダクトデザインの世界に造詣の深い人です。また小泉誠さんの手になる「9坪ハウス」の住人でもあり日々「デザイン」を体感されている人でもあります。
深澤さんの言葉は「問いに答える」かたちになっています。しかし「なにを問うたか」はあえて書かれていません。
その巧みな演出によって、読者はつねにその見えないインタビュアーの聞いた内容を想像するとともにスリリングな「対局」を見ている観客にいつのまにかなっています。
この本が発売されたのが2005年の暮れ。当時はデザイン家電も最盛期でした。多くの雑誌で「デザイン特集」が組まれその中心にはかならず深澤直人という名前と製品がありました。
あれから4年、すっかり街の書店からはデザインに関する雑誌類は姿を消してしまいました。また製品の多くもお店から消えました。しかし残るものは残りずっと人々のライフスタイルに「潤い」を与えてくれてもいます。
今の世間を取り巻く状況の中で読むとまた別の意味が見いだせます。多くの言葉には当時よりも今の方がフィットする感覚があります。「過去形で語られた未来」そんな感じです。これから深澤さんはどこを目指してなにを残してくれるのか楽しみです。
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