●若き才能のきらめき

安藤さんが独学で建築の技術を習得したことはつとに有名ですが、それはコルビュジエも同様です（三大巨匠ともアカデミックな建築自体の教育を受けていないのですが）。スイスの田舎町に時計職人の息子として生まれた彼は、12歳で地元の工業学校へ通いながら夜間には美術学校へも通っています（！）。

美術学校の適性に気がついた彼は14歳のとき昼間の美術学校に入り直します。時計の彫金家を目指していたのですが、視力が弱いために細かい作業が必要な時計の世界に進むには無理がありました。そして、18歳の時に美術学校の教師のすすめで学校の関係者の自宅を設計することになりました。

なぜ「建築をしたことのない青年（少年）」に建築を頼んだのか？　わたしには、そこがコルビュジエ人生最大の謎ですが、きっとなにを描かせても作らせてもあまりにも優秀なコルビュジエ青年をずっと見守っていた先生は『彼ならば建築も普通以上にできるに違いない』。そう無謀でも大胆でもなく「妥当な判断」としてコルビュジエに建築設計をすることを勧めたのでしょう。

わたしは安藤さんも同様ではないかと思っています。「独学」といってもきっと建築に向かうためのきらきらの才能と素地があったし、なにより「やればきっと出来るだろう」という「理由のないすごい自信」が日頃の言葉や行動に現れていて、そのことが周囲にも『彼ならほんとうにそうするだろう』と理解されていたと想像します。

まあご本人は「そのあたり」については多くを語られていないのですが、若い時代についての「周囲の声」を集めた話が読んでみたいものです。

●小住宅の大きな勇気

コルビュジエの「終の住処（ついのすみか）」は、南フランスにある海辺のリゾート地キャップ・マルタンの海を見下ろす場所あります。妻と自分のために建てたその小屋は、約八畳大の広さしかありませんでした。そして小屋から少し離れた場所にさらに小さな四畳大の仕事の小屋で構想を練る日々を過ごしていました。

「都市計画」までプランしていた世界の巨匠コルビュジエにしては、なんともこじんまりとした住まいですが、そういった彼の「家との付き合い方」というものにも安藤さんは「シンパシー（共有感と親しみ）」を感じるのでしょうね。

安藤さんの名を世に知らしめた代表作である「住吉の長屋」も小さい住宅です。長屋の間を切り取った「3.3メートル×14.1メートル」の敷地をさらに三等分にしたコンクリート製の矩形の箱でした。

「建築というものは、いや、そもそもモノをつくるということは、知識や創造力も大事ですけれど、新しいことに挑戦する勇気があるかどうか、そこで決定的な差がでると思います。これでいい、これでいこうという勇気。ル・コルビュジエにはそれがあります」。安藤さんの言葉です。

建築はスケールだけで「大きさ」を計ることはできない。そうわたしには伝わってきます。そしてその言葉はプロダクトデザイナーのわたしにとっても励みになるのです。住居の中で使われる製品が小さくとも大きな世界観を表現することが可能であることを。そしてプロダクトデザインにおいても「あたらしいことに挑戦する勇気が大切であることも。

●デザイン「山」のガイドブック

この本は新潮社から発刊されている「とんぼの本」の1冊です。「美しい写真とわかりやすい文章で綴るヴィジュアル・ブック」と紹介されているこのシリーズには美術や旅行について書かれた本が多くあります。

安藤さんが尊敬するル・コルビュジエを手がかりに「建築の本質」について見解を、おそらくこれまでふたりの建築家について書かれた膨大な数の本のどれよりも分かりやすい文章と表現で引き出したという意味において意義深い1冊だと思います。

ここに紹介されたエピソードを読むことによって2人の偉大な建築家のことに親しみを感じ好きになる。そしてなにより建築に興味がわき、好きになる。

中学生はおろか小学生でも楽しむことができるこの本の一文がいずれは、中学校や小学校の教科書に載ったりするようになって、将来建築家を目指すようになった若者の中には、この本がきっかけだったという人が何人も出てくるんじゃないかと想像するのです。

この本は「美しい写真と分かりやすい文章で綴られたハイキングのガイドブック」のようなものです。

山の登り方が直接書かれているわけではありません。あくまでもコルビュジエと安藤忠雄という頂上が霞んでいるような高い山の向い側にある小さな丘へ登るための本のようなものです。

しかしそこには2人の巨匠がその建築という山に登り始めた初々しい姿が映し留められています。みんな最初はこうやって低いところから徐々に登るんだということが分かることはとても貴重です。