●デザイナーと職人とのコラボレーション
−−原型ができてから製造にいく際には職人さんが作るわけですよね。それは吉田カバンの専門の工場というか、職人さんの場があるのですか。
浅野:「自社工場」ではなく「協力工場」ですね。吉田カバンの仕事だけをされている職人さんもいらっしゃるんですけど、何社かの仕事に携わっている方もいらっしゃいます。縫う職人さんは全員社外の方になります。
−−そういう外注の職人さんのクオリティコントロールも大変ですよね。
浅野:私が言うのも恐れ多いんですけど、吉田カバンとして一定の基準を設けて、そこの中で生産していただいています。技術の水準は高いと思います。
−−1つのシリーズの量産は同じ工場にお願いするのですか。
浅野:そうとも限らないです。モノによっては2社、3社で1つのシリーズを生産することもあります。持っていらっしゃる技術や生産キャパシティとか、様々な要素が関係してきます。
−−プロダクトデザインなど、いわゆるモノ作りの世界ですとCADやIllustratorの図面などがあるのですが、吉田カバンの場合、製造現場にはどのような形で指示を出されるのですか。
浅野:工場には指示書や原寸で描いた図面をお渡しするという感じです。Illustratorを使うこともあります。CADを使ってはいけないということはないのですが、実際にCADは用いていないですね。平面を立体にするのは職人さんの仕事なのでそこはお任せしています。また、カバンは服と違いパタンナーがいないので、そこも面白いと思います。
−−浅野さんの最初のイメージと試作が違う場合はどうされるんですか。
浅野:そこから修正をかけます。具体的なモノを入れて強度のチェックももちろんしますし、実際に他の社員に使ってもらって、ここにポケットあったほうがいいとか意見も取り入れながら、次のサンプル制作に入ります。サンプルは早ければ2、3回で済みますが、決まらない場合は何度も修正サンプル作りを繰り返します。
−−実際に量産をお願いする職人さんとやり取りしながら、決まったらそのまま量産という流れになるのですか。
浅野:サンプルを縫われる職人さんと量産をされる方は別の場合が多いので、デザイナーはまず最初のサンプルを縫う職人さんと密にやり取りをします。そうして展示会で発表した後で量産体制に入っていき、品質コントロールしていただくという流れです。
−−そうすると、完成した試作を量産するにあたって、工場の方で図面化する場合もあるわけですね。
浅野:ええ。型紙などは職人さんが持っています。
●最新の素材を意識する
−−例えば素材を何にするかは、デザイナーさんがイメージした段階でご判断されるということですよね。浅野さんは今までどんな素材をお使いになられてきましたか。
浅野:私はまだ2シリーズしか手掛けていないんですけど、1つは先ほどの後染めのナイロンとコットンの交織素材です。もう1つはコットンとポリエステルを綿の段階でミックスしたものを紡績した糸で織った素材です。企画によって最もふさわしい素材を判断していくというのがポイントですね。
−−最初のアイデアスケッチの段階で、素材のテクスチャー感も意識しているのですか。
浅野:デザイナーによっていろいろだと思います。私の場合、例えば「PORTER FOG」というカバンは、テクスチャー感よりもむしろ色をテーマにしたため、ちょっと淡い感じの色合いを出せる生地を生地屋さんとともに考えながら選んでいったという流れでした。
−−色に浅野さんの主張があるんですね。これは従来の吉田カバンにはなかった色合いですか。
浅野:これまでは黒、ネイビーなど、単色ではっきりした色合いのものが多かったですね。なので今の服装の雰囲気とかも合わせながら、霞んだような、ちょっと淡い色合いのカバンの提案もあっていいんじゃないかというところからPORTER FOGの企画は始まりました。
また、「PORTER OVERDYE」の場合は、ナイロンコットンの生地は、コットン部分しか染めてないので、ナイロン特有の質感が残っていて、光の当たり方によって光沢感の異なる微妙な雰囲気が出ていると思います。これはナイロンコットンの素材でしか出せない色味ですね。製品染めでしかできないことをやらないと面白くないなと思っていたのでこの生地を選んだんです。角度によって色合いなどの見え方がいろいろ変わりますが、色は黒、カーキの呼称にしています。グレーでもないし、ブラウン、ベージュとかでもなくて。
また、PORTER OVERDYEで製品染めによるシワを出したいところは、縮率が強いコットンを使って、ファスナー周りなどは縮むと歪みが出るので縮まない素材を使ったり。それはすべて自分で考えました。
−−そういう経験値を積まないと分からないようなことは、どうやって学んでいかれたのですか。
浅野:やってみたいといった想いで動いているので(笑)。できるできないというよりは、企画内容にOKが出たら、展示会までにとにかくやりきるしかないという、そのへんで動いていますね。それから、先輩や職人さんの助言やご意見も大きいです。
●インハウスデザインにこだわる
−−吉田カバンがインハウスデザイナーにこだわる理由はなんでしょうか。
浅野:吉田カバンのブランドのタグが付いているカバンは、間違いなく当社のデザイナーが手がけた商品です。自社の縫製工場はありませんが、カバンを企画してデザインや素材の選定や開発、仕様の決定に至るまで全て社内のデザイナーが行います。日本の職人さんの優れた技術によって、我々がこれまでに培ってきたデザイン的なノウハウやセンス、着目点を生かした今までにないカバンを作るためには職人さんとデザイナーの信頼関係は欠かせません。ですから、当社のカバンを外部のデザイナーが手掛けることはまずないですね。
他のブランドや企業とのコラボレーションでも、カバンに関しては吉田カバンのデザイナーが職人さんと綿密は打ち合わせを重ねて製品化されるという流れです。
−−カバンのデザインは、ユーザーの持ち物の変遷とともに、それに沿ってデザインも変わっていくということだと思いますが、他にカバンのデザインが変わりゆく要素とは何かありますか。
浅野:例えばブリーフケースなど、ミュージックプレーヤーが小型化したり携帯電話がスマートフォンになったりという変化に対応して、ポケットの仕様を変えたりクッションをかませたりしています。
一方、カバンを持つビジネスマンのスーツも細身のタイプやグレーの色味が増え、靴も茶色の革靴が増えています。そういった点で、ブリーフケースも従来の黒だけではなく、ネイビーやグレーの色も売れています。ユーザーのファッショントレンドによって、好まれるカバンも変わっていることが分かります。
最近ですと、自転車通勤の方が増えたためか3WAYブリーフケースというリュックにもなる仕様のタイプがよく売れていたりとか。そういった方はノートPCなどデジタル機器を入れることが多いので、それを保護するクッションを部分的に入れたりしています。色や仕様は、通勤スタイル、ライフスタイルの変化に対応して変わっていると思います。
−−昔と違って本を持ち歩く人が減ってきているように感じますが、カバン自体のサイズもコンパクト化している傾向なのでしょうか。
浅野:それは十分ありえます。男性が休日に持ち歩くモノの量なんて、本当に少ないので、そういう小さなバッグを求めている方もいらっしゃいます。ボディバッグという、コンパクトなカバンを背中にたすき掛けしている方が多いんですけど、それも本当に最近、ここ1、2年の流れなのかなと思います。
−−オン・オフ、アウトドアなど、今は皆さん、行動パターンに合った最適なカバンを選んで持ち歩きますからね。
浅野:例えば、当社はニコンさんと一緒に、カメラバッグも作っています。どうしても専門的なディテールが必要な場合は、ニコンさんのノウハウを教えていただいた方がより良いカバンが出来ると考えます。私たちの専門はカバンなので、カメラはカメラ、パソコンはパソコンの専門の方とお仕事した方が細かい部分が分かるんですよね。
−−PORTERブランドで汎用的なカバンを作られている一方で、そういう専門的な特化したカバン作りもされていて、いろいろなバリエーションがありますね。
浅野:カバンの可能性ってそういうことだと思います。専門的なものもあれば、普段使うものもありますし、大きなものも小さいものも、ポーチであってもペンケースであっても、モノを入れる道具であることには変わりありません。そこは永遠、ずっと続いていく要素なので、その可能性を当社のデザイナー含め全社で追求していくというのはずっと続いていくことだと思います。
−−ユーザー目線で言えば、PORTERのカバンは、ここにポケットがあればいいなというところにちゃんとあるような、非常に心配りのキメが細かいですよね。使っているうちにありがたみに気付く収納スペースの場所とか(笑)。
浅野:ありがとうございます。デザイナーも間違いなくそこは意識をしています。逆に、何に使うのか分からないようなところにポケットを付けたりするぐらいだったら、ないほうがいいとも上司からよく言われます。そういう認識なので、飾りとしてのディテールは要素としてはすごく少ないですよね。必要性があるのかどうかはすごく問われます。
●老若男女を選ばないカバン
−−ユーザーターゲットは、老若男女すべてですか。
浅野:この商品はどういった客層を狙っているというビジョンはありますが、結果的にどんな方に買ってもらってどんなふうに使ってもらっても良いんです。デザインフォーマット上では実際は(年齢)ターゲットを高めに設定している商品も、若い方に持っていただいている場合も少なくないですし。
−−でも決してユニセックスではないですよね。男女は分けている感じもあります。
浅野:いえ、ユニセックスという面もあります。女性向けのラインもありますが、男性があえて購入されるということもあります。逆に男性向けに作っていても女性の方に使っていただく場合もたくさんあります。
−−例えば浅野さんが手掛けたトートバックはどちら向けですか。
浅野:それは本当に男性女性、どちらに持っていただいてもいいです。色で言えば、黒はけっこう男性で持っている方が多いんですけど、カーキやグレーは、比較的女性の方が多かったりします。同じシリーズでも色によって分かれますね。
昔は男性が肩にトートバッグをかけるのはちょっと女性っぽくて抵抗があったんですけど、今の若い人は違います。15年くらい前からカバンを持つスタイルや価値観はずいぶん変わってきました。洋服に合わせてカバンを持ち代えるという考えになったのもきっとここ15年ぐらいだと思うんです。一昔前は、よっぽどファッションが好きな方じゃないと、カバンは持ち物の中で優先順位が低かったので。
例えばイギリスだと、雨が降ってきたとき、まっさきにコートの中にカバンを入れます。日本では雨が降ってくると、傘代わりにカバンを頭に乗せるじゃないですか。このように日本は文化的にカバンの優先順位が低い傾向があると思います。カバンは1個持っていれば十分みたいな方もたくさんいらっしゃいます。その中で、お一人でいくつもお持ちだという話を聞くと、やっぱりありがたいなと思いますね。シチュエーションに応じてできるだけ細かく当社のカバンでケアできていたら嬉しいですし、作っていても楽しいので、そのへんは意識しています。
−−ちなみに、アウトドア志向のデザインものでも、スポーツ用品店で売るわけではないのですよね。
浅野:当社の製品は基本はタウンユースです。ただ、タウンで使うものにいかに本物の仕様や要素を引き入れるか、本格的なディテールを引き入れるかということで、スペックを上げていくことは必要です。
−−使う人に用途を考えてもらえばいい。ユーザーに託しているということですよね。
浅野:はい。若い方向けのカバンを、軽くて気を使わないからと年配の方に購入いただいた、というようなことはよく聞くので、嬉しいですよね。
−−ちなみに、デザインチームの方は12人いらっしゃるということですが、年齢層はどういうバランスですか。
浅野:一番上が48歳で、もう1人は44歳。この2人が両トップでディレクターも兼ねています。あとは20代が3名いますが、以外は全員30代です。女性デザイナーは3名です。
−−女性向けのカバンは女性デザイナーが担当するのですか。
浅野:そうですね。ただ女性でもメンズバッグのデザインをするデザイナーもいます。女性のデザイナーが作るメンズバッグは、男性デザイナーでは出てこないフォルムなんですよね。ステッチの見え方や縫製のまとめ方がどこか女性らしい。でもそれが面白いと思うんです。ちなみに男性デザイナーは女性向けの商品開発はいまのところやっていません。
−−浅野さんは女性のカバンを作ろうとは思いませんか。
浅野:そういう企画のアイデアがあれば、チャレンジはしたいなと思いますけど。ただ女性デザイナーにすごく意見をいただくことは間違いないですね(笑)。
−−ありがとうございました。
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