象印マホービン株式会社
デザイン室 マネージャー
堀本光則氏
ZUTTOシリーズの4アイテム。左から時計回りに電動ポット、ポップアップトースター、コーヒーメーカー、IH炊飯ジャー(クリックで拡大)
2008年3月に登場した「パール・ホワイト」シリーズ。色が変わるだけでまた新たな魅力が生まれている(クリックで拡大)
左の白いモックアップに比べグレーの本体は後部の膨らみが増している。この辺に専業メーカーらしい細やかなノウハウがある(クリックで拡大)
上の写真の後部のふくらみに関して、堀本氏から柴田氏に送られた説明図面(クリックで拡大) |
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象印マホービンのZUTTOシリーズは、2004年2月にIH炊飯ジャーがデビューし、同年9月に電動ポットとコーヒーメーカーを発売、そして2006年8月にポップアップトースターが登場した。デビュー4年を超えた現在もZUTTOは愛され続け、2008年3月には新色「パール・ホワイト」シリーズも新たに加わった。
Part1では象印のインハウスデザイナー堀本光則氏に話を伺い、Part2では、デザインを手がけた柴田文江氏に、当時を振り返っていただいた。そのネーミング通り、ロングセラーを続けるZUTTOシリーズは、デザイン家電の1つの理想といえるだろう。
http://www.zojirushi.co.jp/
●象印が作った「デザイン家電」
−−象印さんのZUTTOシリーズは「デザイン家電」の代名詞的製品ですが、それは当初からの狙いでしたか。
「デザイン家電」という言葉の定義は非常に答えにくいというか、よく分からないんですけどね(笑)。ZUTTOシリーズに関しては、いわゆる「デザイン家電」と言われているものを作りたかったわけではありません。ただしデザインをフィーチャーしようという意識はありましたので、皆様から「デザイン家電」と呼ばれるのは当然だと思います。
ZUTTOの企画立ち上げの2002年当時は、デザイン家電というより、輸入家電としてエレクトロラックスさんなど海外のいろいろな家電商品が並び始めた頃です。日本国内では、amadanaさんの前身のatehacaさんが、ちょうど弊社の商品とも競合する電動ポットや炊飯ジャーを出され、我々も刺激を受けました。
−−ZUTTOシリーズを炊飯ジャーから始めたのには理由がありますか。
単純に、炊飯ジャーは弊社の主力商品であり、一番注目度が高いということがあります。おかげさまで象印といえば炊飯ジャーということで高いシェアをいただいています。そこでまずは炊飯ジャーできっかけを作りたいということでした。
当時の炊飯ジャーは2万円前後が売れ筋で、1機種で年間20万台、30万台売るような商品です。ただ、それだけの数を売っているのにもかかわらず、デザインは非常にオーソドックスなものが1アイテムのみ、本当に1機種しかなかったんです。
1機種で、20万〜30万人のお客様全員に満足していただくのは他の商品ではまずあり得ない状況です。そこで新たなタイプを加えることで商品力の強化を狙いました。さまざまな機能が付いて性能も優れたタイプと、もう1つは機能・性能は基本的なものですがその分デザインにこだわったタイプ。このまったく違う2つの選択肢を、同価格帯でお客様に用意することがテーマでした。
−−デザインという付加価値を乗せることによって、市場価格を上げる戦略ではないのですね。
それは逆の発想です。デザインを乗せて高くするのでは意味がありません。あくまで同じ価格帯でお客様が選べるようにしたかったんです。
−−御社は炊飯ジャーで、専業メーカーとして市場シェアはトップです。それでもデザインにシフトせざるを得なかった理由があったのでしょうか。例えば販売台数の頭打ちなど市場的な側面がありましたか。
なくはなかったですね。ZUTTOを開発していた当時、競合他社などでは炊飯ジャーはステンレスボディの商品が主流になりつつあり、デザインの傾向が変わりつつあった時期でもあったんです。うちの炊飯ジャーは樹脂ボディだったので、レギュラーラインの商品でもステンレスボディなど新しい商品展開をしたい、転換したいという課題がありました。
ZUTTOシリーズよりステンレスボディの炊飯ジャーのほうが先にデビューしましたが、開発はほぼ同時進行でした。
●ZUTTOシリーズ誕生のきっかけと経緯
−−ZUTTOシリーズのデザイナーに柴田文江さんを起用されたきっかけは。
柴田さんにお願いしたのは、ZUTTOのカタログにコメントをいただいているインテリアデザイナー、Takako Fujiさんからの推薦でした。Fujiさんは普段はインテリアのお仕事をされているので「ジャーはどうしても隠したくなる存在。出しておきたくなるような商品は作れないですか」と言われました。それがZUTTOシリーズの始まりですね。
−−ZUTTOシリーズはインハウスでなく、外部のデザイナーさんに依頼することが前提だったのですか。
もともとはそうではなかったです。当時はいくつかのプロジェクトが別々に進行していまして、私もデザイン案を出していましたし、別の外部デザイナーにもご検討いただいていました。実は柴田さんのスケッチはちょっと遅れてきたんです。それでも他の案を凌駕するインパクトがありました。最初のプロポーザルの段階で僕個人も本当にやられたと思いました。
柴田さんのデザインは、最初のスケッチからキーワードである「デザインに特化」「機能もシンプル」というところはスパッと切り抜かれていました。
例えば、「シンプル」を表現する方法としては、ただ単に表示パネルをすっきりさせるといった手法に頼りがちですけれど、柴田さんの案はそれを造形的に切り取られていた。営業サイドに最終的に提案するときにも「これしかないです」と言い切りました。
−−堀本さんはインハウスでデザインをなさっていて、中身が分かっている分、どうしても外装が中身に引っ張られる面もあるのでしょうか。
思い切った提案は外部の方のほうがしていただきやすいですね。我々が考えると「ここはこうならない」「できない」というようなところが、取り払おうと思ってもどうしても出てきてしまうのかもしれません。
柴田さんの最初のスケッチは、実際にこのまま作ると肝心の中身の釜がおそらく取り外せなかった。この薄さでは自動でググッと上がってくるような機構がない限りはまず取れないし、自動機構を入れるとなるとまず2万円では作れません(笑)。そういう問題などは見えていたのですけど、でもこのスケッチを何とかしたいという気にさせてくれました。
これが一番最初のモックです(写真)。最初のデザインと並べて比較していただくと違いが分かると思いますが、微妙なんですよね。上部の膨らみ具合でフタの厚み自体が全然変わってきているんですよ。ようやくこのレベルでフタの中に必要な機構、構造が、カツカツですけどなんとか入れられるだろうと。
さまざまな箇所で、あと「2ミリ欲しい」というような作業を繰り返しました。構造的には設計も本当に苦労していますけど、苦労をいとわなかったのはこのデザインにほれ込んでいたからなんです。製造担当者にもなんとかしたいという想いがありました。
−−設計の方を動かすだけのパワーがあったのですね。スケッチの段階と微妙にラインなどが変わっていますが、柴田さんは納得されましたか。
そこは私と柴田さんとのやりとりですね。例えば上から見たフォルム。モックだとほぼ前後シンメトリーのいわゆるスーパー楕円的な形ですけど、製品ではちょっと後部が膨らんでいます。それは結局、視覚矯正です。まったくシンメトリーにしてしまうとお尻が小さく前が大きく感じてしまいますので、バランス的に顔が前に出てきたようになります。それはどんな炊飯ジャーでもそうです。
ちょっと膨らますことで3次元的に見るとすごく安心感というか、きれいな形に見えてきます。そこが最初はなかなかうまくお伝えできなくて。
極力崩したくないというのはすごく分かるんですけど、「もうちょっと」「あとちょっと」という、本当に図面で言ったら髪の毛1本みたいなところ(笑)。そんなにこだわっても仕方ないと思うんですけど、それぐらいのところで造形は調整しましたね。
−−ちなみにCADは何をお使いですか。
うちはSolidWorksを使っていますけど、柴田さんはPro/Eです。その連携ではちょっと苦労しましたね。ただ、海外生産品の設計(電気ポット、コーヒーメーカー、ポップアップトースター)に関してはPro/Eを使っているので、柴田さんからいただいたデータをベースにできました。
●量販流通でも買えるZUTTOシリーズ
−−デザイン家電は従来の量販流通ではなくセレクトショップ系で販売されるケースが多いようですが、ZUTTOシリーズの流通はどうなっていますか。
ZUTTOに関しては一般の量販店に並べていただかないと意味がないんです。同じ価格帯で選んでもらうため通常の商品と並べていただきたいという考え方ですね。
3月に発売した「パール・ホワイトシリーズ」は我々にとっては新しいルート、インテリアショップさん向けということで出しましたが、当初の考え方からするとそこに限定はしたくないです。
−−ZUTTOの炊飯ジャーを発売した当時、量販店の反応はいかがでしたか。
そこそこデザイン家電的な流れはありましたから「なるほど」というようなところはありました。ご理解いただけるところは「面白いの出したね」という声で、デビュー当初は話題性もありましたし、スムーズに入れていただけたのではないかなと思います。
ZUTTOというネーミングのように、ずっと長く愛される商品にしたいということがありますが、通常の商品は1年ごとに少しずつ進化を遂げながらモデルチェンジを行います。1年経つとどうしても売価が下がっていってしまう。その歯止め対策として、機能やデザインのマイナーチェンジを要求されます。
ZUTTOは必要十分な機能がコンセプトの商品ですから、そういう渦の中には入らない商品でありたい。したがって、そういうコンセプトをご理解いただける販売店さんでお取り扱いいただくことになるので、通常の商品の取り扱い店舗数と比較すると販売店が少ないのは事実です。
●ZUTTOシリーズ製品のコンセプト
−−柴田さんは最初、外装にアルミなどを考えていたデザインだと感じます。
イメージは金属でしょうね。レギュラーラインでもステンレスボディを出していましたし、道具的な発想でいくと金属のほうが質感的にはマッチするのかなと。でも最終的にはポップアップトースターだけがアルミです。
アルミはアルミなりの難しさがあって、仕上げは生産サイドにも厳しい要求を出していますが、どうしてもばらつきがあります。
トースターは素材感重視というよりは、中身に熱源を使いますので、樹脂パーツより金属のほうが良いということになったのですが、製造面で苦労した商品です。
そういう意味で造型や生産性などを考慮すると、ZUTTOシリーズは今のABS樹脂に塗装という処理で良かったと思います。
−−従来の製品ラインとZUTTOシリーズの売り上げ比率はどうですか。
ZUTTOは通常ラインの1/10くらいのボリュームです。
−−価格帯は同じなのに何故でしょう。機能優先の選び方をするユーザーがまだ多いのでしょうか。
販売店さんの数が同じであればもう少し差は縮まるのかもしれないですけど、普段、量販店の価格競争の中でモノ選びを行っているお客様の目はシビアですね。
−−御社から見てZUTTOシリーズは、フラッグシップ的な位置づけで構わないのですか。
弊社として、こういうモノ作りをしていきたいというメッセージをこの商品にはずっと込めていきたいです。もちろんその気持ちは他の商品にもどんどん伝えていきたいと思いますし、少なからず広がっているのではないでしょうか。
−−現在ZUTTOシリーズは4製品ですが、今後他のジャンルの製品が加わることはありますか。
いろいろと検討したんですけど、ZUTTOの基本コンセプトの1つのポイントが「キッチンで常に出しておくアイテム」です。もともとキッチンで炊飯ジャーが陰に隠しておきたくなるということからきていますので、出しておきたくなる、常に置いておきたくなる商品にしたいのです。
そう考えていくとけっこう厳選されてきます。トースターを出した段階で、ひょっとするとキッチンで使われるアイテムは、弊社の扱っている商品の中ではこのくらいかなとなりました。僕の日常の感覚で言うと例えば電子レンジとか、まだあるにはあるんですけどね。
−−トースター以外は2004年の発売ですが、他の製品が進化していく過程でより多機能・高機能になり、ZUTTOにもそれが求められた場合、例えば中身だけ機能アップすることもあるのですか。
ずっと放っておくのではダメだと思いますので、変える必然のある部分や要望のある点に関しては、少しずつでも改善なり機能追加なりを考えていかなければいけないと思っています。そのタイミングがいつなのかは今の段階では言えないですが(笑)。
−−機能を新しくした場合は外装も含めてマイナーチェンジするのですか。
機能の中身によります。例えば釜が進化して厚みが増すのか薄くなるのか、背が高くなるのか低くなるのか。それで画期的に性能が良くなるようなことがあれば、外観も変えないといけないと思います。
今の4アイテムはほぼ成熟商品と言われて久しいので、大きな構造的な変化はおそらくないとは思います。ですから部分的な機能変更は非現実的かなと思います。必然がない限りは大きなスタイリングの変更は必要はないのではないでしょうか。
ただ、1つの目途として、10年くらい同じスタイルでやってみる。ロングライフデザインのGマークも確か10年ですよね。商品のサイクルが10年くらい経ってどうだったか。最低10年はこのスタイリングで続けたいという気持ちはそれぞれに持っています。
あと10年経っても炊飯器はなくならないと思いますけど、コーヒーを飲むスタイルは変わっていたりするかもしれません。実際に電気ポットは市場規模が少しずつ落ちてきていて、電気ケトルが増えてきています。そういう変わり方をする可能性はあると思います。
−−こういう世界で10年現役で売れ続けるというのは驚異的ですよね。
家電の世界ではなかなかないことだと思うので、今後もロングライフを目指したいですね。
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