●デザイナーと地域はフラットな関係で
−−これまで、さまざまな産地が東京からデザイナーさんを呼んでモノ作りをしても、成功例がなかなかなかったと思いますが、能作さんは成功例の1つですね。
能作:産地の人は有名なデザイナーさんが来たというだけで有頂天になっちゃうので、あの人が作れば、売れるという気持ちになってしまう。それでデザイナーの言う通りに作って、メディアが取り上げても、結局組合の片隅に置かれ、そこで終わりでした。でも最近はなくなりましたよね。商品開発に一番心がけるのはデザイナーも作り手も売る方も、全部同じ目線でお互いに言いたいことはもちろん言う。本当は上下のない、フラットな形でやらないと良いモノができないんですよ。
−−それができたのは、美大出て、カメラマンを経験して、よそ者だったというところだったのですね。
能作:というより、私はおそらく高岡従来の目線で対応していました。デザインによっては型代がかなり違ってきますし、生産効率も変わります。ですから高岡の現状をお伝えして、それでできないというデザイナーさんとは組みません。
余談ですが、風鈴は、デザインと音が反比例するんです。凝ったデザインは音が鳴らないんですよね。デザイン良し、音良しのせめぎ合いはけっこうあります。
−−鳴らないというのは見ただけで分かるのですか。
能作:分かります。やはりそれは職人でなければ分からないことなので、デザイナーさんが分からなくても無理ないのですが。
−−少し話が戻りますが、カメラマンの世界を捨てて職人の世界に入るというのはどういった心境だったのでしょうか。
能作:もともと、モノ作りが好きなんですよ。本当は、コマーシャルフォトをやりたかったのですが、報道のカメラマンで採用をいただきまして、本意とは違ったんです。写真の世界ではもっとシュールな世界が撮りたかったんです。
写真も鋳物もモノを作るのは同じですから、ただ、職人の世界なので大変かなとジレンマもあったのですけれども、やってみようと決断しました。入ってみて面白かったのが、中小企業だから自分が仕事の結果がすぐ目に見える。大企業ですと無理ですよね。だから面白みは、3年経って分かるようになりました。最初の3年間は体力もないのできつかったですね(笑)。
−−現場の熱い炉のあるところで、1日を過ごされてるのですよね。
能作:3年間死ぬかと思いました(笑)。よく石の上に3年と言いますが、3年やってみると面白みがでますね。それからですよ。
−−問屋さんからのオーダー中心ですと、型も決まっていますし、ある意味ルーチンワーク化されていたということですよね。
能作:一応、オリジナルは茶道具とかあったんですけれどほとんどが、OEM的な、うちでは「止型」というのですけれど、問屋さんの型を預かって、生産することをしていました。当然技術が上がってくれば、問屋さんも増えてきます。仏具メーカーとして一応順調には微量な右肩上がりになってきて、それからオリジナル商品を手掛け始めて、この7年間で急激に売り上げが伸び出しました。
何故かは分からないですけれども、あきらめないこと、まさしく僕はそれでやってきました。とにかくあきらめずにいれば、どこかで花が咲くんですよ。それもなだらかな伸び方ではなく突然グッとくる。それが能作にとってここ何年というところですね。
−−ちなみに、写真は今でも撮られているのですか。
能作:カタログはたまに自分で撮っています。安いスタジオを借りて撮りますね(笑)。
●ワークフローと技術の進化
−−デザインプロデュースの立場で商品企画を考えた時、そのデザインを誰に依頼するのか、そしてスケッチ、CADなどのワークフローを含めて、1つの商品ができるまで、どういった流れなんでしょうか?。
能作:例えば花瓶を作る場合、花瓶って女性が使うことが多いので、女性的なデザインをするデザイナーさんに話を持っていって、シリコン鋳造があるから多少複雑な形状でもできますよと説明をします。そこから、最初のデザインラフが何案か上がってくるのを見て、こちらでセレクションをして、図面を描いてもらって、という流れですね。うちはほとんどダメ出しをしないので、わりとすんなりと決まります。
−−ダメ出しの場合は、製造的な問題ですか。
能作:製造の問題が1つと、あとは僕のイメージですね。いままでいろいろ見てきたので、これは売れる、売れないというのがなんとなく分かるんです。
−−そこのジャッジはやはり社長がご自分で行うのですね。
能作:そんな感じでやっています。
−−デザイナーさんからくるスケッチや図面はどういった形式が多いですか。
能作:なんでも受け付けますが、3次元CADではなく、2次元図面が多いですね。もちろん最初はラフスケッチから始まります。
それから図面を見て微調整を行います。鋳物の欠点で無理な部分は図面を見るとほとんど分かるので、あとはこちらで型を作ります。
−−型も能作さんで作っているのですか。
能作:型屋さんは別なんです。昔までは手仕事でしたが、最近はいろんな機械がありますから、3Dで読み込んで機械で削るという型屋さんが多いです。型屋さんによっても得意な分野があるんです。
−−今はどういったデザイナーさんとお付き合いされているでしょうか。
能作:デザイナーでは若手の方もいますが、けっこういろんな人にお願いしています。でも実は、私がデザインした製品が一番売れるんです(笑)。
−−素晴らしいじゃないですか。
能作:ウチの風鈴の売り上げの半分はこの3つと言われるのがあるのですが、これも僕のデザインです。
−−素直なきれいなデザインですね。
能作:これには考えがありました。これはもともとは卓上ベルだったので、偶然の産物ですね。デザイン的にいうと、真ん中で膨らんでいるのと、下が膨らんでいるもの。どんな形をとってもどれかに似てしまうのでこの路線で風鈴を作ろうとしたら誰もできないですね。似てると言われてしまう。そこを考えていたんです。
−−基本形状を押さえたのですね。
能作:たまたまそうだったんです。だからこの3つは断トツに売れています。あと、僕のデザインはあまり奇をてらわないから売れるんじゃないでしょうか。
−−なるほど、シンプルできれいなデザインだからですね。風鈴以外にもハリネズミですとかいろんな商品がありますが、商品企画自体も社長がお考えなのでしょうか。
能作:わりと考えますね。もちろんデザイナーの意見も伺って、好奇心旺盛なので面白いと思ったらすぐ作ります。メーカーが良いのはそういうところじゃないですか。
−−では、思い立ったらすぐに型を作って。
能作:そうですね。だから、いろいろ作りすぎていると言われるんです(笑)。
●シリコン鋳造など新しい製造法も
−−銅などの加工技術自体は、今後より進化していくものなのですか。
能作:進化しています。例えば錫。今までは鋳造の生型っていう真鍮と同じ鋳造でやっていたのですけれども、いまは先ほど少し触れたシリコン鋳造というシリコンの型に流し込むのがあります。
−−もともと鋳物は砂型が中心ですよね。
能作:今でも砂型が中心ですが、シリコン鋳造ができるようになったので、医療器具もその技術を使って開発しています。
−−シリコンの耐熱性はすごいですね。
能作:耐熱が250度で、錫の100%の融点が231度なんです。しかもシリコンはクリーンなので再利用できるメリットもあります。砂はいろんな不純物が出ますが、シリコンはいっさい出ないんです。またシリコンは細かい柄もとれるので「鍮ぐるみ」という手法が可能です。うちでは、ソーシングメーカーの目打ち、ニップルケース、シザーケースなどを作っています。目打ちはステンレスでないとだめなので、ステンレスを型の中に仕込んでおいて鋳造で固めます。鋳造した時点で基礎材ができているというのが鍮ぐるみなんです。その両方ができるので、基礎材と錫を融合させるんですよ。
−−技術に対する研究開発も社長のモチベーションなのでしょうか。
能作:人間不思議なんですよね。例えば、あるモノを作っていて、どう計算してもできないという局面になったときに、技術開発が一気に進むんですよ。どうしようと社員とあれこれ考えて、実行に移すと、解決するんです。おまけに、新技術は副産物も生むんです。だから、人間って窮地に追い込まれると、とんでもない力を発揮するんです。納期が迫ってきて、もう間に合わないというときに、新しい技術が生まれますね。ちなみにシリコン鋳造は富山県デザインセンターと共同開発しました。融点の低い金属ですから他の鋳造法でも対応できると考えたからです。
●地域から愛される企業でいたい。
−−現在でも仏具、茶道具、花道具などは製造されていますよね。
能作:もちろんです。昔と変わらずです。
−−例えば、インテリア系、風鈴といった新しいジャンルと従来の仏具系と比率はどれぐらいなのでしょうか。
能作:能作はここ3、4年で10年前の売り上げの4倍になりました。10年前は95%が仏具や茶道具などの高岡の問屋さん向けでしたが、今は全体の25%で総計額は変わりません。つまり75%は新しい領域なんです。うちの増やした75%が高岡にとっての増えた部分でもあるんですね。だから僕の夢は、高岡銅器の売り上げを再び右肩上がりになるのを見たいですね。そのためにうちも努力しているので、おそらくこの2、3年で波が来ると思います。
−−いろんなジャンルで中国が生産拠点になって、日本のモノ作りが衰退していると言われているのが現状ですが、日本の底力といいますか、伝統的な伝統工芸の力とかそういったものを能作さんの製品から感じます。
能作:日本のモノ作りはすごいですよ。海外にいったらすぐに評価が分かります。日本の作る力は世界でナンバーワンだなと。それを見失っている人もたくさんいますが、方法論の問題もあると思います。よく輸出を考えるのであれば、各国の文化に合った開発をしなければ絶対に売れないんです。そこの感覚が一番重要なポイントなんです。
中国市場を例にすると前はモノが欲しかったのですが、今はモノが充実しています。次に何が欲しいのかというと「事」が欲しいんですよ。例えば日本の伝統産業、錫100%とか、気持ち、心ですね。そういった商品が欲しい人が今出てきています。日本と一緒です。それは年々強くなるので、日本の伝統産業につながってきます。あとはどういうテイストにデザインにするかという方法論の話です。
−−各市場に向けたローカライズも考えていかなければいけない。今後は世界市場を見据えたモノ作りを検討されているのですか。
能作:そうですね、やることが楽しい。それで社員に迷惑はかけるのでしょうけれども、とにかく前を向いていろいろやっていきたい。済んだことはくよくよしないというのが僕のポリシーなんですけれども、高岡においてはうちのやっていることを参考にする人が出てくると思うんです。それで活性化していくのが一番よいと思います。
現実に錫を使った新しい商品開発も出てきていますが、それはうちが10年間道を切り開いてきたからかもしれません。であれば、うちはさらに先に行かないと誰もついてこないと思うんです。海外を始めたきっかけの1つはここにあります。その新しい道を作ればみんなついてきやすいかなという気持ちでやっています。
−−例えば高岡の二代目、三代目の若い人たちで、能作さんをみてモチベーションが上がってきたという人達もいらっしゃるんですか。
能作:います。例えば1月にフランスのパリで開催された「メゾン・エ・オブジェ2012」に、昨年までは高岡からの出展は能作だけったのですが、今年は能作を含め4社が出展したこともあり、高岡市長が見に来られたんですよ。地方の長としてうちがどういう評価を受けているのかを見ているんですね。あるいは問屋さんに怒られないかとか(笑)。そんな不安も持ちながらも、実際に能作が伸びているから「よし、では頑張ろう」という空気が生まれてきていると思います。
若い世代にはすごく良い考えを持った人もいっぱいいるのですが、なかなか動かない。私は考えずに動いちゃう方なんです。また、これも私のポリシーですが「シンクグローバル、アクトローカル」というのがあって、世界規模のモノ作りを地域で行うということを考えながらはじめています。
高岡が栄えないと、能作自身もだめなんです。職人さんに頼っている外部の職人さんもいるわけで、彼らがもしいなくなったら、伝統産業は成り立たなくなってしまいます。あと、子供たちの見学もやっているんですよ。
−−次の世代ですね。
能作:そうなんです。高岡はモノ作りの町なので、1年間に1,400人子供たちが見学に来るんです。伝統産業が衰退する1つの理由に、地域の人が自分の育った町の伝統産業を全然知らないということがあります。しかも「高岡の伝統産業は今からなくなる産業だよ」と子供たちに言う親もいます。ですから、能作に見学にきた子供たちには、高岡はまだまだ世界に羽ばたくんだということを話しているんです。大人になって県外に出て行く子供たちにも、高岡の銅器ってこうなんだって話せるようになってもらいたい。県民全員が営業マンですよ(笑)。
地域で愛される企業でなければ、全国に出ても絶対に成功しないでしょうし、日本で愛される企業でなければ世界に通用しないと考えています。なので地域貢献、日本貢献が大事だと考えています。
−−ありがとうございました。
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