特集「素材とデザイン」では、特定の「素材」にこだわったモノ作りを行っているデザイナーやプロジェクトリーダーにご登場いただく。第7回目はmass itemブランドで、アクリルを用いたプロダクトの新しい切り口を展開する益基樹脂に伺い、代表の吉田崇氏とmass item参加デザイナー寺山紀彦氏に話を聞いた。
株式会社益基樹脂
代表取締役
吉田崇
http://www.massitem.com
トウメイオンラインストア
http://www.toumei.asia/
デザイナー
寺山紀彦
http://www.studio-note.com
●益基樹脂の沿革
−−益基樹脂さんの設立経緯と沿革についてですが、創業時から装飾に関するアクリル製品を製造していたのですか。
吉田:1968年7月に創業者の私の父である吉田勝が、プラスチック加工とそれに附帯する一切の業務という形で有限会社益基樹脂を設立したのが始まりです。セルロイドや塩ビの取扱いから始めたようですが、ABS樹脂、ポリエチレン等の材料を使用した工業製品を主力に製作していました。
−−具体的にはどういった製品ですか。
吉田:私が入社する頃はまだ、携帯電話があまり一般的に普及していなく、今後の携帯電話の普及に伴った大規模通信インフラ整備が行われている時代でした。通信用の光ファイバー網を全国に普及させるためには、シェルターという中継点の設置が必要で、その機器の具材を作る仕事が当社の主力業務でした。いわゆる部品加工というものですね。
−−吉田さんが入社されたのは、家業を継いだということですか。
吉田:いいえ、継ぐ気はなかったし父も継がせる気はなかったと思います。僕が就活していたときに元々いた社員が急遽辞めてしまって、父に手伝ってほしいと言われたのが入社のきっかけです。アルバイトとして手伝い始めたわけですが、内心落ち着いたら辞めようと思っていました。手伝い始めた当初、ただボタンを押せば機械が動いて切り抜いてくれる作業があったんです。作業中、切り抜かれたものを見てもったいないなと思い始めて。元々、僕は建築の専門学校を出て建築家を目指していたこともあって、考えたり作ったりが好きだったので、自分で接着してオブジェなどを作っていたんです。そうしたら父が「お前向いているから本格的にやってみろ」ということになり、紆余曲折ありながら、今に至ってしまうわけなんです。
−−お父さんが創業されたということですけれど、樹脂や加工に関するノウハウなどは経験されていたのですか。
吉田:親戚が当時、セルロイドや塩ビを扱う大きな樹脂加工会社をやっていました。0.2mmや0.3mmなどの薄いシートの取扱いが主力だったようですが、ビク抜きという手法で、足で蹴飛ばして様々な形状に抜いて、いろんなモノを作っていたとのことです。父は厚物の事業を手伝っていて、3mmや5mmのセルロイドや塩ビの板を扱っていました。そこでノウハウを学び、独立して今の会社になります。
−−高度成長期の時期ですね。
吉田:創業から1970〜1980年代は、ある程度大きくビジネスを展開していたようですが、私が入社した1994年頃になると受注生産の仕事は縮小し、2〜3人で運営をしていました。これからどうしようという時に、私から父に装飾なら自信があるから、アクリル製品や店舗のディスプレイ、ショーウィンドウに進出しようと提案し、僕が引き継いだ頃から少しずつ装飾系にシフトしていきました。またその時初めて新卒者を採用しました。その彼は今でもいますが、よく2人で寝ないで仕事をしていましたね(笑)。
●装飾系への進出とmass item設立
−−業務用の受注生産から装飾系へとモノ作りをシフトしていく中で、初期の頃はどんな製品を作っていたのですか。
吉田:受注生産品で特に多かったのが、化粧品ディスプレイですね。当社では百貨店に設置してあるような、大型で複雑な作りの什器が多かった。しかも超超短納期です(笑)。受注生産品をこなしながら、貪欲に技術力や知識を吸収して行きました。
2000年には、デザインブランド「CUE」を立ち上げました。その後、いろいろあって僕は社長になるわけですが、自分が経営者になると数字がすごく分かるんですね。当時の「CUE」の製品は今見ても悪くはないとは思うのですけれど、売れなくて、これは続けられないということで3年で止めました。受注生産の本業の方も大変でしたので。
−−CUEはご自身でデザインされていたのですか。
吉田:もう1人いて、2人でいろいろ企画したりデザインしたりしながらインスタレーションなども行いました。
−−CUEのリセットからmass item立ち上げまではどういった流れだったのですか。
吉田:2003年にCUEをリセットしてからは、コツコツと本業の方に力を入れていました。経営が順調になった頃にリーマンショックが起きて、受注生産品が減少してしまったんです。ちょうどその頃、将来的にやはりメーカーになりたい、世界に輸出したいということでISO-9001(品質マネジメント)を取得しました。
そして、2009年の11月頃、仕事の取引のあったマイクロワークスの海山俊亮氏と次の展開を話していく中で、「今若手ですごく活躍しているデザイナーが周りにいる」ということで、最初に紹介されたのが寺山紀彦氏と熊野亘氏でした。この3人と私の4人で、何を作ろう、名前はどうしようというところから始まったのがオリジナルブランド「mass item」です。
−−mass itemのmassは益基樹脂のmassなのですか。
吉田:それもありますし、大量生産という意味があって、ロゴのmass itemのiの上が石ころになってるんです。大量生産品に一石を投じるという思いをみんなで決めました。基本はクラフトワークを大事にしていく路線のブランドです。
−−立ち上げは今から約3年前ですね、反響はいかがでしたか。
吉田:1期は結構苦戦しました。まだ体制が整っていなくて、ある程度こなれた値段のモノを市場に出すという流れがなかなか上手くいきませんでした。デザイナーさんは各自、自分が好きなものを推すので、ブランドの統一感がなくなっていたんです。そこでmass itemのコンセプトを再考した結果、海山さんにディレクターになっていただき、2期メンバーを募りました。吉行良平氏とAquvii(アクビ)さんです。同時に当社の直営店のトウメイも2k540に作りました。
−−トウメイの扱い商品とmass itemの商品は別ラインですよね?
吉田:そうですね。基本は樹脂素材を中心においていますが、mass itemは「外部作家と当社若手職人のコラボレーション」というラインで、トウメイは私たち職人の目線で「作る立場から見て工夫を感じる商品」をご紹介しています。
オリジナルの1つの柱は「EARTH PIECE OCEAN」(アースピースオーシャン)というガチャガチャです。これはトウメイのガチャスペースで販売していた動物シリーズが始まりです。ある水族館さんから「これをうちの水族館においてほしい」とお声が掛かり、当社の方で自発的に海の生き物シリーズを作りました。1弾と2弾があります。こういったガチャガチャの本体を作るのも本業なんです。なので中身だけでなく、本体も自分たちで作っています。7月末には「EARTH PIECE LAND」という陸の生き物シリーズも新たに発売します。
−−トウメイが大きくあって、mass itemはその一部という位置づけですか。
吉田:そうなんです。トウメイという店舗は当社にとってセールスプロモーションを試す場なんです。本業であるディスプレイで例えると、テーブルの上にディスプレイがあってその上に製品が乗りますよね。それが大きくなって店舗になったのがトウメイという考え方なんです。トウメイという名前も本当に透明なものにしたかった。個性的な箱ではなく、商品そのものに個性があって、まわりは存在を消しているという感じですね。トウメイの内装なども全て自分たちで行なっています。
−−トウメイで扱っている商品はオリジナルだけではなく、セレクトして仕入れた製品もあるようですね。
吉田:オリジナルとセレクト商品の両方を置いています。それは、まだオリジナルだけで埋め尽くすことができなかったからです。今はオリジナルを少しずつ増やしています。
−−経営的な見地で見た場合にトウメイやオリジナルブランドの流れと、母体となってる、受注製品、店舗の装飾ディスプレイなどのビジネス的な比率はどうですか。
吉田:トウメイそのものは売上げの15%になってきた感じですね。mass itemとかのオリジナルブランドはまだ数%です。
●mass itemのモノ作り
−−現在のmass itemのラインナップは基本手作りなのですか。
寺山:たとえば、このカードケースは型物と思われるかもしれないですが、型物はこの下部のパーツだけで、上部の開閉部分は手作りなんです。それがmass itemの特色だと思うのですが、一般の方には分かりにくいかもしれませんね。
吉田:mass itemは大量生産品とクラフトワークの間を狙ったブランドです。この寺山さん作のパスモケース「lcardl」(エルカードル)は1枚のアクリル板に溝を掘って切って曲げて輪ゴムで留めることで成立させています。輪ゴムのテンションに触れることでカードが落ちないようになっている。こういった商品は製法的に大量生産しにくいんです。お客様からは「アクリルって傷つくし、すぐ壊れるんじゃない?」ってよく言われますが、僕が2年くらい使っても、壊れてません。だけど、なにか劣等感を感じてしまう(笑)。木の場合は使えば使うほど味わいが出てくるけれどアクリルの場合は逆にとらわれてしまうんですね。
−−アクリル製品は傷が付きにくいですよね。
吉田:でも傷は付いちゃいますね。だから、次に何かやるときにはその傷が逆に価値を生むようなプロダクトというのを考えていかなくてはいけないかなと思っています。現在は海山さんの意向でアクリルに特化したラインナップになっています。アクリルだけに特化してしまうと幅が狭くなってしまうので、いろんな素材をやろうといった意見もありましたが、今は一度絞った方がよいということでアクリルにフォーカスしています。アクリルの小口部分に色が濃く反映される特性を利用した指輪であったり、文字盤の部分がネオンのように光を取り込んでみえる時計であったり。
−−なるほど、現在は他にどんな製品があるのですか。
吉田:寺山さん作の「iconpen」(アイコンペン)というペンのコンセプトは2次元の物を実際に使用できるというもので、あたかもイラストのペンが現実の世界に飛び出してきたようなペンです。まだプロトタイプの状態で製品化されていないんですけど。非常に面白い挑戦的なプロダクトだと思います。
吉行さん作のジュエリー「sashiiro」(さしいろ)は、今ちょうどJRのCMで女優さんが着けてくれてるシーンがあります。これは新しい作り方のプロダクトです。アクリルを温めると、ある程度軟化して柔らかくなるんですけれど、柔らかくなったもの同士をプレスして融合させて最後に接着剤で固めるという手法をとっています。ガラスの様な濡れた光と、アクリルの持つ柔らかな光を感じる、2種類の光を感じる製品です。
それと元木さんの作品で、「Bunkai」(分解)といってアクリルの持つ発色性や透明感、また、それを認識する目のメカニズムそのものにフォーカスを当てたピアスのシリーズがあります。人が動くことで2枚の板がスライドし、多様な表情を見せてくれます。「Sakkaku」(錯覚)は右と左の空いている穴は同じですが、外側の大きさが違うために穴の大きさが異なって見えるという錯覚を利用したピアスです。
タイポグラフでいろいろな活動をされているユニット、大日本タイポ組合さんは、文字でできた動物ピンバッチの「A°crylic」(アクリルアニマル)です。例えば象をひっくり返すと「elephant」という文字が分かります。動物の名前のタイポグラフ表現されたプロダクトです。「jigu」は分度器(protractor)の「P」と定規(ruler)の「R」を使った「字を道具に変換した製品」で、これもタイポグラフ表現の1つですね。
ご自分でブランド展開されているAquviiさんのアクセサリー作品もユーモアのあるデザインで、若い女性に人気の作品です。
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