●“未来”をカタチにする方法論
−−takramは設立されて何年ですか。
ちょうど4年が経ったくらいです。
−−田川さんのクライアントとのコミュニケーションの取り方など、山中俊治さんのデザイン事務所にいたときの経験は生きていますか。基本的に立ち位置は似ていますよね。
そう思いますよ。僕は山中さんの遺伝子を濃厚に受け継いでいるので(笑)。山中さんはエンジニアリングの学校から出てきているので、技術者とのセッションの仕方とか、コミュニケーションの進め方などをすごく教わりました。僕はあそこのやり方しか知らないくらいなので、山中さん的なやり方にはかなり影響されていると思いますね。
−−田川さんは山中さんと「tagtype」を一緒に制作されていますし、今までのお仕事を拝見していてもテイストが近いですよね。ある意味プレゼンテーション的なニュアンスもあるかと思いますが、実際にはもっとベタな製品も作られているのですか。
分かりやすいところではドコモさんのプロジェクトでソフトウェアを作りましたけれど、普通のコンシューマ向けの製品ですね。
−−takramさんがこれまで作られたプロトタイプなど読者が一番見たいものですが、そこは守秘義務で見せていただけないですよね?(笑)。
例えばデジタルカメラのモックアップなどもあります(笑)。メーカーのアドバンストモデルのプロジェクトに僕らが加わって作ったものなどですね。そういったモックアップは実際の商品企画に乗ったり乗らなかったり、部分的に採用されたかたちもあります。ただ、できるだけ商用の、発売されることが決まっているプロジェクトを優先的に受けてはいます。
−−プロトタイピングには次なる未来に対する提案という面もあり、それはエンジニア、デザイナーどちらにとっても大きな仕事だと思うのですが、takramは独自でもそういう活動もされています。そういった先を見たお仕事と、もっと現実的なベタなお仕事の両面で展開されているのですね。
クライアントワークは商用ベースだとだいたい1年後、2年後の話で、技術トレンドとしても現在のちょっと延長線上という感じですよね。ロボットやインスタレーションの話は、10年後とかもっとすごく先に世界がどうなっているかというのもあります。目の前の話ばかりやっていると、「どこに行くんだったっけ?」みたいになっていくので(笑)、そこは意識して「次はここに行きたいね」というふうに、1/3くらいはそういう先を見る仕事をしています。
−−明日使う製品の落とし込みのときでも「この商品の10年後はこちらにいっているはずだから今はここだ」という発想ですか。
クライアントワークは「ここまでいければいい」とコンセプトが明快なので、10年後を同時並行では考えないです。それはそれ。10年後のことを考えるときは自分たちの自主プロジェクト的にやるほうがいいと思っています。
−−それが逆にクライアントさんにとってのtakramの魅力になっているのかもしれませんね。
僕らが先行的に自分たちだけで作ったものを見て、共感してコンタクトを取ってこられるクライアントさんが結構いらっしゃるんですが、そういう方たちは僕らと長い関係を持たせていただく場合が多いんですね。なぜかというと、「10年後は僕らはここをやっていたいんだけどなあ」というのに共感していらっしゃる方なので、「少し先」の話がとてもしやすいんですよね。「僕らも実は『ここ』にいきたいんですけど」という感じでコンタクトを取ってこられるのです。
−−10年後を今考える上で、少子高齢化など現在とは異なる社会構造が予想されます。それはどのように考えているのですか。
今からちょうど10年前、つまり2000年前後と比べ、僕らの生活がどれくらい劇的に変わったか。「そんなに変わっていないじゃない」という部分もあれば、やっぱり「すごく変わったね」という部分もありますが、それはクリアに2つ分けて考えることができると思っています。
そんなに変わっていない部分というのは、市場とかテクノロジーがサチレートしていて、例えばエアコンはあと10年後に革命的に変わりはしないだろうなとか。そういう予測はある程度立ちます。でも、僕らが最近関わっているハイテク系のイノベーションが求められているジャンルは、10年後は全然違うところにあると思うんです。その未来予測はなかなか立てづらい。
だから、takramができることを2つに分解すると、変わらない部分については今のまま、純粋に磨いていけばいいかなと思っています。一方、変わる部分はどうするかというと、多分予測はできないし変化していくので、僕らも変化をし続けるしかないかなと思っています。
ただ変化といっても、野放図に可能性の領域が広がっているというわけでもない。構成要素に分解していくと、ある程度の限定的な考え方ができると思います。
takramが仕事をする上で必要だと考えているスキルセットは、横軸に「デザイン」と「エンジニアリング」、縦軸に「ソフトウェア」と「ハードウェア」、この4つのマス目をイメージしています。そのマス目の中で、グーっとソフトウェアに寄る時期もあれば、ハードウェアに寄ることもありますが、takramとしては、この4つのマス目を回遊することで、場面場面で必要なプロダクト作りに携わっていけるんじゃないかと思っています。だから変化するといってもその4つのマス目の領域の中で自由に泳げる状態を作っていくということが、takramがやろうとしていることです。
−−なるほど。それは従来のプロダクトデザインの枠組みを超えた強みですね。
歴史的にプロダクトの先端領域がどう移ってきたのかと見てみると、第一次世界大戦の前後までは、ハードウェアを上手に作れる集団や国が強かった。大砲や鉄砲などですね。そして第二次大戦前後からレーダーとかコンピュータの走りが出てきて、ハードウェアとエレクトロニクスを上手に組み合わせることができる集団が強くなった。この時代が1980年頃まで続きます。この時代、日本はカメラやウォークマンなど、ハードウェアとエレクトロニクスを高度に融合することで力を発揮しました。
これが1990年代ぐらいから急に落ち込んだのですが、その理由はマイクロソフトが出てきて、プロダクトの価値がソフトウェアに移ってしまったことにあります。ウィンテル(WindowsとIntel)の時代です。
そして永遠に続くかと思われていたウィンテルの時代は2004年くらいに終わってしまって、今度はAmazon、Google、Yahooが出てきた。彼らはハードウェアとかエレクトロニクスというファンクションを自前では持っていなかった。「ソフトウェア、ネットワーク、サービス、この3本でやります」という人たちが、イノベーションの領域をマイクロソフトから奪ってしまった。
これで当分いくかと思っていたらこれも終わった。Amazonが「Kindle」を出したり、Googleが「Nexus One」を出さなければいけなくなった理由というのは、イノベーションがアップルの垂直統合に勝てなくなってきているからです。自分たちの持つソフトウェア、ネットワーク、サービスに台湾とかからアウトソースしたハードウェアとエレクトロニクスをくっつけちゃえばいいじゃないか、というのが現在の潮流です。「ハードウェア、エレクトロニクス、ソフトウェア、ネットワーク、サービス」、この5要素が絡んでいるところが今の主戦場なんだと思います。
−−アップルもiPhoneに続きiPadを投入してきました。
この5要素の時代はしばらく続くんじゃないかと思っています。技術要素を細かくみると、まだまだいろいろとありますけど、構成としては今までの5要素を全部内包しているので。これに6個目、7個目の要素が加わるには少し時間が必要なのではないかと思っています。
●使用しているデザインツール
−−takramで使用されているデザインツールについて教えてください。先ほどからおっしゃっているプロトタイプはRPで作られるのか、それとも可動モデルレベルのものを作られているのでしょうか。
基本は可動モデルですね。
−−それを無数に作っていくとお金が掛かりますね。
やり方によります。ハードウェアで可動モデルを作ろうと思うと時間もコストも掛かります。そこまでいくのが理想ですけど、そうでない場合でも見たいのはどこなのかを分解して、「ここはペーパーで」「ここは画面で」と判断しています。
今、定規とかドアストッパーを作っているんですけど、そういうものはもちろん実物レベルでモックアップを作りますし、ソフトウェアだったらソフトウェアのモックアップを作ります。
−−ソフトウェアの場合はコードを書くのですか。
書きます。ユーザー体験に絡む部分は実装します。僕らがプロトタイプで書いたコードがそのまま量産に載る場合もあります。
−−コードも書けてしまうのはすごいですね。具体的なツールは何をお使いですか。
いろいろです。当然Illustrator、Photoshop、Flash、CADで言えばCATIAとかRhinoceros。ムービーベースのプロトタイプであればAfterEffectsやPremiereを使います、一般的なものばかりです。プログラムにはプログラミング系の専門のソフトをいろいろ使っています。
−−ソフトウェアのコードは田川さんご自身が書かれるのですか。
書くこともありますし、スタッフやアシスタントが書くこともありますし、いろいろです。
−−takramは現在何名ですか。
アシスタントやインターンまで含めると12〜15人ぐらいですかね。
−−スタッフ採用の際の基準は何ですか。東大の後輩とか(笑)。
東大の後輩は1人もいないんですよ(笑)。要素としてはデザインエンジニアとして活動したい方を優先しています。さっきの4つの領域の中で何かしらここは得意ですというのがあって、かつ自分が持っていない他の領域にも範囲を広げていきたいと思っているような方が理想ですね。普通は「ソフトウェアでデザインとエンジニアはやりたいけど、ハードウェアまではちょっと」という人や、逆に「ハードウェアはできるけどソフトウェアはちょっと」みたいな人が多いのですが、そうではなくて、4マスにまんべんなく関心を持てる方を探しています。
●一個人の中でエンジニアとデザイナーの融合はありえるか
−−実は今回、一番伺いたかったのが、一個人の中でエンジニアとデザイナーの融合はありえるのかということです。2つは資質として別物で、最終的には分かれてしまう気がするのですが、田川さんご自身、そういう意味でご自身のアイデンティティはどこにありますか。
融合というのをどれくらいのイメージで考えていくかにもよりますけど、そうですね。融合していなくていいかもしれないですよ、別の人格が2人いても。
−−例えばギターが得意なうどん職人とか、2つのことが得意だけれども、でも飯を食っているのはうどん作りなんだと最終的にはどちらかを選ぶと思うんですよ。
それは、僕らがこのスタイルでやってみて、20年後くらいに何が残っているかというところで判断されることかもしれないですね。資質として融合するかどうかというのもあるし、それが世の中できちんと根付くものなのかどうかという点もある。それでちゃんと世の中のモノ作りが前に進んだのかどうかという外側からの評価も重要です。ただ、融合しうるのかどうかも含めて、僕ら自身が試作品みたいな感じでやっているんじゃないでしょうか。
融合というあり方もいろいろあると思うんですけど、志としては、一個人の中に2つの資質とか能力を持っている人たちを育てていきたいとは思っています。だから僕らのスタイルは1つの仮説ですよね。今までのやり方だと一般的には融合しないものなんだろうなというイメージもあるので、どうやっていけばいいのかなという。
−−モノ作りの世界ではずっと昔から課題になっていて、美大系の人がデザイナーになり、理系の人がエンジニアになる。でも理工系の大学の中でもデザイン的な要素が得意な人がいて、その逆の人も存在する。そんな中でtakramが「デザインエンジニアリングファーム」という言い方をされていて、すごく今を感じました。
デザインとエンジニアリングを二項対立で考えるのではなく、例えば普通のおばちゃんから見たら、デザイナーもエンジニアも「設計やってる人」となりますよね。そのレベルまで一般化してしまえば、そんなに対立軸化しなくてもいいんじゃないでしょうか。エンジニアの中にも当然デザイナー的な雰囲気はありますよね。「これはちょっとカッコ悪い」とか言っている時点でそれはデザイナー的なものだと思うし、デザイナーから見てもすごく機能的に形を作れる人はたくさんいます。だから僕らは「デザインとエンジニアリング」と表に出して分かりやすく言っていますけど、普通に両方やっている人はたくさんいると思うんですよ。
−−無意識に両方をですね。
無意識に両方やっているし、デザイナーの顔をしているんだけども設計の重要な局面でエンジニア的な素質を発揮する優秀な方もいる。それは深澤直人さんだってそうだと思うし、そういうことってありますよね。
デザインとエンジニアリングをきちんと言葉に出すことで、それを積極的に交互に使い分けていくアプローチの余地はあるし、そういう資質をなんとなく持って生まれて出てきた人たちは世の中にたくさんいます。それをもう少しきちんとしたスタイルに仕立てていくことは十分可能だと思っています。
だから、融合はありえるのかという意味では、もうすでに融合されているような人たちがいっぱいいるんじゃないかなというのも答えの1つかもしれません。
冒頭にお話したように、takramの設立のモチベーションになっているのは、大学時代の僕の体験です。就職の際にメーカーに行って「両方やりたいんですけど」と言ったら「1コ選んで」と言われて(笑)。ものすごい拒絶感だったんですよ。で、これってどうなのかな、だから外側と内側はこんなにバラバラな製品になっちゃうのかなと憤慨したわけです。そういう経験をしている人たちが世の中に少なからずいると思うし、自分で作曲して自分で弾くみたいな、シンガーソングライターみたいな職業があってもいいんじゃないかなと。
takramはそういうことを会社としては目指しているので、それに共感してくれる方々にぜひコンタクトを取っていきたいですし、そういう志のある学生さんがいればぜひ1回ドアをたたいてほしいと思っています。これを読んだ読者の方々がリアルにコンタクトを取ってきてくれるということが、僕らはすごく嬉しいんです。
−−ありがとうございました。
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