日々の暮らしの中で「あったらいいな」と思うものを作り続けているクリエイティブユニット「TENT」。「Touch Dog」や「Milk cup」など、見た目の可愛さと、機能性を併せ持ったプロダクトで若い女性の心をつかんでいる。ここでは、ユニット結成の経緯、TENTのモノ作りへのこだわり、若いデザイナーへのメッセージなどを伺った。
TENT
http://tent1000.com/
【プロフィール】
治田将之 Masayuki Haruta
1971年横浜生まれ。多摩美術大学を卒業後、デザイン事務所へ就職。さまざまなメーカーのプロダクトデザインや先行開発などを行う。その後、生活雑貨メーカー「マーナ」勤務を経て、2001年にフリーランスとして家電機器、インテリア用品を中心にプロダクト、パッケージ、カタログまで多岐にわたるデザインを手がける。
青木亮作 Ryosaku Aoki
1979年名古屋生まれ。名古屋市立大学を卒業後、オリンパスイメージング株式会社に就職し、医療分野、ICレコーダー、デジタルカメラのプロダクトデザイン業務を経て、まったく新しい商品をゼロから企画するチームをスタート。後のヒット商品につながるコンセプトメイキングを行った後、ソニー株式会社に転職。PCおよび周辺機器のプロダクトデザインを行う。その後独立し、BOOK on BOOK、KeyKeeperなどのオリジナル商品を開発。
●TENTまでの道筋
−−まず、お2人の出会いについてお聞かせください。
青木:治田さんとは友人を介して知り合い、僕がオリンパスにいた頃に、外部のデザイナーとして仕事をお願いしていました。
治田:青木さんはクライアントでした。
−−どんなプロジェクトをご一緒されたんですか?
青木:自分で、機能そのものから考えたデジタルカメラの企画を進めていたんです。プロダクト、グラフィックのデザインまで、全般的に自分自身で行っていたのですが、企画に厚みを出すためにも、他のプロダクトデザイナーのアイデアも取り入れたいと考え、治田さんへお願いしました。そういう流れだったので、初めての付き合いの段階から、単なるデザイン発注ではなく、一緒にプロジェクトを進める協力関係でした。
−−その仕事は製品化されたのでしょうか?
青木:「PEN」の元になったコンセプトモデルでした。あとは録音機の仕事も一緒に行いました。あの頃、治田さんはとても忙しそうで、「フリーのプロダクトデザイナーは、やっぱり忙しいんだな〜」なんて思っていたんですけど、最近あの頃のことを聞いたら、実は育児疲れだったと(笑)。
治田:そうなんです(笑)。下の子が双子なので倍大変で…。繁忙期になると仕事もガッツリやらなきゃいけないし、家の手伝いもしなくてはならないで、当時の記憶はほぼ飛んでいますね。そんな頃に出会ったんですよ。
青木:治田さんはそんな状況とのことでしたが、デザインはバシッといいものを上げてくれて、プロだなあと思いました。
−−青木さんはオリンパスの後ソニーに移られましたよね。
青木:そうですね、ソニーでしばらくお世話になって、ソニー退社後、TENT結成前の1年間は週1くらいで治田さんの事務所に通っていたんです。世間話をしにいくこともあれば、どちらかの仕事が忙しくなった時に手伝ったりということを続けていました。
治田:そうやって過ごしているうちに、一緒にモノ作りをしようかということになっていきました。
−−なるほど。ちなみに話は戻りますが、そもそもお2人がデザイナーを目指されたきっかけはなんですか?
治田:幼稚園の時に泥団子とか作るじゃないですか。僕、あれがすごく上手で(笑)。ピカピカできれいな丸い形を作れたんですよね。周りをみると、どうやらみんながみんなそんな器用なわけじゃないと気付いたんです。その時もしかしたら自分は人と違う何かを持ってるのではと幼いながらに思っていたというのが原体験でしょうか。その後、具体的に考えだしたのは、大学をどうするかという時ですね。高校に入ったあたりから机に向かって勉強することに耐えられなくなっていて、このままでは大学受験は無理だし、会社勤めも難しそうだぞと思いはじめていました。そこでそうじゃない生き方を一生懸命考えていたら、ふと原体験が頭をよぎり、美大なのかなという考えに至ったわけです。そこで、美大からプロダクトデザイナーを目指すことが目標になっていきました。
青木:僕の父はフリーランスのプロダクトデザイナーなんです。小さい頃、父の仕事だけはやりたくないと思っていたんですけど…。徹夜続きで帰ってこないし、帰ってきてもお酒飲んで怒ってるし(笑)。大学は理系大学の建築学科に入ったんですけど、就職を考える時期に「建築ってお客さんに渡しておしまいだけど、プロダクトって自分も持てるし、お客さんも持てるし、みんなハッピーだな」と思えてきたんです。小さい頃、父がデザインした弁当箱を使っていたんですけど、そういうのっていいなと思うようになって。それで、建築方面への就職をやめて、たまたま実家の近くにプロダクトの研究室がある大学院があったので、そちらへ進学しました。
−−グラフィックデザインなどには関心はなかったのですか?
青木:父の影響で、デザインといえばプロダクトだったので、そこを中心に考えてしまったというのはありますね。ただ、大学では建築を学んだのですが、建築学科は最初に動線計画を学ぶんです。玄関から入って、リビングに行って、とか。でも、プロダクト学科は「速そうな形はどのようなものか?」と模型を削るんです。人間の在り方から入る建築学科から、ビュンビュンとスピードを追求するプロダクト学科に行った時の衝撃はすごくて。なので、最初に建築を学んでいてよかったなと思っています。形状の前にもっと考えることがあることを知ったので。
●フリーからユニット結成へ
−−青木さんはどうしてインハウスデザイナーからフリーの道を選ばれたのですか?
青木:オリンパスの時は、本当に欲しいものをゼロから考えられてすごく楽しんでいたのですが、当時社内では猛反対を受けまして。この会社では商品として世に出すことは難しいなと思ったので転職しました。ところが、そのコンセプトを反映した商品が辞めてから発売されたので、苦笑いでしたけどね。
転職先のソニーでは、やはり大企業ということもあり、プロダクトデザインのいわゆる「形状のみ、色のみ」を徹底的に考えることになりました。大変勉強にはなったのですが、やはり見た目だけを考えるのではなく、そもそも何を作るのかから考えなければ、本当に人の暮らしをより良くするモノは作れないのではないかと、悶々と思い悩んでいました。それを見ていた奥さんから「辞めるか辞めないか悩んでる暇があったら、本当は何がしたくて、それでどうやって食べてくのかを、さっさと考えなさいよ!」と言われ。あまりにも正論なので、退社しました(笑)。
−−なるほど。治田さんの場合は、どうしてフリーになったのですか?
治田:僕は大学の時にすでにバブルが崩壊していて、あまり就職先がなかったということもありますが、もともと大企業に入りたいという願望はそんなに強くなくて、ABITAXのように、小規模だけどデザイナーが作りたいものを作り、自ら売っていくような活動が将来できるといいなと思っていました。そのためにはまずは修行だということで、1から学べるようなデザイン事務所に入りました。そこでデザインを学び、その後メーカーに転職して、製品が生まれるまでの流れと仕組みを知りました。そして、夢を叶える為独立しました。しかしながら実際にはじめてみると知らないことばかりで、結局、自分でやってみないと分からないことってたくさんあるよなと今では思います。
−−そして、2011年6月にTENT結成に至るわけですね。
青木:そうですね。持っている名刺入れが同じABITAX製だと気付いたり、「こういうモノいいね」という価値観が近いんです。そんな流れから、おじさんたちから「格好いい!」と言ってもらうための家電などはもう散々作ってきたから、一度でいいからお洒落な女性や子どもに「かわいい」って言ってもらえるモノ作りたいねという話になり、インテリアライフスタイルに共同で出展することになりました。展示では全力で「かわいい」を取りにいく、を裏テーマにしました(笑)。
−−インテリアライフスタイルでの出展がTENTのスタートですね。
青木:それまで2人で個別に制作していたモノも含めて、まずは展示してみて様子を見ようと。展示の際にユニット名が必要になったので、TENTと名付けたんです。
●TENTのプロダクト
−−これまで手がけたプロダクトをいくつか解説してください。まず犬の形のスタイラスペン「Touch Dog」について、コメントをお願いします。
治田:最初は一般的なスタイラスペンのデザインの依頼を受けたのですが、いわゆるペンタイプでという制約の中で形状だけいじって後発で出しても売れるモノにならないだろうなというのが僕らの中でありました。スタイラスペンはすでに飽和状態にあり、そもそもの市場自体も狭いからです。そんな中で気づいたのは、既存商品はほぼすべてがビジネス向けだということでした。iPadなどのデバイスはリビングやベッドルームなど、リラックスした状況でも使われるので、そんな場所に置きたくなる、使いたくなるスタイラスペンがあれば、普段スタイラスペンを買わないような女性の方々やギフト用など、もう少し違う層にアプローチできるのではないかと思いました。
青木:スタイラスペンは、機能上の制約として、先端にプニプニのパーツが必要なんです。高級な文房具を装った既存の商品は、頑張っているんですけど、どうもこのプニプニパーツとミスマッチだったのが気になっていて。そこで、いっそこのパーツを活かす方法はないかと考えた結果、犬の鼻に見立てるというアイデアに至りました。ペンを置いたときも4つ足で立ってくれて、かわいい上に手にとりやすい。
治田:依頼主のメーカーさんには通常のペンバージョンと犬バージョン両方を見てもらいました。そこでプロトタイプを作って展示会で様子を見てから判断しようということになったんです。犬バージョンは展示会での反応が良かったので、商品化しようという流れになりました。
青木:見た目のかわいさと使いやすさの両立には相当こだわりましたね。モックアップはインハウス時代にパソコンのマウスをデザインしたときよりも数多く作りました。
治田:展示会では、バイヤーさんの反響も良く、パッケージをどういったものにすれば売れるかなど、いろいろな意見をいただきました。販売後もかなりの反響をいただいています。発売から時間が経っても売れていることを見ると、アイデアだけでなく、プロダクトとしてのクオリティにこだわった点が、ロングライフにつながっているのではないかと思っています。
−−透明のページホルダー「BOOK on BOOK」についてはいかがですか。
青木:これはもともと僕が社会人になりたての頃に、個人的にこんなのあったらいいなと思って作ったものなんです。当時ちょうどコンペがあったので出してみたら落ちたんですけれど、それでも母親や友人など、たくさんの人から「欲しい」って言ってもらえました。それまで自分の作ったものにそんなことを言ってもらったことがなかったので嬉しくて、なんとかして商品化したいなと思っていたんです。がんばって投資して原型を作って、それからシリコン型を取って、エポキシ樹脂を入れて、自分で手磨きして作っていました。1個あたりの製作期間は丸2日、磨きは8時間かけました。8,000円で10人に売ったところで「これはもう死んでしまう」と(笑)。それでしばらく製作を中断していたんです。その後も展示会に並べると反響があるのですが、見積もりを取ると数万円もするとかで、二の足を踏んでいました。
それがたまたま2012年にアクリル業者の方から製作物受注の営業電話をいただき、試しにBOOK on BOOKの製作をお願いしたんです。試作を見るとちゃんとできていて、感激しましたね。コスト的にも見合ったので、ようやく商品化することができました。
−−治田さんが現時点で一番思い入れのあるTENTプロダクトはなんですか?
治田:クライアントワークのプロダクトなのですが、KINTOさんというテーブルウェアなどのメーカーさんと作った、密閉式ジャグの「PLUG」ですね。PLUGがTENT結成後の最初の仕事だったということもあるのですが、発売から2年が経過しても着実に売れ続けていて、クライアントワークの中ではTENTの代表的な作品の1つと言えると思います。密閉式なので横にしても置いておけるという機能性を、徹底的にシンプルな見た目に落とし込んだデザインです。シンプルな定番を作るため、見えないところに数えきれないほどの工夫を盛り込んだという意味で、とても印象深いプロダクトです。
[Page 02]
|