●深澤直人というムーブメント
−−この10年と過去のデザインの違いという質問です。秋田さんのバウハウスの影響を受けつつというお話もありましたが、そういった過去のデザイン的なムーブメントと比べてこの10年の特徴を現すことはできますか。
秋田:ムーブメントを起こしたとすれば、やはり深澤さんでしたね。ウィズアウトソートというインハウスのデザイナーの再教育システムをもう10年ぐらい続けられて、そこから「換気扇型CDプレーヤー」も生まれましたし、さらに±0につながるわけです。深澤さんのデザインや考え方は、学校の先生みたいだなと僕はよく思うんです。本当に教鞭も執られているので先生ですが、その前の時代に生まれたさまざまな製品を教壇の引き出しの中にしまって、白くてすっきりとした、それでいて優しいカタチに換えてポコッと教壇の上に取り出した。「これだけでいいんです」、そう言葉を添えて。
同じく「この10年」を代表するデザイナー、ジャスパー・モリソンと開いた「スーパーノーマル展」がインハウスデザイナーや学生さんたちに与えた影響は大きかったと思います。赤塚不二夫さん的に表現すると「これいいのだ展」ですね。その影響もあるのか最近、妙に尖がったというか、的外れのデザインをする若いデザイナーがいなくなりました。昔はもっと生意気を言う人がいたような気がするんだけど(笑)。今は深澤さんがやっているきれいなモノをみんなが認めたということによって、なまじな個性ではちょっと通用しないのかもしれません。
坂井:深澤さんは秋田さんと違うキャラクターですけど、秋田さん自身がおっしゃるように根っこのところは似ていますよね、バウハウス的な。深澤さんはもうちょっと可愛らしいのが好きじゃない?
−−お2人に共通するのは、丸や四角などのプリミティブなモジュールですよね。
秋田:僕は「飽きないものというのはすでに飽きられたものだ」ということを言うんですけど、かつて見たことがあるものでいいと思っていて。見たこともないものを作るのがデザイナーかというと、僕はもうグルッと一回りしたというか、それこそ80年代はそういうことをしたけども、今は基本に戻ったわけですね。
坂井:僕は見たことがないものが面白いとは思っていません。見たことがないものの中には、価値がないから誰も触らなかったものもあります。というか、そっちのほうが多いでしょう。だから本当は見たことないものを作るべきじゃない、その理屈で言えばね。
ただ、見たことなかった、初めて見たと錯覚させることはできるわけです。僕がやったことはそういうことなので、根っこのところは秋田さんの発言とあまり変わらないですよ。僕はクルマのベーシックはこれだろうと思って「Be-1」というデザインコンセプトを作ったわけで、奇妙なものをデザインしようと思ったわけじゃないです。
−−深澤さんがこの10年を象徴するデザイナーだとして、先ほど坂井さんが可愛らしいとおっしゃっていましたが、この10年は可愛くてファンシーな時代だったのでしょうか。
秋田:日本において「可愛い」ということのパワーは強力ですね。逆にこの10年「かっこいい」という言葉がとても肩身が狭かったですね。「かっこいいはかっこ悪い」とすら言われかねないですね。僕の好きな「黒かったりぴかっと光っていたりするエッジの効いたデザイン」は次の時代でどう評価されるのか楽しみでもありますが。
坂井:時代性は分からないけれど、深澤さんのデザインは、本人のパーソナリティーや感覚がそのままデザイン化しているとは言える気がします。
確かに深澤さんが勢いを持った10年間だったし、これからもしばらく続くと思うけれど、その一方で、先ほどお話したデザインエンジニアリングという、もう少し硬質な流れが出てくる気がします。
−−takramのような流れが?
坂井:takramとかはメーカーから見るとすごく分かりやすいんです。メーカーという立場では結局はスタイリングは分からない。でもエンジニアリングは分かっている、あるいは分かるような気がする。そしてtakramは歓迎される。
デザイン界は、世界に対して新しいプロトタイプを作らなければならない時期に入っているのでしょう。それはまた新しい産業を興す時期とも言えます。例えばアップルはiPhoneというビジネスモデルを構築しました。そこではアップルのOS XとかUIだとか、iTunesストアというネットワークサービスが一体化して昇華されているんです。そういった世界を構築できるのはエンジニアなんですよ。あるいは電子工作やプログラム感覚を持ったデザイナー。そういう連中がこれから力強くやっていくでしょうね。そうすると何ができるかというと、まったく新領域のプロダクトが生まれるわけですね。
−−ある人が「未来はエンジニアの頭の中にある」と言っていました。エンジニアの頭の中の未来が現実に降りてきて、それを後からデザイナーが形にする。これは昔も今も変わらない構造なのかもしれません。
坂井:そういう言い方もあるし、もう1つ僕の言い方をすると、本田宗一郎もフェラーリもポルシェもみんなエンジニアでデザイナーだったと。だから田川さんとか山中さんみたいな人が急に出てきたわけではなくて、もともとメーカーはそういう人たちを起用していたんですよ。ただ企業の中では彼らの才能を100%は活用できなかった。それが今また違うかたちでキャッチアップされているというのは面白い現象だなと思います。
秋田:ソニーにいたときに、優れたエンジニアに何人も出会いました。デザイナーが関与していないワイヤレスマイクシステムには「デザイン」がしっかり感じられましたし、テレビの創設期に生まれたブラウン管をそのままカタチにしたようなマイクロテレビはエンジニアの手によるものでした。そういう経験から「優れたエンジニアは優れたデザイナーたり得る」、かねてからそう思っていましたが、まさにそういう時代がそこにきているわけですね。
−−次の10年のタネは何かということでは、坂井さんはすでにEVを手掛けられています。あとは例えばCO2の25%削減とか少子高齢化とか、今後向かうであろう時代の流れの予測がすでにあるわけですよね。そういった中でデザイナーは何ができるのでしょうか。
秋田:CO2の削減と言えば、僕が5年前からLEDの信号機をデザインしていたというのもそういう時代性かなと思いますね。ただ「LED」が、その後温暖化の時代のキーワードになるという予感はそのときにはありませんでした。
坂井:社会インフラを作るということはデザイナーにとって幸運だと思います。もしNHKが秋田さんにスポットを当てるとしたらLEDの信号機ではないでしょうか(笑)。山中さんだったら「Suica」ですよ、社会的に見れば。
秋田:そうですね。信号機やヒルズのセキュリティーゲート、そういえばSuicaのチャージ機もデザインしましたね(笑)。そういう社会のインフラデザインに関われたことをとても嬉しく思っています。偶然にも渋谷のNHKの前に僕の歩行者信号機が設置されているし(笑)。無意識下にすり込まれていたりするかもしれませんね。
●明日からのデザイン
−−では最後に次の10年を占っていただければと思います。
坂井:電力などのインフラが変わり、住み方や移動の仕方が大きく変わると思います。そういう変化がデザインをどう変えるか? という視点で見ると未来デザインはとても面白い。CO2の25%削減とか少子高齢化時代の話がありましたが、例えば「CO2の25%カット」というのは電気で言うと交流が直流になるだけで実現するんですよ。交流にはものすごくロスがある。大量の電気を大規模な発電所で作り遠くまで送電しているわけです。それが将来それぞれの家でソーラーや風力発電や燃料電池などで発電していわゆる地産地消になっていくと、それだけで25%削減は可能です。でも社会全体はそう簡単にすぐには動かないんですよね。本当のEV時代はまだだいぶ先です。
秋田:そういうことに役立つデザインを考えることはこれからとても重要ですね。
坂井:それと少子化とデザインの関係は難しいですね。先進国は少子化傾向ですよね。
−−ワールドワイドで見たら人口は増えているわけで、市場を世界で見ると全然少子化は緩やかですよね。そういった中で日本企業の技術力を高めていくには、先ほどおっしゃったプロトタイプにつながってくるのかなと思います。
坂井:デザインやエンジニアリングは輸出品目だと思います。日本ほど優れたデザイナーがたくさんいる国はないですから。
秋田:人的資源ですね。
−−先ほどtakramの話がありましたが、最近の若手デザイナーの多くはむしろポスト深澤的な感覚があって、日用品やクラフトなどのほうに目がいっている気がします。坂井さんがおっしゃるようなエンジニアリングやインフラに根付いたモノ作りからはどんどん離れているのではないでしょうか。
坂井:確かにスタイリング重視ですよね。僕もそこが弱いなと思っていて、デザイン教育の現場を見てもそうなっているんですよね。
秋田:卒業制作を見るといつの時代も「公共機器デザイン」はかなり主要なテーマですが、残念ながらそのデザインを受け止め活用できる場がないんだと思います。ただ、日用品を作るからといってポスト深澤ではないし、僕は若手の人が深澤さんの影響はあっても後追いをしているとは思っていません。ポスト深澤とはちょっと違うかな。ただ、身に近いライフスタイルへのこだわりから、手元のモノに目がいっているのは確かですね。
坂井:今の話を伺っていてOXOの大根おろしをイメージしました。大根おろしは基本、「ギザギザがあって、おろした大根を受けるくぼみがあって」というところからデザインを考え始めるわけですよね。しかし、山中さんが手掛けたOXOの大根おろしは、そういう常識をひっくり返したんですね。ゼロからの発想で大根おろしを真面目に検証し問題を発見し、解としてデザインしたわけですから。その「リセット力」は若いデザイナーにも求めたいですよね。常識の延長にあるスタイリングでまとめるということはやめてほしい。秋田さんの一本用ワインセラーも僕のイメージではゼロからなんですよ。普通1本でやろうという発想はないですから。
秋田:僕は一本用ワインセラーの企画を聞いてすぐにウイスキーの空き瓶の中に船を組み立てるボトルシップを思っていたんです。ちょうどその頃再会した叔父が戦前のアメリカズカップにエントリーしたヨットを部品段階から手作りしているのを見ました。そのイメージが強く印象にあったので、ワインボトルの中にワインが入っていると面白いなと思ったんです。
坂井:その発想がまたすごい。立てることは考えなかったですか?
秋田:それはまったく想定しませんでした。ボトルシップは「横置き」ですから(笑)。さらに言うと、あれはタイムカプセルだと思っていたので横かなと。子供が生まれてそれを記念してタイムカプセルに寝かせて、20年間タイムキープして成人したときにパカッと開けて子供とともに祝杯をあげるというシナリオが浮かんだのです。それと建築好きなものですから「記念碑(モニュメント)」的な象徴的なカタチにしたかった。円筒の「カンチレバー(片もたせ)」はそういうところからきています。
坂井:ああいうものってコロンブスの卵で、出来上がったらそうだと思うけど、考えるのは大変ですよね。僕はデザインにそういうことを期待したい。変わったものじゃなくて生活を変えるもの。OXOの大根おろしも一本用ワインセラーも別に変わったものじゃないけれど素晴らしい。
秋田:それはありますよね。クライアントの話を聞くときに、すでにあるものの既成概念を持たないようにしています。他の製品の状況などは聞かなくて、相手の要望している条件の「これとこれとこれ」というキーワードからどう作るかを考えるのが好きですね。
大根おろしの話を聞いていて残念だと思うのは、普通の大根おろしがあって、山中さんのデザインしたOXOの大根おろしがあって、その間にも「これまでにない」大根おろしが成立するはずなんですよ。
坂井:秋田さんやってください(笑)。期待しています。
秋田:炊飯器なども同じで、普通の炊飯器と柴田さんのZUTTOの間が生まれてこなかった。最近売れている三菱電機の四角い炊飯器で少し「間が埋まった」感はあります。インハウスの人は動きにくい面もあるのでしょうけれど、まだまだいろいろなカタチの可能性があると思います。既成の領域からどんどんはみ出してほしいとは思います。
坂井:今は世の中がシュリンクしているから、一層そうなっていますね。根本的な部分を改革しない。怖がっているというか、ビビっていますね。
秋田:確かにメーカーとデザイナーのビビり感が伝わってきますね。色やグラフィックで勝負したりとか。的の意識がどんどん小さくなって、それでは「当てる」のが難しいですね。
坂井:最後に僕から質問させていただきますけれど、秋田さんご自身はこの10年間はどのように総括されていますか。
秋田:先に挙がったマーク・ニューソンではないですが、アイディンティティというか、僕のデザインも「ワンパターン」ですね。デザインのスタンス、デザインスタイルはあまり変わっていないです。
坂井:いい意味でティピカルなバウハウスですよね。100年変わっていないというか(笑)。
秋田:代わり映えしない人も1人や2人はいたほうがいいというか(笑)。
坂井:変わったほうがいいというわけでもないですからね、デザインは。
秋田:今のスタイルに落ち着いたのは、その前の10年でいろいろな試行錯誤をした結果です。「僕らしいかたちは昔にあった」、そう気がついたんです。自分のデザインのスタイルは変わらなくても技術と素材や時代性が常に変化していて「変わらなくても変わる」、そういう感じです。フランク・ゲーリーにもそういうのを感じています。自分らしいことが個性であり、人と違うものに自然となるように思います。
坂井:エディターみたいなものですよね。コンテンツが変わればデザインも変わります。秋田さんのデザインといえば、やはり一本用ワインセラーのイメージが強いですね。
秋田:たぶん代名詞なんでしょうね。自分を象徴する分かりやすいものとして。
坂井:秋田さんは一本用ワインセラーをもっともっとPRされたらいいと思います。クリエイターは自分がどんどん新しいものを作れるという自信があるのであまり過去の作品にこだわりたくないと思いますが、僕はそういう意味ではビジネスマンですから、どんなプレゼンテーションが一番効率的かと考えますね。ブランディング的な表現ですが、「フォルクスワーゲン」というと「ビートル」がパッと頭の中に出ません?(笑)。
秋田:坂井さんが以前どこかのサイトで僕を紹介してくださったとき、写真が一本ワインセラーでしたが、そういうことだったわけですね。僕の1つのティピカルというか。
坂井:そこをデザイナーは気がつかないんですよ、相当優れた人でも。世の中は「有名な人」と「無名な人」しかいません。中間はないんですね。だから秋田さんは一本用ワインセラーでもっと有名になっていただければいいと思います。
秋田:確かにデザイナーはいろいろやれますということを見せたいところがあって。ただ、こちらがいろいろプレゼンしても相手側のセンサーは実はそれほど働いていないということにここ5年くらいで気がつきました(笑)。
さて、壮大で広範なプロダクトデザインの現在から未来についてお話させていただいた結びが「私のセルフプロデュース」では申し訳ないので、僕なりに今日のお話を踏まえて感想を述べます。
坂井直樹さんという人は、常に時代の中と上に視点があって、パラレルキャリアではないですが「パラレルアイ」を大事に考えられていること。それから、デザインの根底には、そこで関わった人(デザイナー)にとても大きな信頼と愛情を注がれているということでした。Be-1のコンセプトに関わられたときに自動車免許もなかったという話には驚きましたが、学ぶという姿勢と忍耐力の強さが話される言葉の重みにつながっていることを今日改めて教えていただいた気がします。
「いろんなデザイナーがいていい」という言葉がとても印象的ですが、現在教鞭を執られている慶応義塾大学のSFCからは、きっとこれまでのデザイナーの概念では捉えられなかった優れた人が誕生すると思いますし、そういう人が生まれることによってデザインの世界がますます多様で面白く、「目指すべき職業」として成長していくように思います。
−−そろそろタイムアップです。本日はありがとうございました。
|