[出席者プロフィール](五十音順)
相馬達也(そうまたつや)
株式会社リアルファクトリー代表取締役。「切削RP」という用語を生み出したCAMソフトウェアCraft MILLをはじめ、Rhinoceros、thinkdesign、樹脂RP成形機、小型NC加工機、3Dスキャナ等の販売・トレーニング業務を通じて、インハウスからフリーランスまでインダストリアルデザイン分野の顧客を数多く持つ。金属部品加工への取り組みから、ワンフェス出展ディーラーのサポートまで幅広く行い「つくるキモチ」を応援する企業ビジョンを実践中。3D CGからのモノ作りに対しても熱心に活動。2007年中に新会社を設立し、現在の業務を移管する予定。
比古田恭男(ひこたやすお)
某家電メーカーデザイン部門勤務。入社後数年プロダクトデザイン業務を経験後、3次元システムを使用した意匠設計の推進に携わる。機構設計部門との連携を図りながら、いかに3次元ツールをデザイナーの武器にするか、目下奮闘中。職場のCAD教育やシステム管理業務なども担当している。主な使用システムは、Pro/E、Opus Realizer、AliasStudio。
宮田典昭(みやたのりあき)
エクシオン・インク代表取締役。大手モデルメーカーにてモックアップ、クレイモデラーを担当後、製品開発支援会社にてデザイン開発を行う。その後外資系ベンダー数社にて特にデザインフェーズでのコンサルテーションに携わる。現在、エクシオン・インクにて、製品デザイン、コンサルティング等多岐にわたる取り組みを行う。愛用CADはPro/EとFreeForm。
メール:nmiyata@eccion-inc.com
URL:www.eccion-inc.com |
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−−まず、皆さんは普段、3D CADツールの使い勝手に満足されてモデリングをしていますか。
比古田:私は特定のベンダーから提供されるモデラーしか使ったことがないのですが、ご質問の答えはデザインツールとしてなのか、形ができればいいのかという捉え方でかなり変わると思います。
デザイナーは自由に造形を検討をして、ああでもないこうでもないとやりながら形を決めていきたいだろうけれど、一方でCADには、設計部門がだいたい決まった形をサクサク入れていくツールという役割があると思います。ですからデザイナーと設計者のニーズが両立するソフトは今のところないですね。自由度も高くて試行錯誤もでき、なおかつデータがそのまま設計に渡って、詳細な設計変更もサクサクできるツールは、デザイナーの感覚から言うとないです。
相馬:何故3次元CADのモデリングツールが誕生してこの世の中に広まってきたのかに立ち返ってみると、けっこう謎解きができます。3次元CADが出てきたときに何故企業が導入したのか。「正確に形状を決める」のが1つ。もう1つは「作ったデータを最後まで流す」。しかも「同時進行」で。これしかない。
金型は昔から、それこそソリッドのはるか以前からサーフェスで3次元にしていた。下流はCAMが一番早い。3次元にしないとNCが使えないですから。設計に入ってきたのはその次だと僕は認識していて、最後に残されたのがデザインなんです。
−−デジタル化は下流工程からだんだん上がってきたのですね。
相馬:そうです。何故デザインが最後に残されたのかはテクノロジー的な問題とワークフロー的な問題があって、まずCADはテクノロジー的にデザイナーの仕事に耐えられない。そしてワークフロー的にもデザイン作業は試行錯誤になるから耐えられないんですね。デジタルデザインは、最後に取り残された領域としてずっとあったけれど、かわいそうなことに、いよいよ後工程の要請で無理やり後工程のツールをそのまま使えとなったと理解しています。その理由は期間短縮。データを最後まで流せというプロセスの都合だと思います。だから、デザイナーは少し気の毒ですね。
−−そもそもCADはデザイナーのためのツールではなかった。
相馬:もう全然。間違えてはいけないのは、デザインというと設計という意味まで入るので、正確にはコスメティックスタイリングのものではない。
宮田:おっしゃるように、デザイナーの仕事に効率化はあまり関係ない。だけど、CADやデジタルは効率化がまず前提にあって、いかに情報を損失や漏れなく下流工程に持っていって意図通りの製品を作れるかだと思うんですけど、デザイナーの場合は、ああでもないこうでもないというイテレーションのプロセスが非常に重要です。そこでCADはモデリングツールや発想するためのツールなのか、頭の中にあるものの確認用に絵として他人に伝えていく道具なのか。そう考えるとなかなか難しいと思います。
例えば、デザイナーさんもクレイを削ったりして確認作業をします。頭の中にあるものを目に見える形にして自分でも確認しますし、他人にも見えるようにしてその情報をシェアしながら最適化していきます。それをCADによってもっと正確なものをシェアするということはどうなのか、CADによって本当の意味でのアイデアを創出するのは難しいのかなという気がします。
−−例えばインディペンデントなデザイナーさんなど、SolidWorksやRhinocerosによるデータ納品という要望が下流からきていて、使えないとデザイナーとして商売できない面もある。そこで否が応でも3D CADに慣れていかないといけないのかなと思います。
相馬:でもCADは、デザイナー個人にとって悪いことばかりじゃない。フリーランスになったデザイナーで3Dのモデリングができることを売りにした人は多かったですよ。インハウスの人たちにはできないけど、フリーランスになった僕はデジタルモデリングができるよ、というのを付加価値にして仕事を作ったケースもあります。デザインとモデリングの中間的な仕事もありますから機会が増えます。
Rhinocerosが牽引したのはそういうマーケットだと見ています。そういう人たちは非常に先見性があったのと、多分仕方なかった面もあった。デザインだけじゃ買ってもらえないから、モデリングができてマニュファクチャリングのデータが作れる便利なデザイナーという付加価値を売りにしたということはあったでしょう。
宮田:確かにそういうスキルを持った人は、なかなかインハウスでは育たなかった。逆に言えば、インハウスではデジタルモデラーみたいな、デザイナーじゃないんだけど、デザイナーが上げた絵とかスケッチを具現化していく役割を持った方たちがいらっしゃいます。自動車メーカーなんかはまさにそうで、完全に分業化が進んでいます。クルマだから開発費がかけられるという話でもありますが。
相馬:比古田さんの会社の状況はいかがですか。
比古田:CADでデザイン工程のすべてをできる人はいます。いますけど、Pro/Eでできる範囲でひーこらやっている。もっと自由なツールがあったらどうだろうねとどうしても考えてしまいますね。
相馬:CADが設計用の道具としてもこれで本当に正しいのか、という疑問はあるはずです。ただ、そこを問いかける前にどんどん普及してしまっている。設計の現場でもCADを使える人と使えない人がいて、大手自動車メーカーの巨大な設計室に行くと、モデリングしているのは派遣の人です。正社員は図面を見ていて、検図して「ここ直して」と言うだけ。大学院を出てエンジン工学を学んだ人たちはモデリングをしていないですよ。しないことはないけど任せる人がいる。モデリングをするのと設計するという行為は本質的に一緒ではありませんから。
ところが家電は大変で、例えば携帯電話は4、5人で設計します。そのうちの2、3人がソフトと電気で、ハード設計は1人かな、というくらい。1人が複数の機種を兼務していることもある。それで3ヵ月くらいで新製品を出しているから、携帯や家電は本当に大変ですよね。
比古田:私はその家電の現場にいるんですけど(笑)。確かに設計者とモデラーはほぼイコールになりつつあります。まだ分かれているところもありますけど、なりつつある。それとCADが3次元になった大きな理由は、高密度実装設計です。平面状に基板を並べるんじゃもう商品のサイズが小さくならない。より小さくするためには内部で部品を縦にも横にも積んで、複雑に入り組んでいないといけない。これが設計ということになったときに、3次元が使えないと設計できないんですよね。いまだに2次元でやっている人たちもいますけど、それは「3Dができなかったから2Dやっている」人たちですね。
相馬:たまたま設計系の人たちは今の道具の構造や使い方に慣れたんですよ。頑張ったし、CADも技術的には設計方面のニーズに応えやすい構造になっていた。でも、CADの構造はデザイン作業には明らかに向いていない。
宮田:CADの「プロセス思考」というのがまず難しいですよね。CADは結局すべてがプロセス思考です。何をやって何をやってと、頭の中でプランを組み立てて遂行していく流れになりますけど、その考え方自体がデザインに合わない。例えばスケッチならちゃかちゃかと描いて気に入らなければ捨てられますけど、CADはそうはいかないですよね。CADで時間をかけてようやくモデリングができると、大切に思えてきて捨てられなくなってしまう(笑)。本当にそれがデザインにとっていいことかということになります。アイデアよりも、手間がかかった分できた形に愛着が入ってしまいます。
−−できた形状より、CADと格闘した自分に納得してしまう。
宮田:そうなんです。それは悪い部分なのかな。
−−まず手でスケッチを描いて、それをCADによってモデリングする作業もできないですね。
宮田:もちろんできません。手描きのスケッチは矛盾を描けてしまいますが、それがいいところなんです。だけど3Dは矛盾を容認しませんから。インダストリアルデザインに関しては、矛盾があるものはフィージビリティー・スタディ上それを具現化する上で当然必要なものですよね。アーティストだったら、矛盾があったってどんな形があったっていいんですよ。
−−でも、デザイナーはスケッチする上でなるべく矛盾のないように描こうとしていますよね。
宮田:そうですけれど、私が見る限りではパースをちゃんと描けている人は少なくなったと思います。
比古田:私は「デザイナーは全員3次元ツールを使うべきだ」と言い切っているのですが(笑)。何故かというと、インダストリアルデザイナーと言われる人たちは、ちゃんと最終成果物として立体として整合されているものをデザインする、色形を決めるのがミッションですよね。そのミッションのためには整合性のとれた立体情報を下流工程に渡さないといけない。それが2次元だと案外できていないんですね。平気で矛盾がありますし、スケッチも「え?」というようなものをけっこう描きますからね。
宮田:矛盾のあるスケッチを受け取って具現化している設計、製造の方たちは悲惨ですよね。
相馬:どの会社でも必ず間に入っている人がいますよ。それがデザイナー寄りか設計、製造寄りかは会社によってまちまちです。そういった間に入っているモデリングの人たちには何故か固有の呼び名がないですけれど。
−−モデラー、オペレーター、スタイリングエンジニアなどと呼ばれますが、確立された職種になっていない気がしますね。会社によって、デザイナー、モデラー、エンジニアという流れなのか、デザイナーとエンジニアだけで済むかはケース・バイ・ケースですね。
宮田:最近思うんですけど、企画、デザイン、設計みたいな部署自体の切り分けはナンセンスになってきている。はっきり言うと、企画とデザインを一緒にしたい。そういう取り組みをしている企業もありますし、逆に、エンジニアリングとデザインを一緒くたにしているところもあります。昔ながらのデザイナーという定義もありますけど、そういうもの自体がだんだん時代にマッチしなくなってきているのが現状かなという気がします。
−−デザイナーと呼ばれる人はスケッチの段階からバーチャルでスケッチできればベスト。あるいはデザイナーは紙でスケッチすればよしとし、あとはモデラーに託す仕組みを業界としてちゃんと育てる。
相馬:デザイナーも、できるできないで言ったら絶対CADはできたほうがいい。
宮田:デザイナーの武器になるし、その人の価値を上げますよね。
相馬:それがCADなのか、CGのサーフェスやポリゴンなのかソフトの話は置いておいて、とりあえず3次元立体形状でモデリングできる能力は絶対にあったほうがいいし、あるべきだというのは正しい。ただ、そこは強制しにくいし、デザインがよくわからない会社のトップからは言いにくいかもしれません。
宮田:十数年前にいろいろな企業でCADが導入されたときに起こったことです。たまたまあるメーカーがPro/Eを会社のデザイン部署で導入して私も参加していたんですけど、彼らは「明日から2Dを止める」と、そこまでの断行をしました。当時デザインセンターで作業していたのが20人くらいで、本当にデザイナーとしてPro/Eが使えるようになったのは1人か2人です。
−−20分の1ですか。
宮田:私はデザイナーは常に崖っぷちにいないとダメだと思うんです。ストイックに自分を追い込んでいかないと本当にいい発想は出てこない。これはコンサルティングもまったく同じです。プロブレム・ソルビングと言いますが、解決策を出していくためにはそこそこストイックにやっていかないといけない。大企業にデザイナーとして勤めている方には、自分が与えられたものをその中だけでこなしていればいいと考えている方もいらっしゃると思います。その方がいきなり新しいものを覚えてやっていくのは、多分難しい。
相馬:例えばRhinocerosの普及を支えた方たちはその崖っぷちだったんですよ、フリーランスだから。スケッチだけ描いて僕のデザインすごいでしょと言ってもなかなか買ってくれないじゃないですか。名前もないし。そこで彼らが武器にしたのは「モデリングできます」だったんです。これが大きな武器になって仕事を作っていったんです。
宮田:私もPro/Eでデザインデータを納品していますけど、それができる外部のデザイナーはほとんどいないと聞くので、武器になるのかなという気はします。
相馬:CADは強制されるものではなく、もっと、「デザイナーがCADを覚えるとすごくいいことがある」と表現されてもいいと思います。
宮田:デザイナーのモチベーションに関わる部分ですよね。その人が本当にデザイナーとしての職務をわかってやっているかどうかがありますよ。その人がどこに一番モチベーションを感じているか。お金なのかクリエイティビティなのか。そういうモチベーションのプライオリティによる部分があって、デザインツールとして3D CADが紹介され始めたときに、後者の人たちは自分の発想の幅を広げられる可能性があるのかなということで、3D CADが夢のツールに思えてくる。
−−CADに自分の能力の拡張まで期待する。
宮田:期待した部分があったと思いますね。
相馬:それは設計でも同じですよね。この話は突き詰めると人生観、仕事観、人間観になっちゃうんですよ(笑)。比古田さんの会社でも、会社から言われなくてもCADをやりたい設計の人がいたという話がありましたよね。
比古田:2次元から3次元に移行するのはデザイナーも同じだったと思います。3次元じゃないとできない、このツールを身に付けることによって拡張される自分のスキルをわかる感覚はみんなあったと思うし、実際Pro/Eを使って「こんなのいやだ」という人もいる一方で、「覚えて良かった。試行錯誤していろいろな造形ができるようになった」という人がいるんですよ。
宮田:CADは、越えなければならない壁に必ず向き合いますよね。人によってはすぐに越える可能性もありますし、何年使っても越えられないから元のやり方に戻ってしまうという方もいらっしゃいます。
相馬:年齢的とかそれまでの環境とか。
宮田:年齢だけじゃなく、本当に合う合わないだと思います。
−−比古田さんの会社では、今ではもうCADはマストなのですか。
比古田:研修はマストです。その後使うかどうかは強制できないですね。若い人の中でもおっつかない人はいて、やれと強制はできないし、その人が本当に、いわゆるデザイナーとしての能力がないというわけでもない。
−−その場合にはどうするのですか。
比古田:その人に合った仕事を回します。例えばコンセプトワークとかを重点的に回して、サポートをモデラーにあたる人がやる。
相馬:優しい職場だなあ。
比古田:これは案外クリエイティビティを高めるんですよね。組織体系としてはいいんじゃないかな。ただ、クルマメーカーみたいに分業しすぎるのは私は反対です。たまに業務の入れ替えも必要だし、なにより分業しすぎると、職場から出てくるデザインが同じテイストになってしまう。ベンツやBMWのように一定のテイストでいくんだ、この人のフィルターを通ったデザインでいくんだ、というメーカーはそれでいいと思いますけど、私の会社ではいろいろなテイストを求められるので、ゴチャゴチャになっているほうがいい。
−−モデリングできるがゆえにモデリングしかさせてもらえない、自分のデザインスキルが発揮できないということはありませんか。
比古田:それはないです。
宮田:1か0かじゃないですからね。0.5、0.8というものがある。
相馬:デザイナーには3次元カーブだけでも描いてもらえると違うとか、そういう中間の落としどころもあるんですよね。
座談会はだんだん熱を帯びてきました。Part2ではツールのインターフェイスの問題、リバースエンジニアリングによる形状制作など、デザイナーとツールの関係性に踏み込みます。
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