●商品企画は「自分が欲しい」と思うものから
−−一般的なモノ作りは企画、デザイン、生産という流れだと思うですが、山田平安堂ではどういったワークフローで作業をされているのでしょうか。
山田:私は体育会系出身なので、絵は描けないんですよ。なのですごく下手な絵をまず私が描いて、それをデザインセクションがきれいな絵に落とし込んでくれます(笑)。
−−デザインセクションのスタッフは何名いらっしゃるんですか。
山田:今は2人ですね。1人は長いです。僕と二人三脚で10年くらいやっています。それからデザインセクションと話し合いを何回かして正式に図面をIllustratorでひいて、基本的にはそれを職人に送って作っていただきます。箱物は図面でしっかりイメージできるし、その通りにできあがってきますが、お椀のような3D曲線が入ってくるようなものになると、図面と仕上がりがだいぶ違うので、ろくろを使うものだと図面と本物の調整が必要になってきます。
−−試作を繰り返し、フィックスしたら、それを大量生産するという流れですね。ちなみに漆の色は赤か黒くらいなのですか。
山田:いえ、厳密に言えば何でも出せるといえるわけではありませんが、漆の中に顔料を入れていろいろ出せます。ただ、あまりお客さんが求めていないということもあるので、まあ、緑くらいまでは使います。また赤といっても、オレンジ、朱色などいろいろバリエーションがあります。
−−そういったカラーバリエーション含めて、Illustratorで起こして、仕上げのイメージを職人さんに渡してという形なのですね。素材は基本的には木ですか。
山田:伝統的には木ですが、今はプラスチック製もありますし、金属もあります。漆は塗料ですから素材は選びません。
−−ではデイリーの食器などはプラスチックで型を作ってということですか。
山田:そういうものも多いですね。ただ、お椀は木が良いので、お椀だけは全部木製なんです。木の良さというは断熱性の良さなんですよね。お椀に熱いものを入れても持った手が熱くならないんです。今は、ご飯茶碗を漆器にしようとお勧めしています。私自身が漆器屋なので、ご飯は飯椀でしか食べたことがなかったんです。大人になって茶碗で食べることがあって、そうするとすごく熱くていやなんですよね。やっぱり漆器の茶碗ってすごい良いなと。あとは、茶托も木が良いなと思っています。これはカップ&ソーサーのカチャカチャとした不快な音が出ないんです。なので、お椀と茶托は木で作る価値がありますね。
−−商品作りのはじめは社長が自ら絵を描いてとおっしゃっていましたが、プランの段階から社長がアイデアや情報を発信していくのですか。
山田:だいたいそうですね。もちろん、売り場から来る情報は参考にしますけれど、弊社はくらいの規模だったら、自分が買いたいものを作る方が正しい商品開発かなと思っています。
−−例えば、百貨店に行って、売り場の声を聞いたりもしていらっしゃるのでしょうか。
山田:はい、行っています。お客様の声は改善にとても役立ちます。例えば、重箱にしきりがほしいとか。最初のコンセプトボードは自分が欲しいものから始める感じです。
●蒔絵の腕時計と万年筆
−−自分が欲しいものから始めるということが、ショパール(CHOPARD)の腕時計やセーラーの万年筆につながっていったのでしょうか。
山田:そうですね。食器屋だと自分で何一つ漆を身につけて外に出ないわけです。それが一つ。あと私は商売抜きで漆はきれいなものだと思っているんです。今まではたまたま、表現するキャンバスが食器がビジネスとして合理的だったんですよね。だから、これから違うキャンバスを求めればよいと考えたんです。
−−「漆=食器」という感覚から離れることで、いろんなアイデアが出るんですね。
山田:そうですね、ショパールの時計は作るのは簡単なんですけれど、売るのが大変です。うちに来られるお客さんは食器屋に来るわけですから、時計が欲しいわけではないので。
時計の場合はCHOPARDという一流ブランドと組んで、ショパールで売ってくれるので、これは本当にラッキーでした。
−−腕時計の商品化はショパールからの提案だったのでしょうか。
山田:どっちがどっちというわけではなく、はじめ、ショパールが日本法人を立ち上げたときに、その日本法人に知り合いがいたんです。向こうは向こうで話題になる商品が欲しいし、うちは前から宝飾関係の漆をやってみたいということもあって、もしかしたら奇跡的に企画が通るかもしれないと。それで本当に通りました。
日本でも人気がありましたが、2年前から世界販売に切り替わって、ケタが違ってきました。大ヒットどころの騒ぎじゃないですね。リーマンショックで大変だったから、助かりましたよ(笑)。すごい自信になりましたね。今でも世界中の人のバックオーダーをすごく抱えているんですよ。
−−すごいですね。たしかに、日本人よりは外国受けするのかなという印象はありました。西洋の人は漆の黒に惹かれるみたいですね。
山田:そうですね。先ほど色は顔料で出すと言いましたが、漆の黒だけは違います。これは顔料の黒ではなく、酸化の黒なんです。漆が酸化して真っ黒になるんです。
−−セーラーの万年筆も同じような流れだったのでしょうか。
山田:これも作りたい企画の1つでした。もともと私が万年筆が好きなことと、セーラーさんと会う機会があったので、企画書を持っていったことがきっかけです。私自身、作りたいモノは100案くらい持っているのですが作れば良いというわけでもないので、何か縁があったときにすぐに提案できるようにしています。
実は、蒔絵の入った万年筆は昔からありまして、日本よりも世界で評価が高い。蒔絵の万年筆は歴史をみると意外と作家ものが多く、アートに近い作品が多いです。
うちみたいな企業ブランドで出しているものはすごく少なかったので、そこにビジネスチャンスがあるんじゃないかって話が1つと、蒔絵の万年筆というのは美術品的なものが多かったので、うちらしく、普通の人が自分のために使う、そういう万年筆を作るというコンセプトで提案しました。せっかくだからカフスも同じ柄で作り、腕にカフス、胸に万年筆、そんな人が1人でも増えたら嬉しいみたいな。
−−ビジネスマンにも蒔絵の魅力を伝えたいお気持ちなんですね。
山田:ビジネスマンというよりは、漆が好きですと言ってくれた人に対してですね。お椀とお箸で終わりというのではつまらないので、そこで万年筆もいかがですかといったビジネスが良いなと思います。漆が好きだと言ってくれる人を増やすというのも大事ですし、好きだと言ってくれる人にもっといろんなものを提案できる、そういう会社になりたいと思っているんです。
−−漆や蒔絵を軸に、製造はいろいろなメーカーとコラボレーションというビジネスですね。
山田:食器以外はコラボレーションを念頭にいれています。流通品を買ってきて塗って売ることは簡単ですが、それではブランドになりません。ステーショナリーはちゃんと売りたいじゃないですか。時計も宝飾ブティックに置いていただいてダイヤの時計と比較してこれを買ってくれるのが嬉しいです。
−−一方で、店頭にある商品は女性が手に取りたいと思わせる小箱などが多いですよね。
山田:そうなんですよ。私が欲しいものは男性系になってしまうので、女性が欲しいと思うものは、やはり女性じゃないと作れないんじゃないかなと思っています。そこは、来年、再来年くらいからテーマになってくると考えています。
男性はブランド指向もありますが、「モノ指向」が強いじゃないですか。だから、宝石作っても、うちが海外の宝石ブランドに勝てるとは思えませんが、万年筆などは男性の琴線に触れやすいですね。
−−その観点で言うと、デジタルガジェット系のiPhoneケースとか、男性は割と好きなのでは。
山田:ウチでも作りましたが結構売れましたね。女性用の赤と男性用の黒を作って、すぐ在庫が切れました。圧倒的な早さで売れましたね。プラスチックに塗って、印刷もスクリーンです。スクリーンと言っても、漆をスクリーンにして、金粉を蒔いています。蒔絵というのは、漆で絵を描いて金粉を蒔くので、これも蒔絵ですね。そういう意味で、ネットはジャンル関係なく提案できるので便利です。
●漆の展開と可能性
−−漆器の魅力をメリット、デメリットを含めて、まとめていただけますか。
山田:漆器は範囲が広くてですね、まず塗装という意味での漆があります。ケミカル塗料ではなかなか出せない深みがあります。我々は「肉持ち感」というのですが、薄っぺらくないのが良いんですよ。ですが、例えば、携帯電話のボディ用に試作をしたのですけれど、メーカーの求めている耐久テストのハードルが高すぎて、クリアできないです。いわゆる対紫外線にどれだけ強いのかとかそういう数字武装をされると、限界があります。また肉持ちがある分、エッジの効いた塗装はできません。また、乾くまでの時間も長く何日という日ベースでかかってくるので、その間に埃がついてしまう可能性も残ります。工程の長さもコストに反映されますが、むしろ歩留まりの悪さがコスト高につながってしまいますね。
−−精密機器になってしまうと肉厚が逆に精度の問題になってしまうのですね。
山田:ナチュラルな塗料なのでどうしても限界はありますね。一方、魅力といえば蒔絵です。ショパールの腕時計の成功、これは蒔絵で買っていただいているわけで、蒔絵にはいくらでもビジネスはあると思います。
−−先ほど常にアイデアを100案くらい用意されているとおっしゃっていましたけれど、今お話いただける範囲で、具体的な展開はありますか。
山田:今、具体的に動いているものはお伝えできませんが、ショパールの時計で面白いと思ったのは、200万円弱という価格で、我々から見たら当然高いですよね。でも時計の世界は、500万円、1,000万円という世界ですから、漆の最高の努力、仕事をしても、時計の世界では普通なんです。
それがすごく新鮮でした。漆業界では「ダントツ高過ぎる」って笑われるような値付けです。
宝飾の世界は、ウチがいくら努力したって1つのダイヤより安いわけですから、だから結構勝てるんじゃないかなと思うんです。ようするに、元々単価の高い世界に参入して、そこで最高の仕事をしたいと考えています。重箱で300万円は今の時代なかなか難しいですが、時計を作ったら称賛されるわけです。
今、せっかく時計と万年筆があるので、あとは縁があればということですね。いくつか海外企業とのお話もあるので、そういうことが本当に実現していけばよいなと考えています。
−−漆の魅力は国内メーカーよりむしろ海外企業に響くのかもしれませんね。
山田:特徴的かもしれないですね。やはり、日本の企業は保守的ですよ。宝飾の人とかも、あまり持ってこないですね。
−−冒頭におっしゃっていたデイリーの食器系と、そして高付加価値製品、この両面でビジネス展開をされていかれるわけですね。
山田:そうです。ただ、売上げの95%はデイリー系なので、基本的に今までのビジネスも日々強化しています。
−−いろんな可能性が秘められていて、漆は非常に面白い素材ですね。
山田:いろんな工芸品の中で、漆器屋でよかったと思っています。陶器屋に比べるとマーケットの規模は50分の1とかかもしれませんが、陶器やガラスの場合は意外と他の分野に展開しにくい素材だと感じています。漆であれば宝飾もいけるし、楽しい、夢がある素材だと勝手に思っています(笑)。漆器屋でそんなこと言っているのは私くらいなのかもしれないですね。
−−pdwebの読者は学生も結構多いので、素材に対する興味関心は非常に高いと思います。漆器の業界について、読者にメッセージはありますか。
山田:弊社においでとは気安くは言えないですけれど、漆は面白い話がいっぱいあるんです。例えば、漆は漆の木の樹液ですが、木の名前って、木へんから始まるのが普通なのに漆は三ずいから始まるんです。ですから、元々は水なんですよ。漆は石器時代から使われています。何千年、土の中に埋まっていても漆だけは腐らないんですよ。不思議なんですよね。
漆が科学反応で硬化するのを「乾く」と言うのですが、漆は乾いても強いですし、職人と話すたびに知識が増えて面白いです。デザインという観点からは、やはり漆器は過去を勉強して、過去を消化して次へいかないといけないと心から思っています。
−−ありがとうございました。
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