特集「素材とデザイン」では、特定の「素材」にこだわったモノ作りを行っているデザイナーやプロジェクトリーダーにご登場いただく。第8回目は石素材によるステーショナリー、オーディオ製品「AZiSブランド」を展開するデザイナー、石川康彦氏に話を聞いた。
株式会社ダイテツ
http://www.azis.jp/
石川康彦
http://www.ishikawa-d.jp/
●AZiSブランドとは
−−まず、AZiSブランド誕生のきっかけからお話しいただけますか。
石川:四国の香川県高松市で庵治石(あじいし:黒雲母細粒花崗閃緑岩。日本3大花崗岩の1つ。世界でも高く評価されている石材)の加工を行う会社、ダイテツの大久保社長が、今までの石屋の範疇を超えた新しい製品展開を検討されていて、知人を介してダイテツさんを紹介されました。私も10年くらい前にけっこう石を使ったデザインを行っていたので、興味を持って、具体的に庵治石を使ったデザインを考え始めました。
−−そのときからオーディオ製品を意識されていたのですか?
石川:最初はインテリア寄りの発想でした。工芸的に、生活の中に庵治石を入れたいと思っていたので、キャビネット、ドアノブ、取っ手、ブックエンド、テーブルなどのアイデアを持って、ダイテツの大久保社長と打ち合わせしたのですが、ダイテツの方向性としてはもっと工業系の製品展開だったんです。そこでインダストリアルとして石を使ってデザインするならと、工芸的な考え方のデザインはとりあえず一回全部捨てたんです。
工業系ということは、規格を作っての展開になるので、製品を作るための元となる規格をまず具体化していきました。サイズ、斜めに置くときの角度などの統一規格を作り、それに則った製品が「Phoneスタンド」「Tabletスタンド」になります。さらにそれを一歩拡げたのがオーディオ製品群です。この開発と並行して、メガネスタンド、テープカッター、USBスタンドなどを生み出しています。
−−最初は生活、家屋の随所に溶け込むような提案をしたけれど、ダイテツさんのご意向としては大量生産モノを希望されたということですか。
石川:量産というほどの量まではいかないにしても、そういう考え方で、工芸品じゃなくて工業製品を作りたい…その気持ちはとてもよく分かりました。とにかくAZiSとしての規格を作らないといけないので、まずそこからスタートしました。
−−基本の石のブロックがあって、そこにアタッチメントを付け替えることによって用途を広げるという発想ですよね。
石川:そうです。基本のブロックから、いかにいろいろなモノを発生させるかということです。
−−ブロックの規格を作ったのは、石自体をいろいろな形に加工するのが大変ということですか。
石川:規格を作る最初の段階から、iPhoneやiPadなどのスタンドを作ろうという計画があったので、iPhoneを乗せたときにバランスのいいサイズを優先しました。iPhoneありきです。ブロックは84ミリ角ですが、その大きさがちょうどいいなと。石には寸、才など、独自の寸法があるんですが、そういうことは無視して、AZiS独自のサイズで84ミリ角に決めました。iPadだともうちょっと横が長いほうがいいので、100ミリですね。ただ奥行きは84ミリです。基本は84ミリ。
●庵治石の魅力
−−AZiSブランドは、いつ頃から立ち上がったのですか?
石川:始めたのは2009年ですが、展示会に出したらどうですかという意見も出てきて、約半年くらいで、2010年のインテリアライフスタイルに出展しました。そのときにオーディオ製品の形がおぼろげながらできていました。
−−最初の規格を作った段階で、応用編にはいろいろな製品が頭の中にあったということですよね。
石川:そうですね、実は最初はオーディオはなかったんです。iPhone、iPadのスタンドができたときに、これなら音を出したい、オーディオが欲しいね、という意見があって、それでオーディオ製品作りに入っていったんです。
−−そもそも石を使った規格の製品群を検討された時点で、狙っていたターゲットはどういう層ですか。
石川:庵治石は日本で一番高級な石です。30センチ角で10万円というような石で、非常に高価です。それを使って作る製品なので、半端なものは作れないと今でも思っています。なので、必然的に低価格帯製品は作れないという気持ちがあります。石以外の素材も全部削り出しなど、本物の素材を使っています。
−−高価な石を使った最高の製品ということは、必然的にターゲットは富裕層ですか。
石川:お金持ちというよりは、自然素材をインテリアの中に持ち込むことで、生活空間を楽しめる人に買っていただきたい。
−−お金のあるなしではなく、自然との調和的なライフスタイルを好む人に向けたいということですね。そこに価値を見いだせる人。AZiSブランンドを通してターゲットは同じですか。
石川:そうですね。好きと言ってくれる人。形状的にコンセプトが近いので、1つ買うとこれも欲しい…そういうふうに揃えやすいような製品にもなっています。
−−AZiSはお洒落な空間に置きたくなる、置いてほしいという感じですよね。
石川:でも、あるときに和室に持っていったことがあるんですけど、意外と合うんですよね。どこにでも置いていただいて、暮らしが気持ちよくなれば、それは嬉しいことです。こういう場所に置いてほしいということは特にないですね。
●ステーショナリーのシリーズに関して
−−石に金属アタッチメントを組み合わせるデザインのアイデアはどのへんから生まれたのですか。
石川:石そのものを加工しただけの製品では、石の質感だけになってしまいます。石はいろいろな質感と合わせると、とてもきれいでかっこいいんです。切削してある金属と組み合わせたり、塗装した金属と組み合わせたり、ゴムを入れたり。そういう風にいろいろな素材が交わって1つになると、完成度がとても高くなります。
−−組み合わせている金属はなんですか。
石川:アルミが多いですけど、ステンレス、鉄など、使う用途によって材質を変えています。
−−販売はWebが中心のようですが、オーダーが入れば作って納品といった流れなのでしょうか。
石川:製品によって、すぐに出荷できるモノもあります。パーツはストックしていますが、そろそろなくなりつつあるものもあります。
−−採算ラインは1タイプ何台とか決めているのですか。
石川:例えば、デスクトップオーディオは、50台ぐらいを1ロットにしています。石によるモノ作りもそれに近く、そういう単位です。1,000のオーダーには対応できません(笑)。
−−石以外の金属アタッチメントなどのパーツは外注ですか。
石川:そうです。AZISを理解してくれる協力会社とコラボして作っています。Tabletスタンドのアタッチメントはロストワックスで作っています。また、5メートル程のオリジナル形状の押し出しアルミ材に加工を加えて、石を保持するスタンド部分を作っています。切削加工にしても用途に応じて仕上げのツールや処理が全然異なります。
−−石のベースに対してこういったアタッチメントはいろいろな考え方ができるということで、作っていて楽しいですよね。
石川:面白いですね。だから趣味に走っちゃう(笑)。
−−規格が決まっているので、アセンブリはそんなに難しくはないのでしょうか。
石川:と思っていたら、予想外に難しかったですね。ステーショナリー系はダイテツの方でも組み立てているのですが、オーディオの配線などは単純に組むだけというわけにはいかないので、それはこちらサイドでこれからも製作すると思います。
−−ちなみにステーショナリーでいうと、石のベースに溝を切ってネジ留めをする程度の工程ですか。
石川:ナット用の取り付け穴を空けなければいけないので、裏側にも1つだけ石に穴を空けますが、簡単そうですが難しいです。例えば穴の位置が、0.3ミリずれたらネジはもう入らないですから精度がけっこう求められます。ネジ2本で固定する場合、垂直が完全でないと、パーツが斜めに取り付いてしまいます。
−−実はシビアな精度なのですね。
石川:現在の石の加工精度はコンマ1とかコンマ2ぐらいの精度です。普通の工業製品から見れば10分の1ミリですから、それでもずいぶん荒いですが、石屋さんの感覚だと1分が3ミリなので、3ミリ単位のものの中で0.1ミリを求めるな、という話でした。無理と言われました(笑)。今では安定して0.1mmの位置精度が出せています。
−−それぞれのステーショナリーのアイテムに関して、何か愛着などありますか。
石川:モノ作りの発想的には、日常的に不便を感じていることを意識しています。いつも鍵をどこに置いたか分からないようになってしまうのでキーホルダーを作ったり、万年筆が好きなので、置いたときに美しく見える横置きのスタンドを作ったり。万年筆を横にして日本刀の様に数段並べたときに、それぞれが水平でないと美しくないので、ペンの受けが0.5ミリずつ高さ調節できるようにしています。なにしろ万年筆は上下で太さが違うデザインが多いですからね。普通に置くとみんな斜めになってしまいます。
−−なるほど、細かいですね。キーホルダー、USBストッカーなどさまざまな製品企画は、ダイテツさんとの会議などで決まるんですか。
石川:基本的には私が欲しいと思うものを提案しています。それに大久保社長の意見が加わってきます。大久保社長もグッズ好きです。他の人からの提案も、面白いものがあれば、活かしています。基本は、好きなもの。だからマーケティングはないですね。
「それ売れないでしょう」「うん、売れないね」と言って素直に諦めるときもあるし、それでも作ってみようというのもある。モノは作るところから始まるので「売れる、売れない」という尺度と同時に「作りたい、作りたくない」という尺度もあります。どちらの尺度で考えていくかは企業の姿勢ですね。確かに売れないものを作ってもしようがないですが、幸いなことに1個売れないものを作ったら倒産ということでもないですし、その中から次のテーマも出てきます。そういう側面は許してもらっています。ありがたいですね。
−−マーケティングを優先すると、作り手はある意味オペレーターになってしまいます。でも、自分が作りたいものを作るというのは、実は使いたい人が最低1人はいるということでもありますね。
石川:そうですね(笑)。インテリアライフスタイル展で、来場者からこういうのが欲しかったと結構言われるんですよ。それが即売れるかというとそうでもないですけど。でもそういう意味では、いいと思っている人が潜在的にいるのは分かります。特に外国人はすごく興味を持ってくれます。
−−お客さんはAZiSのどこに引っ掛かるのでしょう。
石川:「分からないけど、かっこいい」って言ってくれます。
−−石川さんのデザインはわりと無国籍ですし、既存の概念に縛られていない。そこが魅力でしょうか。
石川:多分企業がモノを作る際、工場、機械、材料サイズ、人など、いろいろな制約があるんですよ。クルマでも「こういう形」といったときに、うちが使っている板金でこの製造ラインだとこれは無理じゃないかとかいう話があるはずです。その括りを越えようとすると外注に出さないといけないという話になって、そうすると製造が難しくなる。なので、やっぱりその会社の独自の形というのがそういう方面からもある程度は出てくるとは思います。今は工作機械もより自由度が高く精度も高いし、そういう縛りは少なくなってきていると思います。それにしても過去の生産設備から決まってきたいろいろな規程は、どうしても引きずらざるを得ないケースも多いでしょう。
−−流用はどうしたってありますよね。特に大企業の新製品などは、そこから踏み出せない面を感じることがあります。
石川:大企業には作れないものがあると思うので、その辺をこちらで提案できたらいいなとは思います。多分、AZiSはそれができます。
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