●インターフェイス、機能などについて
−−デザイン面で他に気を配った点を教えてください。
平野: 兼用すべきキーとダイレクトに独立させたほうがよいキーを 詳細に吟味した結果、この キーの数とレイアウトにたどり着きました。
鈴木:たとえ操作に迷っても一旦ホームに戻ってもらえれば一目で機能が分かるようになっています。もちろんホームに載っていない機能もいろいろありますが、たとえばノイズキャンセリング機能のオン/オフなどミュージックプレーヤーとして音楽を楽しむための基本的な機能は表面部分に置いてあるのですぐにアクセスできます。また、親指で手軽に音量が変えられるように親指を運びやすい本体の右側面にボリュームのアップダウン機能を設置してあります。
−−ポケットの中でも迷わずに調整できますね。
平野:ええ。手探りで音量を変えられるというのもウォークマンの便利な特性の1つだと言えます。
鈴木:混んだ車内でわざわざポケットやカバンから本体を出さなくても音量を変えられるか変えられないかで、意外と便利さが変わりますよね。
●スピーカー付属モデルも好調
−−ウォークマンはデザイン的に調和のとれた専用スピーカー付属のモデルもありますが、スピーカーだけ後から購入できるのでしょうか。
鈴木:いえ、購入時にスピーカー付属のモデルをお買い求めいただくかたちです。ちなみにこの付属スピーカーにウォークマン本体を設置すると充電が行えます。また、電源がとれない環境下でも、ウォークマン本体のバッテリーを使ってスピーカーから音楽を再生できるので、たとえば屋外でバーベキューをするときなどに手軽に音楽が楽しめますし、中高生だったら部活の練習などで使うことができますので、とても評判がいいです。
−−単体とスピーカー付属セット、どちらが売れていますか。
鈴木:2009年まではウォークマン本体のみを選ぶ方がやはり多かったようですね。ただ、2010年に入ってからは平均すると半々になるくらいまでにスピーカー付きを選ぶ方が増えているようで、スピーカーへの評価が高まっているとマーケティングから聞いています。
−−ビデオ再生機能についてはいかがですか。
鈴木:こちらも使っている方は結構いらっしゃるようですね。というのは「おまかせ転送」という機能がついているおかげで、ブルーレイやプレイステーションなどで録画した映像をウォークマンに高速転送できるのです。こちらの機能も2009年あたりから、かなりユーザーの方に支持していただいているようです。
たとえば録りためた映画や語学学習の映像を外に持ち出して手軽に見られます。デジタルノイズキャンセリング機能を搭載してるので、どこでも快適に良い音で視聴できることもメリットですね。
平野:機器連携が良いという点でも評価が高まっているみたいです。また「Crisp Separation」や「Three Circle」といったテーマは、実際の使われ方も意識して、縦と横のどちらでも違和感なく使っていただけるデザインとなっています。
●ワークフローについて
−−デザインのワークフローについて伺います。まずは平野さんがイメージスケッチを描くところからスタートして、プレゼン、モデリングという流れですか。
鈴木:ベースとなるデザインがフィックスするまではデザイナーである平野が行い、それ以降の設計とのやり取りや変更が入ってくる段階からはオペレーション担当も交えて進めました。
−−手描きスケッチ後はそれをIllustratorなどで起こしたのでしょうか。
平野:そうですね。作業的にも早いのでIllustratorで展開して2Dベースで審議をして、ある程度絞られてきたところで3Dに入っていくわけです。
−−最初の3D化も平野さんが行ったのですか?
平野:ええ、そうですね。ざっくりとは私がモデリングしましたが、社内に専門のモデラーがいるので最終的にはバトンタッチしました。
−−モックアップなどはどうされました。3Dプリンタなどを使うのですか?
平野:そういう場合もありますが、プリンタではディテールが見られないので、あくまで物量感を見るためですね。今回はモノが小さく微細な面が重要なキーとなる造形だったので、もう少し固い素材でモックアップを作って実際にリフレクションを確認したり、触りながら審議するという形をとりました。
−−やはりある程度の精度のモデルで検証することが大事になるわけですね。
平野:ええ。形を決める段階ではソフトモックを使って検討を重ねます。並べてみると同じに見えるモックですが、どれも手に持ってみると違いがあります。手当たりの良さやより軽く薄く見える 形状を目指して微妙に形や角度を変えたソフトモックをいくつも展開して、それらを実際に手に持ってみながら形を絞り込んでいきました。
●カラーバリエーションについて
−−Sシリーズのカラーバリエーションは8色展開ですね。
鈴木:昨年のSシリーズはノイズキャンセリング機能を搭載したタイプと非搭載のタイプがあり、それぞれ別モデルとして4色ずつの展開でしたが、今回はすべてにデジタルノイズキャンセリング機能を搭載しています。これにより、機能の差を気にすることなく、全8色の中から好みの色を選んでいただけるようになりました。色数が増え、それぞれの方向性に幅をもたせることができたので、よりターゲットユーザーにつながりやすいバリエーションを展開することができました。
−−8色のうちピンク色が2種類ありますね。
鈴木:ええ。若い学生さんに調査を取ったところ、とくに女子高生から「友達とカブるのが嫌だ」「あえて友達とは別の色を選んだ」という意見が多く聞かれました。また、その調査を通して、今の自分の年齢に見合った色を選ぶ人と、実年齢より少し大人びた色をほしがる人との差が大きいことも分かりました。
たとえば、高校3年生くらいになると「来年は大学生だからもう少し大人っぽいものを身につけたほうがいいのかな」という意見も聞かれました。そうした意見は我々にしても非常に新鮮な意見でしたし、そこは無視できないと思い、あえてやや大人っぽい女性らしいライトピンクと若者らしいビビッドピンクの2種類にしました。
平野:ライトピンクはやはり女性を意識した色ですが、他の色はどれも女性でも男性でも選んでいただけるカラーになっています。今の若い世代のファッションは女性的、男性的という色の区別があまりなくなってきていますから。男性がピンクの服を着るのも普通ですよね。
−−同じ色でも、ボディ素材のアルミ部分とABS部分では色調が異なりますね。これも狙いですか?
平野:ええ。合わせようと思えば合わせられますが、これも狙いですね。色の濃淡だけではなくて色相もわざとずらしています。
鈴木:きらっと光る、にぎやかさみたいなもので一味違うキャラクター性を表現しています。若い人のファッションは重ね着をして色や素材の組み合わせを楽しむ着こなしが多いので、そういう点を意識しました。
−−そうした若者の感性のリサーチはどのように行ったのですか。
鈴木:今回のSシリーズについては、若い方々に集まってもらいヒアリングをする場を一度設けました。たとえば、前のシリーズや他社のモデルを並べてどれが一番好きかを選んでもらい意見を聞かせてもらいました。
ただ、それはいわゆる定量的な調査というよりもむしろ 感性的な部分に重みをおいた調査で、つまり、いわゆる突出的な意見をひっぱってみるための調査です。その中から先ほど話した「友達と色がカブるのは嫌だ」などの意見が出て来たので、それらを吸い上げて開発をしていきました。
−−定量的なマーケティングでは本質が見えにくいこともありますからね。
鈴木:平均点を取るよりはむしろキャラクターをどう立てるかということが今回は大事だと思っていました。
●デザインでのこだわり
−−デザイン面で苦労した点はありますか。
鈴木:Sシリーズは前モデルの評価が高く、また、引き続き中高生をメインターゲットとすることも決まっていましたので、そのなかでどれだけ違いを出すかが難しい部分でしたね。でも結果的にしっかりと違いのあるものができ、バリューも一段ステップを上げたものが仕上がりました。
平野:細かい部分ですが、実はこのモデルは前のSシリーズより正面から見たときの縦と横のサイズが本当に若干なのですが大きくなっています。
−−「小型化」がキーワードとなっている現在のモバイルプロダクト市場において、サイズを小さくすることは宿命なのかと思いましたが、そこには縛られなかったですね。もっともすでに十分小さいですが。
平野:やはり商品の進化として小さくしていきたいという思いはありましたが、一番良いバランス、最も 美しく、心地良い形について検討を重ねていく過程でたどり着いたのが若干サイズを大きくするということでした。
鈴木:ほんのわずかな数字にこだわって我々が目指している手馴染みの良さを我慢するよりは、やりきったほうが良いだろうという結論になりました。
平野:サイズだけの問題ではなくて、狙ったターゲットにきちんとミートさせるということにこだわった結果でもあると思います。
−−手馴染みというアナログな感覚を、具体的に落とし込むのは、デリケートな作業なんでしょうね。
平野:それは先ほどもお話したように最終的なフォルムに決めるまでのモックアップを使っての検討工程ですね。 見た目にはわずかな差しかありませんが、最終形状と検討途中のモックアップを持ち比べると感触の違いがはっきりわかります。
−−たしかに完成型のほうが滑らかです。指先に堅い感じが残ると少し強い印象になると思ったのですか?
平野:やはり角感がないほうがすっと手に馴染むと思いました。そうした微妙なチューニングにはかなり時間をかけました。
−−今回のモデルは現段階での1つの完成型になったという印象がありますが、今後の展開としてはこれをベースに時代に合わせて変化をつけていく方針ですか。「Crisp Separation」と「Three Circle」を大事に育てるといいますか。
鈴木:そうですね。ただ今後もモデル構成は変わっていきますので、モデルによってはそこも変化していくと思います。たとえば、2009年まであったXシリーズはタッチパネルなので「Three Circle」ではありませんでしたから。目的にあったデザイン開発をこれからもやっていきたいと思っています。
−−本日はありがとうございました。
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