●G1とGF1のデザインコンセプト
−−デザイナーとして、中村さんがマイクロフォーサーズのコンセプトを最終的な形に落とし込むときには何を考えられたのですか。
中村:G1からGF1まで基本的に考え方は同じです。端的に言うと、コンパクトカメラで評価をいただいている気軽さや簡単、安心撮影に、一眼カメラの高画質や所有する喜び、レンズ交換できる拡張性をプラスして、古典的な一眼レフのスタイルから脱却をしたいということです。「大きい・重い・黒い固まりで難しそう」は絶対にやめたい。ボディをコンパクトにできる特徴を生かし、基本はユニセックスデザインで、今までにないニューテイストに挑戦したいということでした。キーワードは「スタイリッシュ一眼」です。
−−第1弾のG1は今までの一眼レフカメラのイメージを大事にしながら、カメラとしての記号性と新しさの両方を満たそうという考えだったのですね。
中村:ただどちらかといえば、若い世代の男女を想定していました。
−−ではG1がこの形になるまでに、中村さんはイメージをどのように固めていったのでしょうか。
中村:G1は光学ファインダーの制約がないということで、デザインの自由度が出てきます。そこでコンセプトモデルをいくつか作りました。やはりユーザーさんには「高画質とは一眼スタイル」「中央が盛り上がっている形」みたいなイメージがあります。そこは大事にして、G1をきわものにはしたくなかった。
ただ、そういった中でも、通常の一眼レフではないカラーバリエーションの展開、フォルムやディテール、コンパクトながらきちんとした操作性やグリップ性の確保にはこだわりました。色展開は当初から考えていて、カラーモデルも上部を黒く残しました。通常はボディ全部が赤や青だったりしますが、私はシリーズの個性を残していくということも考えました。
−−G1は渋めの赤のボディが斬新でした。
勝浦:この色があるからG1を買ったという方もいらっしゃいます。
−−ちなみにG1のボディの素材は何ですか?
中村:カーボンアロイ(カーボン入りの樹脂)です。金属だとこの形がなかなかできません。
それと、G1には通常あるグリップラバーがありません。ボディ全部をラバー塗装しているので、全体がグリップの機能を持ちます。そこも含めて、オーソドックスな形なんだけど新しい次世代の形、デザインができないかなということを意識しました。
マイクロフォーサーズの一番大きなポイントはサイズだったので、その「サイズを本当に追求したらどうなるか」を行ったのがGF1です。
勝浦:GF1は、G1があったからより冒険もできたということです。ファインダーは必須という方にはG1があって、そのバリエーション、面展開としてGF1を用意することで、コンパクトデジカメからステップアップできる要素も広げていけるかなという感じです。
−−G1からGF1にいく過程で、違った形のGF1のアイデアもありましたか。
中村:マイクロフォーサーズはデザインの自由度が高いですが、本物感は追求していきたいので変な形はやりたくない、王道をいきたい、というのはあります。
勝浦:カメラとして使いやすいという基本形はありますから。
−−あくまでもカメラとしての王道ですね。GF1の広告は『ファッション・ムービー 一眼』と言っていますが、そのキーワードは最初からあったのですか。
中村:ないですね(笑)。
伊藤:モノ作りではカメラの品位をしっかり追求していかなければいけませんが、実際にマーケティングとしてはパナソニックの特徴や、Gシリーズ自体を広く受け止めてもらう新規市場はどこなんだろうといったときにやはり女性だったので、女性に響くような広告コピーになりました。
−−モノ作りに関してはデザイナーさんにお任せで、できたものに対してマーケティングしていくということですか?
伊藤:製品開発は、どの部門も同じ情報をきちんと共有していて、最終的に狙っていくところも共有しています。そうでないとプロダクトアウトの製品になってしまいますから。それを受けて、もっともっと絞り込んだマーケティングを行っているという流れですね。
中村:最初から「スタイリッシュ」と「コンパクト」というキーワードはありましたから、そこを目指してやりました。そして出来上がったモノに対して、カラー展開も含めてマーケティング部門にそう感じてもらったということで、全然違和感はないんですよね。
−−マーケティング側から、例えばこんな色が欲しいというようなりクエストはあったのですか。
中村:GF1のホワイトはそうですね。
勝浦: GF1では赤と白を生かそうというのがありました。ホワイトは、お客さんからもマーケティングサイドからも意見がありましたね。コンパクトモデルですでにホワイトが好評でしたので。
−−G1が樹脂でGF1のボディはアルミですが、素材はカタチの複雑さなどから選定するのですか。
中村:まずはその商品の位置づけです。どのような商品にしたいか、後はボディ形状、サイズと強度です。そのほか質感や色展開しやすいかどうかなど、いろいろな要素があります。
勝浦:G1の形を金属で作るとなるとマグネシウムなど非常に高価なものになります。GF1はフラット形状であり、高級感も考えて金属しかないということで最初からアルミで考えていました。
中村:これも通常のアルミより硬く厚いアルミで、通常のコンパクトデジカメで使っているアルミではないです。塊り感というか、ずしっとくる感じはありますよね。
−−軽すぎてもいけないし、重さのバランスも難しいですね。GF1は2009年度のGマークのベスト15に選ばれましたが、選ばれたポイントはどこにあると思いますか。
中村:「デジタル一眼の新しい姿はこうあるべし」というところでやってきたという部分ですかね。世界最小、最軽量、しかもスタイリッシュ、要するにノスタルジックではないというところですね。
−−スタンダード感と新規性はバランスが難しいですよね。GF1はスタンダード感があるのだけどどこか新しくて、すごいと思います。
中村:そこが一番悩むところです。短いですが我々のLUMIXの中で培ってきたもの、評価を得たもの、そういうものの積み重ねが1つ。それと、マイクロフォーサーズをダイレクトに形に表わすというところのバランスでしょうか。もちろんカメラなので基本的な使い勝手などは押さえておかなければいけませんし、そういう微妙なバランスかと思います。何が何%ずつという振り分けはなくて、デザイナーそれぞれの感性です。
−−パナソニックはノートPCの「Let's note」シリーズも頑固なまでにデザインを変えませんが、デジタルカメラでも同様にパナソニック製品にはロングライフデザインを感じます。LUMIXも1本筋が通っているように思いますが、作り手側にキープコンセプトという意識はあるのですか。
中村:それはありますね。LUMIXの基本コンセプト「スタイリング」「ハイクオリティ」「ハンドリング」の3つのキーワードは変わりません。デザイン開発では、デザインコンセプトはいろいろ検討しますが、一番最初に選んだコンセプト、商品デザインはをずっと続けています。例えばレンズの価値感や、カメラシルエットにこだわる点、操作性、仕上げの部分など。すごく基本的な部分ですが、それも普遍的なものなので続けるようにしています。個々の機種のターゲットの違いなどで味付けの部分は変わりますが、基本的にはみんな同じです。
−−Let's noteが10年経っても変わらないのは逆にいうと変えようがないということで、LUMIXもデビュー作を進化させていくということなのでしょうか。
中村:「FX」や「FZ」、「TZ」「LX」もそうですね。基本的に最初のものとイメージは同じです。
勝浦:熟成させていくような方向ですよね。
−−トレンドを追いかけて1世代で消費されてしまうパターンも多いですが、しっかりと残りつつ次の展開をされていますよね。
中村:経営としては、売れなければ次は別のデザインを要望しますよね。LUMIXの場合、特にFXシリーズは、手ブレ補正や広角レンズ、iAなど、業界の中でもわりとエポックメイキングな機能をタイミングよく出せたことが、ロングライフを続けられた1つの要因だと思います。基本的なデザインの良さもあったと思いますが、何より、LUMIXのデザインを創りたいという想いが強かったのも事実です。
●スケッチ、設計、試作の流れ
−−最後に、モノ作りの流れを教えてください。
中村:基本的にはIllustratorでいくつかデザインアイデアを描きます。手描きスケッチは自分のアイデアメモなので、それで議論することはなく、Illustratorなどのレンダリング画像をいくつか提案して議論を進めます。
そしてコンセプトモデルを作成、これが商品、デザインの目標値となります。
そこで方向が決まればデータを設計に渡し、設計の中身を含めて検討してもらいます。通常はそこに図面が必要なんですけど、Illustratorの3面スケッチで設計にあたってもらいます。もともとLUMIXを立ち上げるときには、しばらくはデザイナーは私一人でした。人手がなく、図面の描く時間も無かったので、手早くということで、Illustratorのスケッチを渡すというやり方が習慣になり、それが時間短縮にもなっています。
−−設計やエンジニアの方とデザイナーのコミュニケーションはどのようになさっているのですか。まずは中身ありきなのでしょうか。
中村:まずはデザインありきですね。企画とのイメージ合わせを行い、コンセプトモデルを作成。設計の開発着手時にはこのコンセプトモデルからのスタートになります。あとは具体的な設計とのやり取り(バトル)が続きます。
−−それに対してデザインして「出っぱるよ」とかやり取りがあるのですね。
中村:設計とやり取りしながらファーストモック〜セカンドモックを作って、その間いろいろ試行錯誤です。モックアップ自体はモデルメーカーさんに依頼します。ずっと一緒にやってきたところなので、Illustratorの絵でモデルが出てきます。スケッチが図面代わりで「よろしく」と(笑)。
ここまでの信頼関係ができるまではすごく時間がかかりました。最初は「こんなんじゃできません」という話でしたから。そのうち「もうちょっとRつけてね」と言ったらイメージどおりのRをつけてもらえるようになったり、微妙なニュアンスが分かってくれるようにならないと、今のような仕事のやり方はできないです。それは設計とのやり取りも一緒です。
−−人と人との付き合いは大切ですね。
中村:デザイナーが考えていることに対して「このデザインいいね。いい商品やね、作ってやろう」という気持ちが設計者にわかないと、いいモノは絶対できないです。そういう積み重ねですよね。
デザインだけではこういう商品はできないし、設計メンバーが非常に頑張ってくれたと思います。フラッシュを左上部に収納しているのですが、この機構などは設計の頑張りです。
勝浦:機構がすごいですよ。最初は「本当にここにフラッシュが入るの?」という感じからスタートしましたけど、こだわってやってよかったですよね。
中村:本当にきっちりやってくれたという気がします。
−−思い描いていた通りのものになりましたか。
中村:目標値、商品のあるべき姿は共有化できていたという結果だという気がしますね。いい商品に仕上がっていると我ながら思います。欲しいな、これいいなと思いました(笑)。
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