●「EXILIM G」開発に至る経緯
−−初代EXILIM「EX-S1」が発売されたのは2002年でした。デビューから約8年経って、今回の「EXILIM G」の開発経緯から教えてください。
長山:身に付けてどこへでも持って行ける「ウェアラブル」というコンセプトでEXILIMを立ち上げた時点から、耐衝撃性、防水性という構想は抱いていました。その後、2005年にプロジェクトチームが発足しましたが、市場環境や社内でのタイミングが合わずに悔しい思いをしました。 ¨
しかし、Gショックを作ったカシオとして強靭でどこにも負けない耐衝撃と剛性感を達成すべきだと諦めずにいた結果、ようやくGOがかかったのが2008年の頭くらいのことでした。
−−満を持して「EXILIM G」の開発に結び付いたわけですね。開発にあたっては通常のモデルよりも時間はかかりましたか。
長山:耐衝撃、防水というキーワードをカシオなりに解釈して、それをEXILIMにどう当てはめていくかを再考するために、まずはどういう人たちがどういうシーンで使ってくれるだろうかを洗い出す作業から始めました。具体的には、趣味、遊びという領域のほかにスポーツ、アウトドア、建築現場、現場監督などのキーワードが挙がりました。
−−開発にあたって従来の腕時計の「Gショック」のコンセプトはどのように意識されましたか。
長山:Gショックらしさのデザインという意識は最後まで持っていませんでした。むしろ、Gショックがどのように作られていたか、「G」のコンセプトとは何かを改めて考え、どんなに過酷な状況でも機能する本物の強靭さというGショックの本質を追求しようという意識だけでした。
というのも、我々はあくまでカメラを作っているので、「カメラである」という概念がまずないといけないわけです。EXILIMというカメラに対してどう耐衝撃性、防水性を加えていくかが課題だったので、当然入り口は違うはずです。そうして最初に作ったたたき台のコンセプトが「スリーク(滑らかな/スマートな)&メカニカル」です。
−−日本ではあまりスリークという単語は聞きませんね。
長山:アメリカではメジャーな表現で、プロジェクト発足後に行ったアメリカ市場のリサーチでもよく耳にしていました。実際、滑らかでつやつやしているという意味に加えて、「あいつはクールだぜ」という時のクールに近い意味で「あいつはスリークだ」「非常にスリークなデザインだね」という表現としても使われていました。 ¨
だから、なめらかでシェイプが手にすっとなじんでいて、それが結果的に洒落ていたり、スマートな表情を持っていたりするというイメージですね。そうしたスリークな部分に耐衝撃、防水という機能的なタフネスが融合しているというコンセプトです。
●ターゲットユーザーとデザインコンセプト
−−その後は「スリーク&メカニカル」をたたき台としてさらに方向性を探っていったわけですね。この段階ではフォルム優先だったのですか。
橋本:EXILIMの既存の基板のサイズなどは頭の中にはざっくりありましたが、あえて設計のことは考えないようにしました。
長山:デザイン先行でしたね。まずはユーザー像や「EXILIM G」のコンセプトを社内全員で共有することが最優先だと考えて橋本と2人でカタログを作りました。
橋本:観音開きの手作りで社内用の限定15枚くらいだったかな。
長山: そこでは3つの世界観を打ち出しました。まず1つは「エキスパート」、仕事で使うシーンです。具体的にはレスキューや地底探査、研究、開発など過酷な状況でこのカメラがどこにも負けない強さを発揮する。しかもそういう状況において片手撮りが可能だったりと「ウェラブル」であるという点も満たしているので、エキスパートたちの仕事現場のニーズに適うのではないかと考えました。
2つ目は「スピリット」。これは趣味の世界を指します。ロッククライミングなどストイックに自分と向き合って打ち込むようなアウトドア要素が多い趣味ですね。ロッククライミングでたどり着いた頂上というのはその人しか見られない景色なわけで、それが簡単にパッと撮れるカメラがあったら素敵ですよね。また強靭なカメラなので腰にぶら下げて多少傷ついても大丈夫だろうというシーンを想定しました。
3つ目は「グルーブ」、いわゆるファッションの要素です。実は我々としてはこれが一番提唱したかったことでした。というのも、ファッションで選ばれるカメラが絶対的にあってしかるべきだと以前から思っていたのです。カメラはどうしても機能や目的重視で求められがちですが、実際はもっと気楽にファッション感覚で持てるだろうと。そういう意味で若者だとか遊びだとか、ノリという意味を込めてグルーブというキーワードを設定しました。例えばダンスやクロスバイクを楽しむ若者が技を競い合ったり、クラブで踊ったりするシーンでこんなカメラが存在し得るのではないかという、我々の期待を込めた世界観でしたね。
−−「仕事」「趣味」「遊び(ファッション)」の3ジャンルですね。
長山:そして、これらの世界観に横軸として共通するコンセプトとして考えたのが「Endurance」ということです。一言でいうと忍耐、持続、存続という意味ですが、そこには人が何かをする時にあらゆるものに耐えて生き抜く強靭な心という意味合いもある単語で、その人間的な意味が内在するという点が非常に響いてきたわけです。
−−従来ならこれらの3つのジャンルそれぞれが製品の対象になりそうですが、横軸となる共通概念を提案したというのが新しいですね。
橋本:このシーンとコンセプト作りが「EXILIM G」開発の幹になるのでかなり力を入れました。これがデザインだけではなく仕事の流れや最終的には売り方にまでつながっていきました。
−−企画段階では、従来ならプランナーや営業担当者が加わることが多いと思うのですが、それをデザインのお二人で引っ張った。
長山:デザインイニシアティブという言葉を使っていますけど、「EXILIM G」に関しては我々が先導しながらイメージを固めていきましたね。ただ、こういうものをやりたいという思いはもともと企画にも設計チームにもあって、それを具現化して説得していく作業を我々が具体的に提示していったということですね。
●デザインへの落とし込み
−−実際のデザインへの落とし込みですが、耐衝撃性、防水性という機能面とフォルムを現実的に融合させる過程には、苦労があったのではないですか。
橋本:挙げるときりがないですが、まずはデザインの骨組みです。この非対称フォルムが生まれるにあたっては人間がカメラを手に持つ時にどういう形であるべきか、あらゆるタフな状況おいても使えるとはどういうことだろうかを模索することから始めました。
−−とてもユニークな形状が特徴的です。
長山:具体的にはグローブをしながら持てるとか、バッとつかんだ時につかみやすい、一番フィットしてつかめるスタイリングとはどういう形だろうと考え、このような非対称のフォルムに行き着きました。
橋本:また、カメラはただ持つだけでなくて、持ち運ぶ時にさっと握ったり、ポケットに入れたりするシチュエーションも当然あると想定して、手に持ちやすくて下がすぼまっているイメージが浮かびました。結果、手元が広い先すぼまりで、横から見て楔形にすることで取り回ししやすくなるのではと考えました。
−−なるほど、ゼロベースからの発想ですね(笑)。
長山:非対称にすることで、落としてしまった場合も普通の四角形より力を分散させるのではないかとも考えました。それが正しいのかはその時点では分かっていませんでしたが、その後、設計が試作機を作って落下実験を重ねていく過程で、この非対称形が力を分散する上で効果的に働いたそうです。ガチガチに固めた強靭なものは落下した瞬間に中身がやられてしまうので、ある程度はやわらかく作る必要があって、落ちた時に壊れるところは壊していくというか、力を分散させないと結局カメラとして駆動しなくなってしまうわけです。
−−外装はステンレスですか?
長山:はい。それまでのいわゆる耐衝撃モノには周りをぐるりとラバー素材で包むという方法があり、確かに安心感がある外観ですが、今回は新しいイメージを出したかった。
橋本:実際の内部構造は耐衝撃、防水を兼ね備えた構造を完成させ、さらにステンレスの鎧をまとうような感じですね。
−−ステンレスに加え内部構造も衝撃を吸収する役割を果たしているのですね。カラーリングはブラックとレッドの2色展開ですね。
長山:実は当初はいろいろな色を作ったのですが、これは通常の機種みたいにバリエーションを作って「選んでください」とアピールする種類の製品なのかという疑問がよぎったのです。
−−最近のデジカメは、カラフルな5、6色展開が当たり前ですからね。
長山:でも、「Endurance」というストイックな世界にあって色バリ云々じゃないだろう、ストイックさを出した方が「EXILIM G」のコンセプトの強さと役割をより明確に伝えられます。そうして、「EXILIM G」のコンセプトを明確に表現している仕上がりを求めた結果最後まで残ったのがこのレッドとブラックでした。
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