●Sシリーズ開発の経緯
−−まずはデジタルオーディオプレーヤーの市場について伺います。ウォークマンのシェアがトップになったというニュースもありましたが、これまでアップルのiPodシリーズが市場を先行し、国内メーカーのシェアがなかなか伸びない時期がありました。デザイナーとしてそうした市場の動向をどう感じていましたか。
平野:まずウォークマンとして何をすべきかを考えたときに、よりキャラクター性を強く打ち出していくことが必要だと思いました。Sシリーズは中高生、大学生などの若い方々にフォーカスを当てたラインなので、彼らの文化にフィットするようなモノ作りをしようと。たとえばカラオケ機能を搭載したり、カラーリングも若者の重ね着ファッションをイメージしたツートンカラーにしたりと、Sシリーズならではの独自性を立たせました。
−−つまり、広く受け入れられるデザインを持つiPodシリーズに対して、ウォークマンはキャラクターを強調するということですか。
鈴木:ウォークマンの特徴として、複数のラインアップが挙げられます。Sシリーズ以外にもA、E、Wシリーズがあるので、それぞれのシリーズごとにターゲット層を明快に分けやすいという背景があるわけです。
−−ウォークマンのもう1つの主力ラインであるAシリーズと、今回のテーマのSシリーズの違いはどういう点でしょうか。
鈴木:Sシリーズは一番のボリュームゾーンですね。一方、Aシリーズは最大64Gバイトの内蔵メモリ、有機ELディスプレイの使用、デジタルアンプのS-Masterの搭載などハイエンドモデルとしてのスペックを備えているので、Sシリーズより本格派向けで、どちらかというと社会人がメインターゲットになっています。
−−SシリーズもAシリーズもデザインに共通性がありますが、基本的なデザインコンセプトは同じなのでしょうか。
平野:そうですね。SシリーズもAシリーズも、我々は「Crisp Separation(クリスプセパレーション)=はっきりとした分離」と呼んでいますが、ディスプレイ部分と「Three Circle」と呼んでいる操作部分をはっきりと区切るデザインです。
−−今まで、ソニーを含め他社のプロダクトは、音質面では優れているにも関わらず、いまひとつユーザーへの訴求力が足りなかった時期が長かった気がします。そうした音質だけでは勝てない部分を埋めるためにデザインを見直す必要があると感じていたのでしょうか。
平野:弊社も他社もとくにデザイン的に大きな要素でもある操作部分はいろいろな表情を持っていて、これという顔を持っていなかったことが市場で埋没してしまう一因だったと思います。
ですから、先ほどお話した「Crisp Separation」「Three Circle」を我々の顔にしていこうと、3代続けてこの2つのテーマを採用してきました。また、その表面処理にもこだわって、よりウォークマンのアイデンティティを打ち出すことに努めてきました。
−−今回のSシリーズではフォルムは若干丸くなりましたが、デザインのベースとなる部分は統一されたままで、デザイン的アイコンになっています。
平野:そうですね。特に「Three Circle」に関しては、デザイン的にもユーザービリティ的にもまとまっていますので、2010年のSシリーズにも継続して採用しています。
●若年層へのプロモーションも強化
−−実際、2009年に「Crisp Separation」「Three Circle」のデザインに変更してから、販売数も伸びたのですか。
平野:必ずしもそれだけが原因だとは思いませんが、要因の1つになっていると思います。
鈴木:ただ、やはりデザインだけではなくて機能、プロモーションなどの総合面でお客様に認知してもらったことが販売数の増加につながったのだと思います。
−−デザイン面以外では具体的に何を行ったのでしょうか。
鈴木:まずは2006年くらいから「ソニーだからできること、ソニーらしいこと、ウォークマンらしいこと」をしようと、いわゆる原点回帰への試みを行いました。もともと音楽を高音質で聴いてもらうために誕生したウォークマンですから、操作性、装着性も含めてトータルに良い音を快適に楽しんでもらうために何をすべきかを見つめ直したわけです。具体的には、ノイズキャンセリング機能やフルデジタルアンプのS-Masterを搭載したり、高品質のヘッドホンを開発したりと機能の向上を計りました。
その一方で、若者へよりストレートにウォークマンを届けられるように、アーティストのYUIさんを使った「Play You」というキャンペーンを2008年にキックオフしました。中高生にウォークマンを通じたさまざまな音楽体験やメッセージを定期的に届けることで、彼らとのコミュニケーションを積極的に図っています。そしてその結果、「ウォークマンってかわいいよね、格好良いよね」と感じてもらえるようになり、多くの若い方々にもウォークマンを手にとっていただけるようになりました。
−−若年層へのプロモーション強化の契機は何だったのですか。
鈴木:それは2007、2008年にコミュニケーションを強化すべき年代について調査をした結果ですね。ウォークマンは幅広い世代の方に使っていただきたい商品ですが、とくにいわゆる「ポスト・デジタルオーディオプレーヤー」世代が。これから初めてオーディオプレーヤーを手にするときに「良い音」を届けてあげたいという想いからでした。
よく「最初にレコードを聴いた世代は良い音を知っている」と言いますが、最初に質の高いデジタルミュージックを聴いていただくことで若い方の耳や感性が育っていくだろうし、さらには音楽産業自体も広がっていくだろうと。多少壮大な話にはなりますが、オーディオプレーヤーを最初に持つときには是非ウォークマンを手に取ってもらいたいという想いを込めました。
−−そうした努力が1、2年前から結実してきたわけですね。
●Sシリーズのデザインの特徴
−−今度は具体的なデザインの話をお聞かせください。そもそも前のSシリーズから今回リニューアルすることになったきっかけは何だったのですか。
平野:以前のSシリーズはAシリーズとデザインのテーマを揃えていたので形状もシャープかつエッジィで、ある意味テクノロジーを強調するような精緻感がありました。ただ若年層をターゲットにしている点を考慮すると、人生で初めて手に取るオーディオプレイヤーとしては少し敷居の高さを感じさせてしまうのではとも思ったわけです。そこで、もう少し自分たちのものだと素直に感じてもらえるようなフレンドリーさを出せればと思い、今回のデザインに変えていきました。
−−形状的には今回は丸みを感じさせるデザインになりましたね。
平野:はい、今回は若年層を意識したのに加えて、実際に手に持ったときの持ち心地の良さを大事にした結果、このようなデザインにたどり着きました。 また、前Sシリーズよりも薄く感じさせる効果も狙っていますが、実際の厚さはコンマ3ミリしか薄くなっていません。
−−でも、それ以上に薄くなったような気がします。
平野:ええ。視覚的にもそうですし、手で持ったときにも本体の角が触れないので数値以上に薄く感じるという評判をいただいています。
−−具体的なデザインの落とし込みについては何かモチーフになったものはあったのでしょうか。
平野:とくに何かを具体的に参考にしたということはありませんが、前機種のSシリーズがすでにあったので、さらに若年層への訴求力を高めるためには何を変えるべきかを考えました。
鈴木:ワークフローの初期段階に彼が描いていたイメージ画はステーショナリーグッズというか、いわゆる手に持つ道具としてのエッセンスをメタファーしていましたね。
平野:自然と手に取りたくなるような手に馴染みの良い形を模索して、たとえば手で握って心地良いペンとはどういうものなのだろうと考えたりもしましたね。
−−若い世代が必ず持っているモバイルアイテムに携帯電話がありますが、携帯電話との親和性は考慮しましたか。
平野:とくに意識はしませんでした。でも、おそらく携帯電話も同じような考え方で今ある形状にたどり着いていると思うのです。ですから携帯電話との親和性というより、結果として両者が自動的に似てきた部分はあるかもしれません。
鈴木:どちらも手で持つモバイルプロダクトとしてのあるべき姿が似通っているのでしょうね。ただ、平野は以前携帯電話のデザインに携わっていたので、ウォークマンのデザインでも自然と考え方に大きな違いはなかったかもしれません(笑)。
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