●ワークフロー
−−では実際のワークフローをについて教えてください。デザイン部署ではスケッチから始まるのですか。
長山:スケッチ、Illustrator、Rhinocerosなどデザイナーによってやり方が違うので、特に指定はしていません。
橋本:僕の場合は手描きスケッチです。ものによってはパソコン上でさらっとやってしまうこともありますが、今回の「EXILIM G」の場合は手描きの良さを生かしています。パソコンではささっと描けてしまいますがどうしても作りやすい造形になりがちですし、やはり手描きでしか出ない形があるので、今回は特にフリーハンドのスケッチにこだわりました。
−−マーカーレンダリングでちゃんと色を塗ったスケッチは久々に見ました(笑)。
橋本:マーカーの1ストロークで面の見え方がずいぶん変わります。線画だけで「こんな感じでいいかな」というのと、スピーディーにマーカーで面を張り、さらにそこから造形を発展させていくのとでは、最終的にはやはり違いますね。
長山:続いてデータに落としていく作業ですが、Illustratorなどでアウトラインを描いている人はその2次元データを元にPro/E化をしています。Pro/Eについてはカシオにはプロフェッショナルがおりますので、彼らプログラマーとデザイナーが張り付いてPro/Eを操作していきます。
−−いわゆるオペレーターの専門の方ですね。
長山:ええ。なぜPro/Eかというと、設計チームがPro/E設計をしているので、この時点でPro/E化して効率を図っているわけです。
橋本:ですから、デザイン部署としてのアウトプットは3次元で設計チームに渡しています。その後は、設計からPro/Eデータに対して「ここは入らないよ」というようなフィードバックのやり取りをしていきます。もう何回とサーバ上で更新していくのでデータ名が日付では足りず、日付プラス時間などという状況です。
−−そうして戻ってきたデータに対しオペレーターと形を直してくのですね。
橋本:データ上はフロント、リアなどディテールに至るまで部品によって色分けなどがされています。設計で実験が終わるたびにネジが増えたりして(笑)。耐衝撃構造をどうデザインしていくかを検討していきます。
長山:例えば、外装の斜めの面が内部のパーツに当たってしまっているとすると、そこを盛る必要が出てきます。そういった設計者では扱いきれない部分が当然出てくるので、その場合はデザインがうまい具合にサーフェスを作ってつなげていく必要があります。
橋本:コンマ数ミリ単位、中には1/100ミリ単位の調整ですね。構造を取っていく上で最低限確保しなければいけないスペースや厚みがありますから。細かい隙間やパネルカットの仕方にいたるまで、突っ込んだやり取りをしながらトライ&エラーの積み重ねです。
長山:今回は特にフォルム先行の進め方だったので、余計にそのやり取りが多かったかもしれません。
−−プロトタイプと製品はどの程度変わりましたか。
橋本:体積で言うと103%です(笑)。でもその数字で抑えられたのは設計部隊の熱意があってこそだと思っています。「EXILIM」という名前を冠する以上スリム感はキープした上でいかに強さを表現していくかが課題です。単純に薄くするとどうしても華奢に見えたり、頼りない感じになったりするので、タフネスの本質やデザインスパイスをどう実現するのかに苦労しましたね。
長山:実際に振り返ってみると、プロトタイプは薄すぎて逆にあらゆるシーンにおいてもつかめるという点を果たせていたか疑問があるので、結果としてはこの完成型に非常に満足しています。
●ディティールやオプションへのこだわり
−−製作時にこだわった点や印象に残っていることがあれば教えてください。
橋本:先ほどデザインについてゼロベースから本質を突き詰めていくと話しましたが、ディテールに対してもタフっぽい形をなんとなく乗せていくのではなく、使う時に本当に必要な点にフォーカスしていくようにしました。例えば、カメラのレンズ面を下にして置いた場合に、ラバー部分が一番下にあるので接触箇所は金属ではなくラバーであることがよく見ると分かってもらえると思います。
−−なるほど。ラバーの方が出ていますね。
橋本:液晶部分も、逆さに置いても両側がすっと盛り上がっているので直接ガラス面に触れないようになっています。また、カーソルキーについても通常は丸や四角が多いと思いますが、このフォルムだと左側に液晶の盛り上がりがあるので、幾何形体の丸では上下左右で押しやすさにバラつきが出てしまいます。ですから、4点のクリック感をより均等にするにはどういう形がふさわしいのかにたどり着くまでには苦心しました。
−−左側が少し上がっていますね。
橋本:高さを変えることで押しやすくしています。オープンダイヤル仕様にしたのも、グローブをはめていても確実に操作ができるようにしたからです。シャッターボタンは雪用やバイク用の分厚いグローブをはめてしまうと意外と位置が分かりにくいですから、「シャッターはここにある」という意識表示を出してやる必要がありました。
−−これだけディテールに凝りながら防水性も実現したのがすごいですね。普通の防水カメラは全体を包んでしまい、もっこりした印象がありますが、「EXILIM G」はディテールのどこを見ても完成度が高いです。
橋本:本体だけでなく、より使用シーンを広げられるようにバンパーも取り替えられるようにしました。
−−別売りですか。
橋本:本体に同梱されています。ただ、やはりその場合はユーザーがネジをはずすので、開けていいネジとダメなネジを区別するために、触っていいものは十字のネジを切ってあります。それ以外の防水、耐衝撃構造に直結するところはY字の三又ネジを切っているので専用ドライバーが必要になります。「EXILIM G」専用のドライバーがあるくらいなのですよ。
長山:オプションにもこだわりましたね。例えば、フローストラップは誤って水中で手を離した場合でも沈まないように浮きが付いたストラップです。ほかにカラビナ状のストラップで腰にぶら下げることができるタイプもあります。
またケースも2種類を用意しました。アームバンド状のソフトケースとフェイクレザーにパンチングを施したアーミーテイストの汎用的なケースです。今はどうか分かりませんけど、後者は発売直後の付帯率が90%だったと営業部から聞きました。
−−ユーザーがオプション込みで購入されるということは、やはり世界観が確立されているのでしょうね。
長山:ほかの汎用ケースではどれも似合わないという理由もあるとは思うのですが。あと、実は外装箱へもアイデアを提案しております。社内のパッケージグループというデザイン部隊へ「とにかく新しい専用のものを作りたい!」という働きかけをしました。パッケージは資源モノなのでコストとの絡みで非常に制限が多いのですが、やはりGの世界観を示唆したかった。通常はカラー印刷のきれいな箱が多いのですが、モノクロのほうが逆に「EXILIM G」らしいだろうと考えてフレキソ印刷という方法を選択しました。
橋本:結果としてイメージが外箱にも表現でき、コストも抑えられました。
長山:その分少し箱の角をアレンジしてもらいました。そうして、例えばこのパッケージを山積みに置いて岩が重なったように見えるディスプレイにしたらどうかなどと、お店側に提案もさせてもらいました。販促の展示ツールになるので箱は意外に重要ですね。
橋本:「あれはなんだろう!?」と思わせる存在感とインパクトは大事ですし、最終的に手に取るのはパッケージなので「これを買ったんだ」という満足感につながればいいですね。
−−ディテール1つにまでこだわることができて、デザイナーさんとしてのやりがいがあったでしょうね。今回の製品に点数をつけるとしたら何点ですか?
橋本:点数はつけにくいのですが、満足度でいうと80〜90点くらいですね。時間があればもっと追求していきたいところはありますが、実際の製品がプロトタイプよりもクオリティを上げられることはあまり多くない中で、今回はもともとのプロトタイプを超えて世界観全体の完成度を高められたので満足度は高いですね。
長山:私も個人的に満足度は非常に高く、やはり全員が同じ意識を持ってやり抜いたということ、カシオブランドとして果たすべき役割をしっかりと担って「EXILIM G」を出せたというという点は十分に果たせと思っていますね。
商品には必ず量産条件があるので、我々がこのサイズ、このデザインにしたいと頑張っても最終的にそうならないことも多いわけです。でも逆に、そうしたことが生み出す質感の良さというか、我々が想像し得ない偶然の化学変化が起こることもたまにある。そうして生まれたものは、やはりなるべくしてなったサイズや形なわけで「EXILIM G」もそう言えると思います。
ただ、プロジェクト全体を振り返った時の満足度という意味では非常に高いですが、モノ自体に対しての不満点は私もまだまだたくさんあります。もっと持ちやすい形があるだろうし、耐衝撃への表現や印象付けに関してもさらに頑丈そうに見えるデザインもできただろうし、そういうこだわりはまだ追求したい部分ですね。
−−市場での反応も好調のようですね。
長山:営業からは指名買いが多く、店頭で手に取ってもらえる機会が多い商品だと聞いています。現在は市場が厳しい中で営業を交えて商品審議の場では暗い話になりがちですが、「Gのカラーの今後の可能性について話し合いましょうか」とモデルを持っていってバッと見せると、「このモデルは楽しいよね」とみんな笑顔になります(笑)。お客さまの前にまず社内のスタッフをなんとなく笑顔にさせてしまうということは、結構大きな意味があることじゃないかなと思いますね。
−−本日はありがとうございました。
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