●Eマウントカメラの開発経緯とターゲット
−−はじめに、ソニーが新規格、Eマウントのミラーレス一眼「NEX」のシリーズを開発されたきっかけ、そして今回の「NEX-7」に至る経緯を、簡単に振り返っていただけますか。他社もマイクロフォーサーズなどで同様の市場に切り込んでいます。
立川:まず、2006年からAマウントの一眼レフを「α」という名称で開発しております。一眼レフの中で一定の評価をいただき、いくつもの機種が日本だけでなく海外での著名な賞をいただいたりしています。今後デジタルカメラの開発において、新しいカテゴリーを築いていくのに十分な土壌がソニーにはありました。レンズ、イメージセンサー、画像処理エンジンといった高性能なデジタルカメラの実現に不可欠なキーデバイスを自社で開発している強みを活かして新しい一眼体験をお客さまに提供できないかと言うところからスタートしました。大きなサイズのAPS-Cのイメージセンサーを使うということも最初に決めていました。ですので、他社の動向に対して私たちも追随したということではなく、Eマウントカメラはまったく新しい道筋をたどって生まれたカメラです。
−−ソニーのデジタルカメラのラインナップには、一眼レフからコンパクトデジカメまで、ハイエンドからローエンドまであります。その中で、ミラーレス一眼というカテゴリーは、その中間市場の開拓という流れなのですか。
立川:コンパクトにはコンパクトの世界が、一眼レフには一眼レフの世界がありますが、きれいな背景のボケ等より表現豊かで高画質な写真を望んでいらっしゃるお客様は一眼レフを選択していただくのが普通でした。ところが、きれいな写真は撮りたいけれど、一眼レフまで踏み込み切れないお客様がたくさんいらっしゃるという認識を私たちは持っていました。
カメラや写真が趣味ではないお客様から見た一眼レフには、「大きい」「難しそう」「高価格」という3つの障壁がありました。そういった障壁を取り払うことによって、より高いクオリティの画質を望んでいらっしゃるお客様に一眼レフ以外の選択肢を提案しようというのがEマウントカメラの元々の開発経緯です。
−−一眼レフは大きくて難しい、高いといったところに不満を持っているけども、より良い写真は撮りたい人たち。これはマニア層、ハイアマチュア層とはまた別の層ですよね?
立川:これまでコンパクトデジカメで満足されていたユーザーの方々で、ちょっとしたきっかけがあれば「あ、私もあんな写真を撮ってみたいなあ」と思われる層ですね。そういうお客様にいかに使ってみたいと思っていただけるカメラを作るかというところでしたので、マニアやハイアマチュアとはちょっと違うと思います。
−−コンパクトデジカメで物足りなくなってきた一般層というところですね。
立川:そのような、手軽にもっと表現豊かな写真を撮ってみたいという方に対してのアプローチです。
−−デジタルカメラも1人複数台所有の時代だと思います。コンパクトデジカメを1台、あるいはケータイやスマホで十分な層も多いと思いますけれども、もう少しいいカメラが欲しくなったときにEマウントカメラのポジションがある。
立川:そういうところに近いと思います。
●「NEX」のシリーズのデザインコンセプト
−−そういった市場に向けた新規のカメラとしてNEX-3、5を最初に拝見したとき、レンズにボディが付いているような印象がありました。かなり画期的なデザインだと思ったんですが、コンセプトをデザインに落とし込んでいく過程のお話をお聞かせください。
高木:そもそもは新しい分野を開拓するという意味で、我々デザイナーに課せられたお題目が「今までにないアイコンを作りなさい」という、かなりハードルの高いものでした。そこで、デザインセンターで数名の人間でコンペを行い、各々デザインを出し合ったところ、私のアイデアが採用されました。
カメラのアイコンというと、四角形に円形が収まったものを思い浮かべるのではないでしょうか? 今回デザインするにあたり、資料として古いカメラ雑誌などを見たのですが、わざとパースを付けてレンズが強調されている広告写真などがたくさんありました。それでレンズを出しても問題ないと考え、四角から丸が出ているアイコンを思い浮かべました。
ただ、そのアイデアだけで構築するのではなく、持ち方へのアプローチを検討しました。デジタルカメラの撮影方法にはコンパクトカメラのようにファインダーを目の前で見る形と、一眼レフのように脇を締めて撮る大きく2つの構え方があります。
一眼レフは下から手を添えて持つので、小型になればなるほどボディの底面が邪魔なんですよね。ここがなければレンズだけを支えられて持ちやすい形になる、よって下を削ぎ取るということがすごく理にかなっているんです。僕は最初、持ちやすくするために下面しか切っていなかったんですね。それがたまたまレンズの設計からいただいたデータとそのときに使おうとしていたパネルのサイズとで、よくよく見るとレンズ径よりパネルが小さかったんです。それなら上部も削ってシンメトリーにすれば、光学系が強調され、ボディはよりコンパクトに見える。持ちやすさも兼ねた強く新しいアイコンになるだろうと。
そして、グリップを下に伸ばすことで安定させています。グリップを伸ばすと持つ場所を規定しないというんでしょうか。傘やバットなど持つ場所が決まっていないですよね。この小さなスペースにそういった融通性を込めました。グリップの下に指を逃がすこともできます。その3つを融合させてこのデザインが組まれています。
−−レンズの大きさは最初に決まっていたのですか。
高木:Eマウントの径はすでに決まっていました。
−−Eマウントは初めてのマウントですよね。高画質コンセプトということもあってレンズがまずありきで、それに対してボディはどうすればいいのかという感じですね。
高木:はい、そうです。
−−そういった中で高木さんのアイデアが採用されました。このスケッチは社内的にもなかなかショッキングだったのではないでしょうか。
高木:新しいものってたいてい拒絶されるんですよね。ですからそのときの企画の方からも反対はありました(笑)。
でも新しいアイコンありきでこれにしたのではなく、持ちやすいし握りやすいというメリットがあったからこそこのデザインを提案したので、上司も自信を持っていこうと言ってくれました。
−−「カメラらしい」イメージからなかなか離れられないですよね。
高木:ソニーはカメラも作っていますが、昔からフィルムカメラを作っていた会社ではないので、そういう面はきっぱりと考えを変えることができます。
私自身も一眼レフにステップアップしてみたいが、買っても使いこなせないだろうなという気持ちがありました。よって一眼レフのクオリティでコンパクト、更に使い方のガイドまで出てくるという仕様は、実は私自身がターゲットユーザーなんですね。そういうユーザーは本当はたくさんいらっしゃるというのが今回のプロジェクトの動機です。
●オールインワンを凝縮したNEX-7
−−NEXは7になってボディサイズが大きくなりました。これは機能的な問題ですか。例えばイメージセンサーが大きくなったりとか。
高木:NEX-7はNEX-5のお兄さん的なデザインから始まったので、後ろ姿とかそっくりだったんですね。形がない段階から決まっていたのは、ダイヤルが3つあって操作の即時性を格段に向上させ、カメラをコントロールするというコンセプトです。例えばシャッタースピード、ホワイトバランス、ISOなどいろいろなところにボタンがあるのではなくて、ユーザーが自由にカスタマイズできるようにしました。その3つのトグルが1個のボタンによって変更していくのです。
−−なるほど。NEX-7はこれまでと違う使い勝手、インターフェイスから入ったんですか。
高木:そうですね。3つのダイヤルのコントロールで一眼レフを変えていこうという。それはステップアップされるユーザーにも使いやすいし、これまでの一眼レフを使いこなしているユーザーにも「これ新しくて使いやすいな」と思っていただける、そういったところを目指しました。
また開発当初のテーマとして、我々が次に出さなければいけないNEXの「7」というナンバーがどのような商品であるべきなのかという点で議論を行い様々な可能性を模索しました。
当初は小型優先という考えが根強くあったのでフラッシュやファインダーがない検討が進んでいました。設計の段階でサイズ、形状も詰めてプロトタイプまで作ったのですが、検討の結果、やはり「7」はオールインワンでなければならない。という考えに辿り着きます。発売日とか全部決まっていたのですが、ここで一度全部リセットしました。
−−設計が作ったプロトタイプは全部リセットですか。
高木:はい、一度全部。そこから液晶やビューファインダーを配置し直したり、フラッシュを入れた場合のレイアウトなどさまざまな検討をしました。液晶のサイズは、プロトタイプの時は実際に搭載されている液晶のサイズよりも大きいものだったのですが、このままだとどうしても本体が大きくなってしまう。そこで液晶のサイズを小さくする決断を行いました。
液晶サイズを決めてから、いろいろなレイアウトをし直しました。その頃描いたスケッチは最初、トップがフラットではなかったんですね。クラシカルな、安心感のあるカメラにしたいというイメージで、ボディはシルバーブラックでやってほしいというリクエストもありました。でも、そうすると、スタイリングは今どきだけど、色が古めかしいという、不思議なカメラになってしまうんですよね。どうもなんかソニーっぽくないというような(笑)。
−−NEX-7は風格のあるシルバーブラックのオールインワンの決定版を目指したわけですね。ただビューファインダーとホットシュー、フラッシュなどを内蔵することで大きくなってしまったボディを、今度は小さくしていく作業が続いた。
高木:そうですね。すべて入ってこのサイズになったというのは本当にすごいことだなと思っています。
−−メインのファインダーに加え、有機ELのビューファインダーも搭載することになったのは、商品企画からの要望だったのですか。デジカメはファインダーとかはなくなっていく方向で、背面の液晶モニターだけ見るようなカタチになってきていますよね。それに逆行するようなイメージも感じました。
立川:NEX-5や3の開発時には、最初お話ししたようにステップアップされる方をメインにしながらも、より広いお客様に対してさまざまなバリエーションの商品をご提案していこうというというのがあったんですね。そして、今回NEX-7で目指したのは、カメラへの期待が高く、知識や経験も豊富なユーザーの方にも十分に満足いただけるものを作ろうという話だったんです。そのときに必要になってくる要素としてファインダーが重要だというのが、検討を重ねていく中で出てきたんです。
−−ファインダーを内蔵することに対して、デザインする高木さんはどのように受け止めましたか。
高木:こういうコンセプトのカメラって、のぞいて撮りたいっていう願望は絶対あると思うんですよ。ですから僕は入れるのは大歓迎でした。
−−それにしても、オールインワンのフルスペックでこれだけ小さくしたんですからすごいですよね。
高木:はい。ビューファインダー、ホットシュー、フラッシュなど、それぞれ別の担当者が設計してるんですよ。その人たちとデザインで毎日細かい打ち合わせをして詰めていきました。話をしてると本当にNEX-7を実現して自分で使ってみたい人たちばかりなんですね(笑)。だからギリギリまで彼らが各パーツを小さくしていきました。
設計者たちは本当に休みなしで、不眠不休で取り組んでいました。素晴らしい仕事をしてくれたと思っています。
−−たしかにどのパーツもかなり精巧で、ソニーのモノ作りの底力を感じます。
高木:そこまで薄くして大丈夫なのっていうところが随所にあります(笑)。ダイヤル1つにも設計の担当者がいます。UIともすごく密な連携をとっているので、回転のピッチといったところもかなり吟味しています。起動したときに出てくる画面と連動する動きまでこだわっています。
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