●エアカウンター発売のきっかけ
−−まず「エアカウンター」の開発のきっかけからお話ください。2011年3月の福島の原発事故が契機になっていると思いますが、事故から最初のエアカウンターの発売まで、おそらく半年程度かと思います。かなりスピードの速い商品開発だと思うのですが、佐野さんへのデザインの依頼などを含め、経緯を簡単に振り返っていただけますか。
奥平:エステーは福島県いわき市に生産工場があるのですが、震災で被害を受けました。そのときに問題になったのは、原発事故の影響で、社員が出社しても大丈夫なのかどうかが全然分からないことでした。
そこで放射線を測る機械を購入したのですが、当時、3月の後半には高価な外国製品しかなく、しかもやっと入手できたのがロシア製で、取扱説明書も全部ロシア語なので使い方が全然分からなかったんです。
そこで弊社の社長が「社員が困っているということは、一般の主婦の人たちはもっと不安に思っているはずだ。小さなお子さんがいらっしゃる人も多い。放射線測定器は僕らでも使いにくい機械なので、おそらく主婦の方も分からないだろう。なんとかその人たちのためになるような製品を作れないか」という判断を下しました。
直ちにいろいろ部品や性能面の試行錯誤を行い、基板的になんとかモノになりそうな目処が立ちました。我々のスタンスははじめから明確で、とにかく主婦の方が使いやすくて、お買い求めやすい価格というコンセプトでした。そして、商品をどういうふうに落とし込んでいくかというところで、デザインに関して佐野さんにお願いすることにしました。
−−エアカウンターのデザインを佐野さんにお願いすることになった決め手は何でしょうか。
奥平:佐野さんにはこれまでもエステー商品の「かおりムシューダ」や「ドライペット」などのデザインを担当していただいた経緯がありました。これまでの信頼関係と、またこれは個人的な想いが強いんですけど、佐野さんは、伝えたいこと、難しいことがいっぱいある中で、それをすごくシンプルに、わかりやすく表現できるデザイナーだと思っています。それで今回の商品はぴったりだと考えました。
−−エステーさんはこういった電子機器系の製品は過去にも作られていますか。
奥平:今回が初めてです。
−−ではまず、機構や回路系に関して動かれていたということですよね。
奥平:そうですね。ただ、私が所属していたチームは、コンセントに挿すタイプの「消臭プラグ」や、時間が来るたびに自動でスプレーが噴霧する「自動でシュパッと消臭プラグ」など、日用品の中でもいわゆる電気モノの商品を扱っているチームなんです。
エステーの開発部門はほとんど化学の専門家ばかりなんですけど、たまたまチームで私も含めて機械系とかシステム関係を得意とする者が何人かおりまして、電池を使って数字を表示するという機械はそんなに場違いな製品ではないんですね。
●新規製品に対するデザイン的アプローチ
−−佐野さん的にはエアカウンターのお話をうけて、最初にどう思われましたか?
佐野:エステーさんとはこれまでは「かおりムシューダ」という香りが付いている防虫剤や「ドライペット」のキャラクターなど、パッケージデザインや基本的にグラフィックデザイン的な仕事が中心でした。僕はプロダクトの仕事も行っているのですが、こういういわゆる電子デバイス的な製品はそれほど手掛けていなかったので、依頼をいただいたときはちょっとびっくりしました。あと、時間的なことも今回はすごくトピックスだと思うんですけど、かなりスピードを求められる仕事でした。
奥平:そうですね。2011年4月の段階ではもう動いていました。
佐野:原発事故の直後ぐらいにエステーさんにお招きいただいて、こういう企画があるという話だったんです。社長の鈴木さんから「エステーは『空気をかえよう』というスローガンを掲げているわけだから、空気を測定する必要がある」というお話をいただきました。今でも、放射線が本当に安全とはもちろん言い切れないんですけど、実際測って目に見える数値であれば、公的機関が発表する数値とはまた別の点で安心できる、そういうことってけっこう大きいのではないかという話でした。
たまたま僕が住んでいるところは若い奥さんや子供がいっぱいいるエリアで、エアカウンターはけっこうイメージはしやすかったんですよ。そこのお母さん方がカフェで取り出して「最近こういうの買ったんだ」とか、バッグに気軽に入れておけるタイプをまずイメージしました。
従来のガイガーカウンターはけっこうイカツイ、危険なものを測るための測定器といったイメージですよね。今までそういった測定器の需要は一般にはなかったですから、デザインにも踏み込んでいないような機械ばかりだったと思うんです。
−−そうですね。
佐野:エアカウンターは正確性が必要な製品ですが、一方で安心感を与えるというか、測定器らしくないプロダクトデザインにしたいと思いました。ただ、単4乾電池が2本入る物理的な制限があったので、その中でどういう形にするのかと自ずと形が決まってくる面もあったのですが。
そこで最初のプレゼンのときにお見せしたのが、基本的に現在の形にかなり近い卵形のものです。「koishi(小石)」と書いていますけど、自然美というか、丸みのある石のような、手に馴染みやすいものです。また「測る」ということなので、グリッドを前面に引いたもの、あるいは時計のようなデザインなどいくつか提案いたしました。
それと、数値が高いのか低いのかを一目で分かりやすく伝えるためのインターフェイスも同時にご提案させていただきました。例えばこれ以上は危険という基準があるとして、今はそれ以下だから大丈夫ということを一瞬で分かる仕組み。例えば危険度をアイコンで分かりやすく表示するようなアイデアなども同時に提案していきました。
●第2世代の「エアカウンターS」
−−ちなみにタカラトミーアーツさんとの共同開発となった第2世代の「エアカウンターS」は、コンセプトが変わって、形状が体温計のようなイメージになっています。
佐野:まず初代で気を配ったのが、形もそうなんですけど色なんです。普通こういった器具は黒などにする場合が多いと思うんですけど、安心、清潔、エアということもあって、本体は白、パッケージにはブルーを設定しました。
スタッフ一同、エアカウンターは必ず社会的に話題に上る商品になるだろうということでしたけど、実際に卵形の初代機が2011年10月に発売されて話題になっているときに、タカラトミーアーツさんも独自で放射線測定器を作られていました。それで、エステーの鈴木社長と懇意にされているということで、エアカウンターがエポックな商品なので、その後継商品として一緒にできないかという話になりました。
エアカウンターSの長細い形状はタカラトミーアーツさんの試作品としてすでにありましたので、それに僕のほうで初代かからのイメージカラーであるブルーを加えたり、ディテールを作りこんで製品化となりました。
−−初代はエステーさん自社で、2世代目の「エアカウンターS」はタカラトミーアーツさんとの共同開発ということですね。
奥平:初代は自社で開発しています。ただ初代の時は需要予測きちんとできなかった。7月にプレスリリースした後は購入に関するお問い合わせをたくさんいただきました。そのため、急遽販売エリアを福島県中心に限定させていただきました。発売初日に約1万台用意したのですが、ところが即日完売するような、我々の想像をはるかに超えた需要がありました。
月産約1万個の生産体制を組んでいたが、初代は十分な量を供給できなかった。それでも需要に応えるべく、工場を二交替性でフル生産してつないでいたのですが、そのときにちょうどタカラトミーアーツさんからの話が出て、一緒にやろうということになりました。
当初から多く製造できるラインを想定して製品設計していましたので、我々が初代エアカウンターで得たノウハウもエアカウンターSに入れ込んで、生産は十分な量を供給できる環境を整えました。
またタカラトミーアーツさんが持っている流通は玩具ルートなのですが、今誰がエアカウンターSを必要としているかというと、我々が持っているドラッグストアなどの主婦の方が来るようなルートの方が現実的です。そこでお互いの利害が一致するような形の共同開発となりました。
ただし、エアカウンターというブランドの統一感、我々のメッセージは崩したくなかったので、そこは引き続きエアカウンターSに関しても佐野さんにデザインをお願いしています。単4乾電池2本だったのが単3電池1本になったりと構造的な部分も含めて形状はだいぶ変わっていますが、コンセプトは基本的には変わっていません。
佐野:エアカウンターSの計測時間は、初代の約5分に比べて、約2分とすごく短くなって性能もアップしています。僕は単純に、ああいう悲惨な事故があって、それを受けての日本の技術進歩のすごいスピード、それにびっくりしました。
−−ちなみにエアカウンターSの「S」はどういう意味合いですか。
奥平:特に何のSだと決めているわけではないんですけども、エアカウンターのセカンドエディションだからS。形状もスティックだし、スペシャルなのか分かりませんけど、次の世代のエアカウンターなんだよということをイメージしてSという名前にしました。
−−話は少し戻りますが、タカラトミーアーツさんのプロトタイプが元々こういう棒状だったのですね。
奥平:そうですね。形状が最終的にガッチリ決まり込んでいたということではないんですけど、物理的に単3乾電池1本が入って、持ちやすくて測定しやすい形状ということで、現在の形に近いモデルがすでにありました。
−−棒形状をどういう風に仕上げていくかを佐野さんがまとめられたのですね。
佐野:ブランドカラーのブルーをどういう風にあしらっていくのか、また文字の見やすさなどですね。それとパッケージデザインも手掛けました。エアカウンターSは初代のパッケージのようにブリスターパックにはできなかったので、通常の紙箱の側面、底面に三面図的な絵を載せてより分かりやすくするとか考えました。箱全体にマットPPを敷いてるんですけど、手に持ったときに馴染みやすいというか、そういうしっとりした感じに見えるような、清潔感をテーマとして仕上げました。
−−ブランドカラーのブルーは、エアカウンターSでもしっかり踏襲していますね。
佐野:そうですね、キーカラーは大切だと思います。例えばエステーさんのWebサイトにエアカウンターが紹介されているページがあるんですけど、そこも全部ブルーに統一しました。
また放射線を分かりやすく解説した小冊子も付いています。そもそも放射線ってなんだというのも、事故がある前は当然分からなかったし、その後も分からないことが多かったじゃないですか。こういう分かりやすい小冊子を入れるということも1つの重要なポイントでもあったので、表紙のデザインと含め、全体的な色調を統一して作りました。
●数字表示に落ち着いた理由
−−表示部のインターフェイスや使い勝手についてもう少しお聞かせください。ターゲットの主婦の方には機械オンチの方もたくさんいらっしゃると思うので、なるべくシンプルな使い勝手、分かりやすさが求められると思います。
佐野:実際の表示は両機とも、モノクロの液晶パネルに数字のみとなっています。先ほども少し言いましたが、放射線の量は数字では分かりづらいということがあったので、それをどう表現するかをいろいろと考えました。ただ安全の基準点自体、実際はどうなのかがはっきり分からないですし、いろいろな判断が存在しています。そこで基本的には線量の数値を画面に大きく表示できる方がいいんじゃないかということで、最終的にはシンプルな数字の表示に落ち着きました。
奥平:たしかに数字だけで判断するには勉強していないと難しいので、3段階のLEDの青、黄色、赤だとかいうので見せるというプランもありました。そこに佐野さんからもいろいろイメージをいただきながら検討していたんですけど、例えばニコちゃんマークのときと、つらそうな表情のときとが何マイクロシーベルトで切り替わるようにするのか決めないといけません。でも、それを、1メーカーである我々エステーが判断できないということです。
佐野:分かりやすさを大切にしていたんですけど、エアカウンターSを発売するタイミングからすると、インターフェイスをアイコン化する段階には早いんではないかという判断です。今後、後継機を出すときは、もしかしたら違う、例えばアプリみたいになるかもしれませんが、そういうときにはまた別のインターフェイスがありえるかもしれません。
−−原発事故の後、秋葉原やホームセンターで放射線測定器が売られていましたが、「これなら自分にも使える」という感覚の製品はエアカウンターが初めてでした。
奥平:ボタン1個だったら使い方間違える人はいないというのは、すごく大事なポイントだと思います。
佐野:僕が鈴木社長から聞いたのは、「今このタイミングで出すことが重要なんだ」ということで、収益はほとんど考えられていない感じの説得力でした。奥平さんや皆さんはものすごく苦労されていたと思うんですけど、それを出す使命感を感じました。エステーが出すプロダクトとしては「今みんなに必要とされているのはこれだろう」というアンサーでもある。その姿勢が僕もすごく素晴らしいなと思って、これはなんとしてでも一般の主婦の方々に届く製品にしたいということでデザインしていきました。
奥平:特に初代は、とにかく早く作りたいという気持ちが先行していました。先ほど開発期間の話が少し出ましたけども、通常弊社の日用品は半年に1回のプランで新製品を作っていくんですけど、こういう機械モノに関しては最低でも1年はかかるのが通常なんです。
でもエアカウンターは、特に開発スピードにこだわりました。放射線は目にも見えないし匂いもしない。測るものがあるかどうかすら分からないものです。それは例えば、子供がいつも遊んでいる砂場が、危ないのかどうか分からない状態で遊ばせ続けているということなんですね。ですから、一刻でも早く数字を見せてあげないと、リスクにさらされている時間がそれだけ長くなります。
だからエアカウンターの発売が早ければ早いほど、そのリスクを減らすことができるという強い使命感に駆られて、なかなか会社から帰れなかったです(笑)。佐野さんにも通常ではありえないぐらいの納期でお願いしました。
佐野:ものすごく短かったですよね。1週間とは言いませんけど2週間ないぐらい。10日とかそういう(笑)。
−−それは、画期的に短いです(笑)。
佐野:でも、スピードも今回デザインとして重要な要素だったと思います。そういう中でいかに分かりやすくて明快な製品を作るかということで、エステーにはすごく苦労されている方がいっぱいいらっしゃると思うんですけど、使命感的なものは大きいですね。
今回は合議的にやっていくというよりは、キーマンの社長や奥平さんの想いでできているところがすごく強いです。それで、実際僕の身近な方とかも、僕が作ったとは言っていないのに普通に初代機やエアカウンターSを買われていたこともありました。それは想像していたことではあったんですけど、想像以上の浸透の仕方というか、やはり皆さん放射線には強い関心を持たれていると思いました。
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