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私は大学卒業後、4年間の建築設計事務所勤務を経て、現在所属するライゾマティクス(株式会社アブストラクトエンジン)へ入社した。現職では主に空間デザインとプロジェクトマネジメントを担当し、プロジェクトによってはプランニングやハードウェアデザインなどを担当している。建築という静的な物を設計する環境からデジタルアートとして動的な作品をアウトプットする環境へと領域を横断した私が、今考える建築分野におけるデジタル活用についてお話しする。 少し前からにはなるがゲームの世界では驚くほど完成度の高い3D CGが使われ、そのクオリティはまるで映画を見ているかのような没入感をも作り出す。 現実世界の話に戻り、2019年4月、フランス・パリにあるノートルダム大聖堂で火災が発生した。屋根はすべて崩落し、ヴォールトの一部も崩れ、尖塔は焼失という大きな被害に見舞われた。パリの世界遺産の痛ましい悲劇に、市民やフランス国民のみならず世界中に大きなショックを与えた。 ほどなくして修復プロジェクトが動き出したが、そこで頼みの綱として注目されたのが2つの3Dデータだった。1つはこの事故の数年前、美術史家により研究目的で取られていた大聖堂の3Dスキャンデータ。そしてもう1つがパリを舞台にするゲームのために取られていた大聖堂の3Dスキャンデータである。そのゲーム開発のリソースの8割が大聖堂の再現にあてられ、かなり忠実に表現されていることに驚く。 このように実在する建築物の仮想モデルを複製することは、欠損の起こった箇所を復元するためのいわばバックアップ的な活用や、デジタルツインとして環境や避難などのシミュレーションに活用するなど、さまざまな有益性を持っていると考えられる。
また、最近ではZaha Hadid Architectsがあるゲーム会社とパートナーシップを結び、ゲーム空間内の建築物をデザインした。彼らに現実の建築の設計を依頼することは容易ではないが、法規や構造、施工、そしてなにより建築にかかるさまざまなコストを取り払った条件となればハードルは下がる。これからメタバースが加速し仮想空間で生活する時間が増えてくれば、現実世界の建築設計者が仮想空間上の邸宅や公共空間などの設計を依頼されるということが起こってくるだろう。そしていつか、アーキグラムが描いた情報としての建築が、仮想空間上で歴史的な建築物として誰かの手によって建築されることがあるかもしれない。
今から5、6年ほど前、イーロン・マスクはこれからの未来では「ゲームと現実の区別がつかなくなる」と言っている。私自身ゲームはしないが、リアルタイムに描画されるCGの世界はここ数年で勢いよくリアリティを向上させている。そしてこれらの仮想空間が単なるゲームとしての娯楽ではなく、その世界で日々コミュニケーションが行われ、ワークプレイスもリアルな世界から置き換わり、買い物やさらには役所の手続きまでもが行うことができるプラットフォームとなれば、そこはもう実在する本当の世界といえるのかもしれない。 ●個人のプロジェクトについて
当初から設計プロセスにおいて1つだけルールを決めていた。それはペーパーレスを実践すること。働く場所の制約を取り払い、大きなストレージも要さない、これからの働き方にはとても有用なスタイルになると考えている。実際には素材のサンプルやカタログ、色見本の確認、職人用の図面はどうしてもデジタルでは置き換えられなかったが、それ以外は不自由なく設計、監理することができた。ただそれは、クライアントがいないことと、現場監督もタブレット端末を使用していたことがとても大きかったかもしれない。自分だけでなく関わる人たちのデジタルリテラシーの向上も必要だろう。
平面プランが決まり、3Dモデルを作成してから竣工までの期間、暇さえあればその3Dモデルの中で過ごした。この仮想空間で過ごす時間の中で感じたフィードバックから設計を変更することが多々あり、これは理想の生活を仮想的に走らせながらデバッグを繰り返す作業のようだった。
これは持論であるが、空間をより正確に体験するには決められたカットのパースを並べて眺めるだけでは足りず、連続的なシーケンスとしてインプットすること、さらにそのシーケンスに自らの意思で操作できるインタラクティブ性があること、この2つがとても大事であることを改めて強く感じた。これを実施するのに大きな力になったのが、リアルタイムレンダリングを叶えるゲームエンジンによる高い描画能力だった。
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