リレーコラム:若手デザイナーの眼差し
第107回 巽 奈緒子/グラフィックデザイナー
このコラムページでは、若手デザイナーの皆さんの声をどんどん紹介いたします。作品が放つメッセージだけではない、若手デザイナーの想いや目指すところなどを、ご自身の言葉で語っていただきます。
●コミュニケーションを助ける、デザインという仕事
横文字の職業名があまり好きではないのですが、私は現在グラフィックデザイナー、ブランディングやクリエイティブ全般のディレクターという立ち位置で、プロジェクトに関わらせていただいています。
私は自分の仕事の本質は「翻訳」であると認識しています。この業種としては、経歴が少し特異なので、簡単に自己紹介させていただきます。
将来は1人で仕事がしたい、絵を描いて自由に暮らしたいという漠然としたイメージと、単純な興味から高校時代に始めた中国語でしたが、いつしかその面白さに熱中し大学は中国語学科へ。卒業後は、留学を機に惚れ込んだ台湾で就活し、現地のITメーカーに営業兼通訳として勤務するもビザの問題で2年後に転職、とあるご縁で日系広告代理店のAE(アカウントエグゼクティブ)になりました。
AEとは、広告戦略の企画立案から予算管理、イベント・キャンペーンの実施や制作進行管理~広告出稿までの全過程をクライアントの代理として見届けるという仕事です。そこで日々デザイナーの仕事を目の当たりにする中で、どうしても手を動かして作る側にいきたいという思いが募り、再度転職を決意したのが20代の終わり。
しかし、美大を出たわけでもない自分にクリエイティブへの転職はかなり難関で、悩んだ末に学生をやり直すことを決意。帰国し、働きながら桑沢デザイン研究所の夜間部で2年間学び、卒業後はデザイン事務所で3年半ほどデザイナーとして勤務。ファッション系のハイブランドからさまざまな商品パッケージ、美術展のグラフィックなどに関わり、2018年に独立して今に至ります。
●最近の仕事より
独立後に関わらせていただいた案件のいくつかをご紹介します。
・「NIPPONIA 小菅 源流の村」
https://nipponia-kosuge.jp
山梨県小菅村のホテルプロジェクト。これは「700人の村がひとつのホテルに。」というスローガンのもと、村の空き家は客室になり、村民はキャストとなって村歩きをガイドしたり、村内の小生産者の食材を提供したりなど、村全体を1つのホテルに見立ててサービスを提供するというもの。
企画段階からクリエイティブのディレクションに関わりました。デザインコンセプトは「炭と熱」。炭は古くから小菅村の基幹産業であったことや、山の暮らしには炭がとても身近であること、そして何より、この村と長く共にありたいというこのホテルの精神を、燃え上がりすぎず、かと言って絶えることもなく、周りをじんわりと暖められるような、淡々と燃え続ける熾火のイメージに落とし込みました。
空間や全制作物のコンセプトカラーを白に近い灰色から漆黒までのグレーの濃淡とオレンジの差し色に設定し、山尾三省の詩「火を焚きなさい」のような世界観作り上げることで、都会では感じられない豊かさに浸れるような旅のあり方を模索しました。
▲「炭と熱」をデザインコンセプトとしたホテルツール(クリックで拡大)
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同コンセプトで統一された客室空間(クリックで拡大)
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・東京都のアンテナショップ「TOKYO GIFTS 62」
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/tourism/tokyogifts62/
※3月末日までにサイトアップ予定です。
東京都庁内にあるアンテナショップ。都内の62の市区町村で、さまざまな思いを持った生産者のモノ作りのストーリーを伝える媒体となれるような店づくりを行いました。空間全体の考え方からレイアウト、人の手が感じられるようなイラストや文章による店頭ツールなど、それぞれのモノの背後にあるストーリーに意識が向くような空間とコミュニケーションを目指しました。
▲東京都庁第一庁舎内にある「TOKYO GIFTS 62」の店舗(クリックで拡大)
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モノのストーリーを伝える商品紹介カード(クリックで拡大)
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・「沿線まるごとホテル」プロジェクト
https://marugotohotel-omeline.com/
JR青梅線沿線を1つのホテルに見立て、まるごと楽しめるサービスを提供することで、沿線の地域活性化をはかるプロジェクト。華やかな観光スポットを周るのではなく、そこにある「くらし」を感じる生活観光的な新しい旅の試みが世間に伝わり、かつコンセプトを理解した上で参加してもらえるような文章とビジュアルを制作しました。
また、ツアー客がこの新しい旅に没入できるようなツールを企画、制作し、メールなどではないモノにより世界観を伝えるコミュニケーションを目指しました。
▲沿線周辺集落の何気ない風景をキービジュアルとしたポスター(コピーライティングも担当)(クリックで拡大)
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ツアー参加者への事前送付用に制作した「旅のしおり」(クリックで拡大)
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●日々感じること
異国間の言語的なコミュニケーションであれ、広告による世間とのコミュニケーションであれ、グラフィックデザインによる、モノや企業体やムーブメントの概要や魅力を抽出して形にする、対個人的なコミュニケーションであれ、人の意志や気持ちを扱う仕事であるという点では同じであり、イメージを伝えたり、ムードを作るという点で、同じような働きを目指すものであると考えています。
その「働き」があることで、つかえていたものがスッと通るように、関係性が和んだり、今までは気づかれもしなかったものの魅力が一瞬で伝わったり、適度なイメージに落とし込むことで、新しい試みが社会に受け入れられるのをサポートできたりするということが、グラフィックデザインやクリエイティブディレクションの醍醐味であり、私が目指す「翻訳」という働きです。それが成功すると、今まで認知されなかったような物事がパッと翻るように見える化されることがあります。
まずは自分自身に「伝えたい」という「感動」があり、どうしたらそれをより多くの人に届けられるかという思考で動くことで、大小を問わず、自分の想像を超えるような作用を実現することができると日々感じています。
巽 奈緒子/Naoko Tatsumi
11983年生。東京外国語大学卒。2010年~2013年電通国華勤務。2015年桑沢デザイン専門学校卒。2015年~2018年佐藤卓デザイン事務所(現TSDO)勤務。2018年~tamda主催。
http://tamda.jp
2021年3月15日更新。次回は大坂屋一平さんの予定です。
※本コラムのバックナンバー
http://pdweb.jp/column/index.shtml#mailmag
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