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コラム
イラストリレーコラム:若手デザイナーの眼差し

第98回 矢野拓洋/デザイナー

このコラムページでは、若手デザイナーの皆さんの声をどんどん紹介いたします。作品が放つメッセージだけではない、若手デザイナーの想いや目指すところなどを、ご自身の言葉で語っていただきます。





●モチベーションのつながりをデザインする

私はデンマークの建築事務所に勤めていた頃、デンマークの豊かな社会関係資本と政治関係資本を、国全体の動きや、事務所内の議論プロセス、日常生活のちょっとした場面でよく目の当たりにした。その柔軟で強い社会の成り立ちに感銘を受け、事務所に勤める傍らで建築以外のあらゆる社会的な側面について理解を深めてきた。

日本に帰国してからは、都市デザイン、まちづくりの文脈で、デンマークのハードとソフトをシームレスに捉えプロセスそのものをデザインすることでまちと人を育てる姿勢を取り入れた実践を試みている。

●まちはさまざまなモチベーションで営まれている

どんな単位であれ、それが人と人とのつながりからなる「社会」である以上、まちにはあらゆる人が別々の方向に放つ大小さまざまなモチベーションが存在しており、そのモチベーションのベクトルが強く向いている方向へまちは進んでいく。皆の思いが同じ方向であれば、そのまちは勢いよく進むし、バラバラな方向に向いていれば硬直する。

まちづくりには、大きく分けて3タイプのプレイヤーとモチベーションのベクトルが存在しているとまとめることができる。

1タイプ目はアクティビストによる私的なモチベーションであり、個人的なワクワク感やストレスなどを原動力として町に変化を与えている。

2タイプ目は組織によるファシリテーション的なモチベーション整理であり、地域に流れるモチベーションをコントロールしたり醸成したり、時には自らがモチベーションを作り出したりしている。

3タイプ目は行政によるフォローアップ型のモチベーションの管理で、アクティビストやまちづくり組織が生み出すモチベーションが公的にバックアップできるものかどうかを見極めている。

このように立場によってモチベーションの在り処やモチベーションとの付き合い方はさまざまで、多様なプレイヤーと時間をかけてコミュニケーションを続ける中で、なんとなくモチベーションのベクトルを同じ方向に向けられる方法を探っていく。


●地域のモチベーションを読み取る

3タイプと乱暴なまとめ方をしたが、実際にはまちのモチベーションはもっと多様かつ複雑に、あらゆる方向に流れている。そのベクトルを読み取って、円滑に流れるように、モチベーションの交通をデザインすることで、ゆっくりとまちは動き始める。

私は数年前から、福島県国見町の貝田地区という人口300人ほどの集落で、まちづくりに関わっている。貝田は1990年代以降、人口の社会減が顕著になり、統計によれば数年後には限界集落となることが分かっている。しかしながら、同じ趣味を持つ者同士が貝田内でクラブ活動を実施するなど社会関係資本もありながら、それらは自治会や消防団などの政治関係資本に裏支えされており、コミュニティとしてのポテンシャルは高い。

貝田は江戸時代は宿場町として栄え、参勤交代の通り道でもあった。宿場町としての役割を終えてからは養蚕業が盛んになり、蒸気機関車から飛ぶ火の粉による度重なる火災に見舞われた後は農業へと産業を転換している。人のつながりの深さはこのような幾度となく危機を乗り越えてきた経験によって形成されている。

私が貝田と関わる中で読み取ろうとしているのは「このまちに流れるどんなモチベーションが、これまでの貝田の存続を助け、これからの貝田の存続を助けていくのか」である。これを把握するため、集落内の年間のスケジュールや、組織の数、各組織の活動内容や頻度を、住民と接点を作りながら調査している。調査は一筋縄ではいかない。理論上は体系立てて調査できそうなものでも、ヒアリングを始めれば他愛のない趣味の話や愚痴にしか聞こえないような内容が大半を占める。しかしそういった話にこそ、注意深く耳を傾ける価値があると考えている。なぜなら、まちの営みというのは、アノニマスな住民1人ひとりの取るに足らない小さな日常の連続、集積によって成り立っているからである。



▲江戸時代の貝田宿の絵図(出典:福島県歴史資料館)。(クリックで拡大)






●モチベーションの交通をデザインする

過去2年に渡り、北欧の建築学生5~10人ほどを招いて、現地住民とともに街の未来を考えるワークショップを開催している。まちづくりにおける関係人口の重要性が増すと同時にグローバリゼーションが発達している現代において、そこにハブとなる人さえいればある地方の集落の存続を世界規模で支えることは可能であるし、特に人口減少社会に至った日本においてはその手法の模索は必要不可欠とも言える。日本の集落に入り込み体験を通して学びを得たい、という海外建築学生のモチベーションと、若者と交流したい、または若者が手伝ってくれるのであればやってみたい、という地元住民のモチベーションを整理し、まちづくりのプロジェクトへと昇華させる試みである。

外国人の存在は地元住民にとっては物珍しく、ワークショップを開催すれば多くの住民が参加してくれるし、集落内を散歩すればあらゆるところで交流が生まれる。自分の家のものは何でも手作りしてしまうおじさんに場所や工具を借り、花を育てるのが大好きなおばあちゃんのために花壇を学生が即興でデザインし、長年木材を蔵の中に保管しているおじいさんから材料を頂戴し、お手本を見せてもらいながら施工した。滞在最終日には、ワークショップで住民が思い描いた貝田の未来像を、学生が即興で制作した家具と地元住民が持ち寄った料理や酒で模擬体験した。



▲貝田のみらいを考えるワークショップの様子。(クリックで拡大)




▲北欧学生と地元住民がファニチャを制作している様子。(クリックで拡大)




●モチベーションの成長を見守る

まちにはさまざまなモチベーションが流れていると述べたが、実際にはそれが肌で感じられるほどの大きなベクトルであることは稀である。そよそよと頼りなく流れている微弱なモチベーションをさまざまなリサーチやアクションを通して辛抱強く読み取り、それらがぶつかりあって相殺してしまうことなく、同じ方向へと流れていくよう地道に交通整理を続けていくことが、身の丈にあった持続可能なまちをつくっていくと信じている。

微弱なモチベーションは、やがて人と人をつなぎとめる社会関係資本へと成長し、政治関係資本と融合することで、いつか必要不可欠とされる日常の風景になるだろう。





矢野拓洋/Takumi Yano
東京都立大学都市政策科学域博士後期課程。JaDAS/JAS主宰、一般社団法人IFAS共同代表、シティラボ東京スタッフ、一般社団法人ソトノバメンバー。2014年~2017年デンマークの建築設計事務所と研究機関に勤務し、デンマークの建築、都市設計思想とデンマークの社会制度、文化の接点を学ぶ。日本とデンマークを往復しながら、建築や都市デザイン、ワークショップデザインの研究をしている。




2020年6
月30日更新。次回は前芝優也さんの予定です。



※本コラムのバックナンバー
http://pdweb.jp/column/index.shtml#mailmag

 


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