リレーコラム:若手デザイナーの眼差し
第94回 岡部太郎/一般財団法人たんぽぽの家 常務理事
このコラムページでは、若手デザイナーの皆さんの声をどんどん紹介いたします。作品が放つメッセージだけではない、若手デザイナーの想いや目指すところなどを、ご自身の言葉で語っていただきます。
●まずは職場の風景から
「プリンセス鬼~」といいながら、舟木花ちゃんが事務所に入ってきた。首から上がプリンスで首から下が鬼だそう。隣でスタッフこれちゃんが同じ格好で嬉しそうにしている。事務内のスタッフが我先にとスマホを取り出し、一時的に撮影大会がはじまった。昨日の「たんぽぽの家」の事務所の光景である。
▲たんぽぽの家では日々愉快なことが突発的に起こる。(クリックで拡大)
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▲HANAにはアトリエやギャラリーがあり、障害のある人の表現に触れることができる。撮影:衣笠名津美。(クリックで拡大)
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たんぽぽの家は奈良県奈良市にある障害者福祉施設だ。西ノ京という、唐招提寺、薬師寺のほど近くの住宅街の中にある。アートセンターHANAという、障害のある人のアート活動ができる環境が整ったセンターがあり、地域の障害のある人たちの生活支援や、障害のある人が生活をする福祉ホームも運営している。
http://tanpoponoye.org
たんぽぽの家が一部の人たちに知られているのは、40年以上前から続けている音楽祭の運営や、障害のある人のアート活動の実践と発信、ネットワークづくりの取り組みだ。いまとは制度も違い、社会的な偏見も根強かった時代に、障害のある人が自己表現することで社会を変えることを目指し、活動が始まった。
●特に何もつくっていないのだけれど
私はこのたんぽぽの家に在籍して20年近くになる。東京の美術大学でグラフィックデザインを学んでいたが、とあるきっかけでたんぽぽの家の作家に出会い衝撃を受け、3年生で大学を休学し1年間インターンとして働いた。その後卒業し、まったく縁のなかった奈良に来て、そして障害のある人とともに働いている。とはいっても、いわゆる介護、介助のケアワークは行っていない。ほかのスタッフやメンバー(たんぽぽの家では利用者のことをメンバーという)からも、「岡部さん、なんの仕事してるの?」とよく聞かれる。たんぽぽの家の活動を社会に広く伝えたり、あるいは障害福祉という枠を超えたつながりをつくることが仕事のメインである。そのなかでもアートやデザインといった、創造的な活動をしている人たちをつなげている。
私が福祉の世界に関わるようになった当初、福祉施設で行われていることと外の世界のイメージのギャップがあった。冒頭の光景のような、実はおもろい人たちが繰り広げる日常や、はっとするような手仕事を、知らない人たちに伝えたい、という思いがあった。固定化した障害福祉という概念を変えることはひとつのデザインだし、地域のなかで関係者だけで固まっていた人間関係をほぐしていくこともデザインという行為だろう。私自身は実際に形に残るデザインワークは何もしていないのだが、広い意味で捉えればデザインという活動をしているとも言える。
●新しい仕事と働き方を考えるGood Job!の取り組み
いま、障害のある人たちの課題の1つに、所得が低いということがある。障害のある人は福祉施設で何をしているかというと、生活をしたり働いたりしている。そのうち「働く」に対する賃金が低い。日本でメジャーな福祉的就労の形態で「就労継続支援B型」※があるが、1人あたりの工賃(賃金とはいわない)は全国平均で1万5千円前後といわれている。平均の取り方はいろいろあるが、15万円ではなく1万5千円、とまさにケタが違うということを覚えておいていただきたい。そこで、2013年から障害のある人と新しい仕事や働き方をつくっている団体や取り組みを紹介する「Good Job!プロジェクト」を立ち上げた。
▲奈良県香芝市のGood Job!センター香芝。設計はo+h。撮影:増田好郎。(クリックで拡大)
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▲GJ!センターのコンセプトは「町並みをつくるアートの森」。ぬくもりと人の気配を感じる空間。撮影:増田好郎。(クリックで拡大)
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近年ではIoTとFabをとおして福祉の仕事づくりや生活を豊かにするプロジェクトを実施。さらに「NEW TRADITIONAL」という、伝統工芸や郷土玩具などの手仕事を、障害のある人の創造性と融合させるプロジェクトを遂行中。これは、障害のある人の感性や手仕事を生かして、ものづくりのあり方を更新していく試みだ。
●Good Job!センターで生まれる新しいものづくり
2016年、奈良県香芝市に障害のある人と異分野がコラボしてものづくりをする「Good Job!センター香芝」がオープン。
http://goodjobcenter.com
ここではデジタル工作機械と手仕事の組み合わせによるものづくりを展開している。たとえば、オリジナルマスコット「Good Dog」の張り子制作では3Dプリンタで型をつくり、その上に手作業で紙を貼り、色を塗り仕上げる。こうすることで効率化と品質の安定化につながったり、1点ものと大量生産の間の多品種中量生産が可能になる。3Dプリンタの操作も障害のある人ができるようになっている。さまざまな企業と共同開発、製造する機会も多い。センターの設計は気鋭の建築家のo+h。アートディレクションはUMA/design farm。
▲オリジナルマスコットのGood Dog。パッケージデザインはUMA/design farm。。(クリックで拡大)
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▲Good Dogの製造プロセス。3Dプリンティングと手仕事の融合で適量生産が可能に。(クリックで拡大)
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おいしいホットドッグを提供するカフェやショップも併設しており、近隣住民はオープン当初新しい美容室ができたのか、と思っていたらしい。福祉施設にみえない空間で、障害のある人、ない人がまざり合う場所が生まれているる。
私はこれからも、障害のある人と関わりながら、専門、非専門を超えてさまざまな人たちとつながりたいと思っている。障害者支援という視点を越え、人間の幅の広さ、深さを伝えていくためにデザインは不可欠だ。ぜひ本コラムを読む多くのデザイナーも興味を持ったら、自分の地域の福祉施設や障害のある人と関わりあう機会をつくっていただきたいと思う。
※いわゆる福祉施設で障害のある人が働くときのサービス名称。「就労継続支援A型」は、雇用契約を結び、その地域の最低賃金が支払われる。いっぽうB型は、体調や症状に合わせて働くことができる代わりに、賃金の最低保証はない。ほかに、一般企業等で働くスキルを身につける就労移行支援(原則2年以内の利用)など、いくつかの形態がある。
岡部太郎/Okabe Taro
一般財団法人たんぽぽの家 常務理事。高校時代より、地元前橋で地域を巻き込んだアートプロジェクトに参加。現在はたんぽぽの家で障害のある人とコミュニティをつなげるプロジェクトや、企業や自治体と共働しながら展覧会、舞台、ワークショップ、セミナーなどを企画運営。また、障害のある人と新しい仕事を提案する「Good Job!プロジェクト」を展開している。
2020年2月18日更新。次回は𠮷田勝信さんの予定です。
※本コラムのバックナンバー
http://pdweb.jp/column/index.shtml#mailmag
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