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イラストリレーコラム:若手デザイナーの眼差し

第89回 髙橋 渓/COL.architects



このコラムページでは、若手デザイナーの皆さんの声をどんどん紹介いたします。作品が放つメッセージだけではない、若手デザイナーの想いや目指すところなどを、ご自身の言葉で語っていただきます。


●耕すようにつくる
COL.architects の髙橋渓です。2018年から神戸を拠点に活動しています。それ以前は組織設計事務所の日建設計に約10年間在籍し、オフィスビルや銀行、アリーナ、イノベーションセンターなど日本各地で大小様々な建築の設計に取り組んでいました。1つの建築が完成するまでのプロセスは本当に濃厚で、多くの人の手を介して、関係者の協力、努力なくしては成し得ないことをたくさんのプロジェクトを通じて経験しました。その経験を重ねるうちに「なぜ建築をつくるのか?」という原点に立ち戻り、組織の中での設計者という環境を離れて、一個人としてもう一度「建築をつくること」とじっくり向き合いたい。という思いから独立を決意しました。

屋号のCOL.は「Culture=文化」の語源の「Colere=耕す」から引用し、「耕すようにつくる」をコンセプトとしています。土を耕し、その土地にしっかりと根を張るような新しい「仕組み」を考えたい。そして、その先にはその土地にしかない新しい「価値」が生まれることを期待しています。

今回のコラムでは神戸でオリジナルに発展した「文化」と新しい「仕組み」をつなぐプロジェクトを紹介したいと思います。

●神戸と日本酒
最初に少し、神戸と日本酒の話をします。活動の拠点としている神戸は瀬戸内海と六甲山系が間近に迫り、東西に長く広がりのある街です。都市にいながら海と山の自然を身近に感じることができ、このコンパクトさが神戸の最大の魅力です。そんな神戸を代表とする日本文化の1つに「日本酒」があります。灘五郷(西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷)と呼ばれる神戸市・西宮市の沿岸部に栄え、室町、江戸時代から受け継がれる「日本一の酒どころ」があり、今も灘五郷を含む兵庫県は清酒生産量で全国1位を誇っています。神戸には美味しい水、酒米の山田錦に恵まれたこと、山から海へとつながる傾斜地があること、港が近く流通の便が良いことなど、「日本酒」はまさに神戸の気候風土によってオリジナルに発展を遂げた「文化」となりました。

もう1つ、日本酒とともに発展したのが「酒樽」です。元々、酒樽は「樽酒」と呼ばれる木製の樽に清酒を貯蔵し、木香がついたお酒をつくる際に使用されています。「樽酒」の歴史は古く、江戸時代に樽廻船と呼ばれる千石船で「灘の酒」が江戸に運ばれ、その際に使われていたのが「酒樽」で、何日も樽の中で揺られて運ばれるうちに木の香りがついた「樽酒」が誕生しました。酒樽には日本三大美林の1つの吉野杉が使われ、「節が少なく木目がまっすぐ通っていて香りがいい」ことから酒樽にもっとも向いているといわれています。また、釘も接着材も使わず、一滴も酒を漏らさないよう、樽職人の熟練の技によって作られたまさに伝統工芸品です。ただ、時代の変化とともに樽職人が減っていく中、日本酒文化を牽引してきた老舗・菊正宗酒造が自社で酒樽職人を雇いながら樽づくりの「文化の継承」に取り組むなど、再び「樽」文化に注目が集まっています。

●“Sake Barrel Project”
そして、このオリジナルの「文化」を新しい「仕組み」として次につなげたいという思いから、2017年より”Sake Barrel Project”という活動をスタートさせました。酒樽としての役目を終えた廃棄されるはずの酒樽を回収し、解体、洗浄、乾燥を行い、空間の一部に酒樽を再編集することに取り組んでいます。

2017年に設計した大阪・堂山にあるクラフトビアバーではビールが注がれる壁を酒樽で製作し、2018年に設計した大阪・谷町四丁目にあるワインショップではバーナーで焼きをいれた酒樽や酒樽の蓋(ふた)を活用した店舗サインなどの製作を行っています。製作は基本的に自分たちで行い、自分自身の手で空間をつくることを大事にしています。



▲Craft Beer bar Mariciero(2017年)。酒樽の壁からビールを注ぐ。(クリックで拡大)



Wine Shop Matchmaker(2018年)。酒樽を活用した店舗サインと外壁。(クリックで拡大)




●“SAKE TARU LOUNGE”-神戸のランドマークから神戸の文化を発信する-
そして2019年の春、ついに日本酒を扱う空間を設計する機会をいただきました。神戸のランドマーク・ポートタワーの魅力に焦点を当て、神戸の日本酒文化を発信するプロモーションやプロジェクトのディレクションを行う、株式会社ARIGATO-CHANの坂野雅さんにお声がけいただき、2019年6月1日にポートタワー展望3階に灘五郷の日本酒を扱う“SAKE TARU LOUNGE”がオープンしました。ポートタワーは来年度からの民営化を目指しており、“SAKE TARU LOUNGE”はその間の社会実験第一弾として、神戸市と株式会社ARIGATO-CHANとの協同で2020年3月末までの期間限定での運営を行っています。

空間のコンセプトはまさに「巨大な酒樽」。自社で樽を製作している菊正宗酒造様のご協力のもと約60樽分の酒樽をポートタワーの平面形状に合わせた円形の壁面に1枚1枚酒樽を貼ることで「巨大な酒樽」を製作しました。その「巨大な酒樽」から提供される「灘の酒」を楽しみながら神戸の風景を360度体感することができます。酒樽のほかにシェアウッズの山崎正夫さんの協力のもと六甲山の間伐材や街路樹を活用したカウンター、木の工房KAKUの賀來寿史さんを中心にDIYで製作した酒樽材のスツール、studio tanboの池畑善志郎さんと製作した箍(たが)を重ねた照明「タガシャンデリア」など、たくさんの人との協同によって空間がつくられています。

また、6月のオープン以来たくさんの人にご来場いただき、8月からは夜24時までの営業時間延長もスタートし、SAKE TARU LOUNGEをきっかけに神戸の公共空間の在り方が変わり始めようとしています。まさに神戸で発展した「文化」が新しい「仕組み」とつながり、そこから生まれた新しい「価値」を多くの人に共感してもらえたことが実感できる、とても感慨深いプロジェクトとなりました。



▲SAKE TARU LOUNGE。巨大な酒樽の中に浮かぶ「灘の酒」。(クリックで拡大)



▲SAKE TARU LOUNGE。六甲山の間伐を活用したカウンター。(クリックで拡大)







▲SAKE TARU LOUNGE。薙(たが)を組み合せて製作した照明「タガシャンデリア」。(クリックで拡大)



SAKE TARU LOUNGE。ガラスに映り込む酒樽と神戸の夜景。(クリックで拡大)





●「直感」と「シンプル」
これからも専門的な領域にとどまらず、あらゆる領域を横断しながら、あらゆる領域の人たちと社会の課題に対して「文化」を切り口に提案し続けていきたいです。ますます複雑化する社会の中で自分の「直感」と「シンプル」な思考を大切にし、日々実験を繰り返しながら、個人としても成長できればと思います。

次にバトンをリレーするのは滋賀県信楽にある老舗・窯元の名山窯でブランドマネージャーとして活躍する石野啓太さんです。「伝統」を守りつつ「進化」を目指す彼の活動はまさに「文化」そのもの。いつか一緒に面白い取り組みができればと思っています。



髙橋 渓/KEI TAKAHASHI

COL.architects/代表・アーキテクト。滋賀県立大学大学院修士課程修了後、株式会社日建設計勤務。2018年COL.architects設立。JIA優秀建築100選(2017・2018)、IES Illumination Awardsほか受賞。



2019年9月12
日更新。次回は石野啓太さんの予定です。

※本コラムのバックナンバー
http://pdweb.jp/column/index.shtml#mailmag

 


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