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▲写真1:ヤマハ「Venova」。オープンプライス(実売価格10,800円前後)。(クリックで拡大)

今、気になるプロダクト その75
管楽器のデザインは何故カッコ良いのか
~ヤマハ「Venova」(ヴェノーヴァ)をめぐって~



納富廉邦
フリーライター。デザイン、文具、家電、パソコン、デジカメ、革小物、万年筆といったモノに対するレビューや選び方、使いこなしなどを中心に執筆。「All About」「GoodsPress」「Get Navi」「Real Design」「GQ Japan」「モノ・マガジン」「日経 おとなのOFF」など多くの雑誌やメディアに寄稿。


●管楽器はすべからくカッコ良い!

西洋の管楽器というものは、誰がデザインしたのか、どれもがカッコ良い。トランペットもトロンボーンも、クラリネットもフルートも、基本的には、音を鳴らすために必要なものが、管の上に乗っているだけのようなものだが、それがいちいちカッコいいのだ。音程を変えるためのキイ類と、その動きがカッコいいというのもあるけれど、キイが付いていない、直接穴を指で塞ぐタイプの、一般的なリコーダーさえ、その形はキレイだし、カッコいいと言っても良いと思う。

日本の笛や笙(しょう)もカッコいい。それこそ横笛なんて、ただの管だけれど、そのミニマルな佇まいはカッコいいと言えるものだ。管楽器のデザインを見ていると、機能美という言葉を思い出すが、現在言われている機能美と、管楽器が持つ、機能しかないのにカッコいい、とは、何かが違うように思うのだ。例えば、クラリネットのカッコ良さは機能のために何かを削ぎ落とした美しさではない。どちらかというと、「そのキイって、どうしても要るの?」と思ってしまうくらい、複雑にレバーとその先に続くシャフトや穴を押さえるパーツが並んで、しかし、不要なモノは何一つない。

トランペットのシンプルなデザインも、では機能美なのかというと、どこか違う気がする。キレイな大きな音を鳴らす、という意味での機能と、効率良く音階を奏でるという意味での機能は、それぞれに存在して、重なり合ってトランペットという楽器になる。そこには、デザイン上の哲学はないし、その形こそが唯一無二というわけでもない。しかし、その結果でき上がったフォルムはカッコ良いし美しい。グニャグニャ曲がった金属の管なのに。

●グッドデザイン大賞受賞のヤマハ「Venova」

ヤマハの「Venova」(ヴェノーヴァ)が2017年のグッドデザイン大賞を受賞したのは何故だろうと思ったので、実機をお借りして、眺めたり、演奏してみたりした。もちろん、十分カッコいい(写真02)。それは、リコーダーがカッコ良いのに近い。1本の管から、優しくも激しくも演奏できるキレイな音が鳴る、しかもかなりの大音量で、というだけで、十分美しいと思える。しかし、では、これがソプラノサックスと比べてカッコ良いかと言われると、考える間もなくソプラノサックスの方がカッコいいと断じることができる。それは間違いなく、そうだから。樹脂の質感は、楽器として考えた時、金属や木には敵わない。樹脂製のソプラノリコーダーは、木製のソプラノリコーダーには敵わないように。

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▲写真2:専用のケースに入っている姿も、本格的な管楽器っぽくてカッコ良い。このケース自体も軽くて、どこにでも気軽に持っていける。(クリックで拡大)










しかし、ヤマハのリリースにもあるように「カジュアルな管楽器」として見ると、本当に良くできているのだ。ソプラノサックスと同じ設計の本格的なマウスピース(写真03)を備え、プラスチック製の扱いが優しく、音が出しやすいリードをセット。もちろん、より本格的な演奏を楽しみたければ、ソプラノサックス用のリードを使うこともできる。このリードがまた良くできていて、正しくくわえることさえできれば(写真04)、比較的簡単に音を出すことができるのだ。リードが振動しやすく作ってあるようだ。

そして、音が良い。もちろん、本物のサックスとは比べ物にならないけれど、音が楽に出せるので、膨らみのある良い感じの、それこそサックスのような音になる。いきなり吹いて、そういう柔らかで伸びのある音が出せるのは、満足度が高い。楽器を演奏している、という充実感が得られるのだ。しかも、指使いも簡単。サックスやクラリネットのような複雑なキイ操作がなく、単に、穴を指で塞ぐ、リコーダー的な演奏スタイルだから(写真05)、勘で吹いてもメロディーになるのだ。

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▲写真3:マウスピースの設計は本格的。そこに、専用のプラスチック製のリードがセットされている。(クリックで拡大)



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▲写真4:このように、下唇を内側に巻き、上の歯をマウスピースに当てるようにして、息を吹き込めば音が鳴る。(クリックで拡大)



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▲写真5:指使いは、ほとんどソプラノリコーダーと変わらない。キーもCになっている。(クリックで拡大)




●誰でも吹きたくなる新しい管楽器

サックスのような音を、キイなしで実現するために使われている技術が、管を横から見ると分かる、この蛇行形状だ。この形状によって、本来、もっと長くなるはずの穴と穴の距離を短くして、指で直接押さえられるようにしている。また、マウスピースの下辺りから突き出している分岐管(写真06)によって、円錐型管楽器の音響特性を、リコーダーのような円筒管楽器でも実現することを可能にしている。これによって、かなりの小型化と軽量化が図られているのだ。

さらに、指使いもジャーマン式とバロック式の両方に対応。トーンホールアダプターで穴を1つ、塞ぐか塞がないかだけで、両方の指使いに対応している(写真07)。このあたりの、「管楽器」をカジュアルで身近なものにする、というアイデアと、それを実現するための技術は、本当に見事なもので、新しいクラシックになる新しい管楽器を発明したと言っても良いのではないかとさえ思う。そのくらい、これまで遠いところにあった、アコースティック楽器としての管楽器を、初心者のおっさんが「やってみようか」と思ってしまうくらいにハードルを下げてくれた。

多分、グッドデザイン大賞は、そのデザインによって導かれた結果に対して贈られたのではないかと思う。分岐管構造にしても、蛇行形状にしても、結果としてカッコ良く見えるけれど、それをデザインと呼ぶかというと、そうではないと思う。この形は、コンセプトを実現するための構造上の要請の結果だ。そしてそれは、造形としてカッコ良いかというと、そうでもない。しかし、この形状がこの音を生んでいると思うと、それはとてもカッコ良いモノに映る。

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▲写真6:この分岐管と蛇行するような管の構造が、リコーダーのような形なのに、サックスのような音を生む。(クリックで拡大)



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▲写真7:穴に付けられた黒いホールがトーンホールアダプター。これの着脱で、バロック式とジャーマン式を切り替える。しかし、樹脂製であっても、管楽器のキイ類はカッコ良い。(クリックで拡大)







●カジュアルな管楽器としてのデザインとは

ただ、問題は、「カジュアル」な楽器であるということ。良い音を生む構造だからカッコ良く見える、と、カジュアルな手軽さの魅力は、デザインという土俵の上では両立しにくいように思うのだ。本体を丸ごと水洗いできるメインテナンスの容易さは、工芸品としての魅力を大きく削ぐことになる。しかし、身近な楽器としては、その機能はとても重要なこと。ここでは、機能の実現がデザインの妨げになっている。私が「機能美」という言葉に対して抱く違和感は、こういう部分にも現れる。

本当に、管楽器に馴染がなかったけれど、やってみたかった、私のような者にとっては、「Venova」は、とても良い楽器なのだ。軽くて、コンパクトに収納できて、しかし吹く際に組立も不要で、メインテナンスも簡単。音域も2オクターブあるから、セッションすれば、ちょっとしたソロも取れる。サックスを彷彿させる音は出るし、吹き方で優しくも歪みっぽい音も出せる。吹いていれば時間を忘れるくらい楽しい楽器なのだ。だからこそ、グッドデザイン大賞受賞と言われると、何となくピンと来ない。来ないのだが、こういう楽器が受賞することを嬉しくも思っている。この複雑な感情も、ぶわーっと「Venova」を鳴らせば吹っ飛ぶのだけれど。
 



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