●取材用の録音機器を振り返る
長くライターをやっているので、録音機器の変遷も身近なものとして見てきた。カセットテープレコーダー、マイクロカセット、MDレコーダー、ボイスレコーダー、PCMレコーダー、録音機能付きデジタルペン、iPhoneアプリなどなど、とにかく便利そうと思ったら、すぐに取材に使って試してきた。
まあ、実際のところ、音質に難のあるマイクロカセットとカセットテープはともかく、デジタル録音になったMDレコーダー以降、ノイズがほとんどない録音が可能になって、聞き取りやすさの点で云えば、MDレコーダーもPCMレコーダーも、取材用として考えた場合、同じようなものだ。
ディスクを必要としたMDプレイヤーから、直接音声データが扱えるようになったボイスレコーダーやPCMレコーダーへの変遷も、音声データをメールなどで送ったり受け取ったりできること、音声データの管理が楽になったこと、という点で、大きな変化だった。
再生もパソコンのソフトで行えるようになって、テープ起こしも随分楽になった。ボイスレコーダーに対してPCMレコーダーの魅力は、音楽の録音にも使えるマイクの能力の高さだ。取材を録音するのは、その言葉を記録したいだけではない。2人以上の相手へのインタビューの場合、ステレオ録音の方が聞き分けやすいし、息遣いや語尾のごにょごにょまでしっかり録音できるのは、テープ起こしにも、実際の原稿を書く際にも役に立った。
現在は、iPad ProとNotabilityというアプリをメインの取材ツールとして使っている。これは、メモと録音を同期できるツールで、使用感としては、LivescribeのWi-Fiスマートペンに似ている。取材中のメモから録音した音声を呼び出せる、逆に音声からメモを呼び出せるというツールは、テープ起こしなしでインタビュー記事を作ることができる。これは、ライターとしては本当に楽だし、取材もしやすくなったのだけれど、音質面ではPCMレコーダーには劣るため、現場を丸ごと保存するといった使い方には向かない。
現場の保存という意味では、ビデオに録画するという方法もある。実際、テープ起こしをする場合に、喋っている相手の口の動きが分かるというのは、とても助かる。聞き取りの精度が格段に上がるから、テープ起こしにかける時間も少なくて済む。ただ、撮影に三脚が必要になるなど、取材が大仰になってしまうし、相手に意識させることにもなるので、あまり実際的ではない。一時期、インタビューをビデオで撮るのが流行ったのだけれど、結局定着しなかったのは、やはり準備や現場が煩雑になるからだろう。
●これまでになかったタイプの録音機「ICD-TX800」
ソニーの新しいボイスレコーダー「ICD-TX800」は、ボイスレコーダーの歴史を振り返っても同工の製品がないというか、かなり特殊な形をしている(写真02、03)。これまで、録音機というのは、カセットにしろICレコーダーにしろ、どこか、メディアやマイク、操作性などに縛られて、機能優先のデザインになっていた。独特のデザインの製品もあったけれど、それも、マイクの集音声を高めるためだったりして、見れば録音機器だと分かるような形状になっていた。ところが、この「ICD-TX800」は、ついに、その殻を破ったというか、技術の進歩もそうだし、「録音」という行為に求められる形が変わったのだと思わせるものがあるのだ。
▲写真2:本体、リモコン、イヤフォン装着用のアダプタをまとめて収納できるケース付き。(クリックで拡大)
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▲写真3:ケースを開いたところ。こういう部分のデザインが上手い。(クリックで拡大)
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手のひらサイズというよりもさらに小さい、縦横サイズ約38mmの本体(写真04)と、それと同サイズで少しだけ薄い無線のリモコン(写真05)。この小ささも、無線リモコンと本体のデザインを合わせてあるところも、従来に似たような形はない。昔のスパイ映画を思わせるムードがあるが、その通り、このレコーダーのデザインは、「さりげなく、自然」に録音するためのものなのだ。本体は、ポケットに入れるどころか、ポケットの端に留めておけるサイズだし、実際、本体は全体がクリップのようになっていて(写真06)、ポケットなどに留めて使えるようになっている。そこに、手のひらに隠せるサイズのリモコンが付いているのだから、何気なく録音することがとても簡単。録音のスタートと停止は、スマホのアプリからも行えるから、さらに自然に録音が行えるのだ。このコンセプトは、確かに今までなかった。
▲写真4:この小ささ。しかも重さは約22g。本体のみでの録音再生も可能。(クリックで拡大)
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▲写真5:こちらはリモコン。本体とサイズが揃えてあるのはもちろん、ブラインドで操作できるように作られている。(クリックで拡大)
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▲写真6:このように、本体自体がクリップになっている。(クリックで拡大)
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●コンパクト、ハイスペック、マニアック!
このサイズで、デフォルトで192KのMP3ステレオ録音という、中々の高音質なのも、PCM録音が可能なのも、ステレオマイクが内蔵されているのも、内蔵メモリーが16GBあるのも、3分の充電で約1時間録音できる機能も、本当に凄くて、このあたりはさすがソニーというか、そのスペックで、このデザインである意味が、もうよく分からないというか、この凝縮感や、無駄とも思える高性能は、私たちが知っている、かつてのソニー製品。
マニアックと言えばマニアックだし、しかし、今、ボイスレコーダーを作るのだったら、このくらいのスペックがないとスマホに太刀打ちできないのも確かだ。こういう製品企画が通るようになるくらいには、私たちの好きだったソニーが帰ってきたように思う。
●「ソニーらしさ」で広がる録音シーン
本機は録音時のシーンセレクトが可能なのだが、そこに「ポケット」という設定が含まれているのにも唸らされる(写真07)。ポケットに入れて使うことが前提なのだから、あって当然の設定なのだけれど、その、目立たずに良い音で録音できるという機能を、堂々と表に出している姿勢がカッコいいのだ。
実際、ポケットの内側に留めて録音してみたが、確かに音が篭らないし、クリップで留めているせいもあって、多少動いても布地と擦れるノイズが入らない。録音レベルもマニュアルで設定できるし、オートの設定の信頼性も高い。もちろん、再生速度の変更機能などのテープ起こしに便利な機能もそつなく搭載している。
今、ICレコーダーを作るのなら、このくらいのスペックは必要だろうし、どこかに強い特徴を持たせないと製品として成立しにくいのは分かる。PCMレコーダーがマイク性能をどんどん上げていくのも、そのためだろう。そして、「ICD-TX800」は、小さい中に高性能を詰め込むという形で、今のICレコーダーを作って見せたのだろう(写真08)。
実際、今やICレコーダーの主なユーザー層は、取材をする必要がある人が中心。どちらかというとプロユースの機器になっている。そう考えれば、「ICD-TX800」の極端とも言えるコンセプトも、しっかりとユーザー層を見据えた製品といえるのではないだろうか。ただ、できれば、録音したファイルのPCなどへの無線転送機能は欲しかったとは思う。
▲写真7:録音シチュエーションを選べば、適切なマイクの設定が行える。「ポケット」設定があるのが独特だ。(クリックで拡大)
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▲写真8:コンパクトにするのにやむを得なかったとは思うが、イヤフォン接続にはアダプタを介さなければならないのが残念。(クリックで拡大)
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