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▲写真1:左「80mm」2,700円+税、右「78mm」6,000円+税。(クリックで拡大)

今、気になるプロダクト その71
湯呑みの「良さ」をデザインすること
~秋田道夫デザイン「80mm」「78mm」~


納富廉邦
フリーライター。デザイン、文具、家電、パソコン、デジカメ、革小物、万年筆といったモノに対するレビューや選び方、使いこなしなどを中心に執筆。「All About」「GoodsPress」「Get Navi」「Real Design」「GQ Japan」「モノ・マガジン」「日経 おとなのOFF」など多くの雑誌やメディアに寄稿。


●静かなロングセラー「80mm」

秋田道夫のデザインによる「80mm」という、湯呑みというかカップというか、そういうものがある(写真02)。高さ80mm、直径80mmなので「80mm」と名付けられた磁器のカップは、把手もなく、模様もなく、ただ白い円筒形。二重構造になっていて、熱い飲み物を入れても手で持って飲むことができる。磁器製だし真空二層構造であるわけはなく、だからある程度は熱が伝わるのだけど、ほんのり温かい程度で、「熱々っ」となるようなことはない。

そもそも、磁器つまり焼き物で、二重構造の器が作れるものなのかとも思うけれど、そこはさまざまなメーカーに相談しつつ、それを可能にする「セラミック・ジャパン」と出会い実現したという。ただ、当然だけれど、焼き物なので、基本的には成形して窯に入れるわけで、そう簡単に作れるものではない。実際、あまりに作るのが大変だという事で、最初の発売分が完売した後は、もはや手に入らない幻のカップになっていたのだ。

今回、数年ぶりに製作された分も、もはや流通在庫のみで、ほぼ職人.comにある分だけという話なので、買いたい人はお早めに、という状況。今回分が終了したら、またしばらくは作る予定はないのだそうだ。プロダクトは誰かが作っているものだから、当たり前だが無尽蔵に沸いて出るものではない。「80mm」は2,700円と、湯呑みとしては高いけれど、コーヒーカップとしては普通程度の価格。超高級品ではないが、気がついた時に買っておかないと手に入らない製品というのは、普通にあってよいと私は思う。

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▲写真2:80mm「80mm」2,700円+税。購入は職人.comまで。(クリックで拡大)










●「80mm」の飲み心地

実際、この「80mm」、本当にいいのだ。二重構造だからこそ実現している、外側は真っ直ぐに切り立っているように見えて、内側は絶妙に曲線を描く飲み口(写真03)は、口当たりがとても良く、口を離す時に唇からまったく外側にこぼれないため、表面に液だれすることもない。底も中央が凹んでいて周辺に向かって曲線を描くようになっていて(写真04)、洗いやすく、茶渋も付きにくい。80mmの高さで80mmの直径という形は、机の上などで倒れにくく、底まで指が届くから洗いやすい。これが、背が高過ぎると倒れやすいし、洗いにくい。低過ぎると、お茶が零れやすく、持ちにくい。

80mmという直径は、円周だと250mmほどあって、手の小さい人には、ちょっと片手では持ちにくいかも知れない。しかし、外周が熱くならないため、両手で包み込むように持つと、とても安定するし、手の中の温かさにホッとするのだ。片手でワイルドに飲んでもよいけれど、カップに半分ちょっと入れて(写真05)、両手で包んで熱いお茶を少しづついただく、そういう飲み方には、このサイズがちょうどよいのだ。もっとも、湯呑みなので、持ち方飲み方は好きにすればよいのだけど、私は両手持ちをお勧めしたい。

この「80mm」(写真06)に問題があるとすれば、もし割ってしまったら次が手に入らないかも知れない、ということだけれど、そういう時が来ないようにも、両手持ちはお勧めなのだ。お茶もコーヒーも紅茶も、それこそ、氷を入れた冷茶やアイスコーヒーでも似合うから、日常の「いつものカップ」として愛用できる。冷たい飲み物を入れた時も、二重構造のため結露しにくいのも嬉しいところ。

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▲写真3:上唇が当たる湯呑みの内側部分の曲線が絶妙なのだ。(クリックで拡大)



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▲写真4:底に角ができないように、カーブしているため、とても洗いやすい。 (クリックで拡大)






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▲写真5:なみなみと注ぐより、このくらいがちょうどいい。(クリックで拡大)



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▲写真6:底の裏側には、秋田道夫のサインが印刷されている。中央のポッチは二重構造で作る際にどうしてもできてしまう穴をシリコンで塞いでいるところ。 (クリックで拡大)






●ステンレスのタンブラーグラス「78mm」も新登場

その「80mm」のステンレスカップ版とも言える製品が、ヴァンテックの「78mm」(写真07)。こちらは湯呑みではなくタンブラーグラスだ。主に、酒を飲むためのグラスとしてデザインされているし、金属製で重量感もある。その用途に合わせて秋田道夫が出した答えが、「80mm」ではなく「78mm」。つまり、高さも直径も78mmのステンレス製グラスだったというわけだ。もちろん、構造は「80mm」と同じ二重構造。飲み口の絶妙な曲線(写真08)も、底の洗いやすい丸さ(写真09)も「80mm」を受け継いでいる。

「80mm」との大きな違いは、ステンレス製であること、外側が厚くなっていて持った時の重量感があること、そして継続的に販売されること。焼き物ではないから作るのが簡単というわけではもちろんなく、燕三条の金属加工の高度な技術があってこそ実現した製品で、数を作る態勢も整っているということだろう。価格は6,000円と「80mm」よりはかなり高い。また、内部に触媒加工を施し、ワインや焼酎などの味を深みのあるものに変化させるという「プレミアム」タイプ(写真10)が用意されているのも特徴だ。

実際に使ってみると、酒、特にワインを飲むのにとてもよい。そして「80mm」よりも少し小さい「78mm」というサイズが、とても手に合うのだ。それは、酒は片手で飲むから、というのがまず大きい。片手で飲むのにはちょっと大きかった「80mm」の、「ちょっと」分が、直径にして2mm分、円周だと6mmちょっと、だったのだろう。どっしりと開放的な「80mm」に比べて、少し締まったシャープな印象があるのも、たった2mmの違いが、実はかなり大きいという証左でもあるだろう。

「プレミアム」タイプの触媒作用は、実のところ、それほど理解できていない。味は確実に変わる。それは分かる。ワインの場合、多少飲みやすくなるとは思った(写真11)。それがおいしくなると表現してよいのかというと、そこは好き好きかなあと思うのだ。私は個人的には、タンニンが強いお茶を錫の茶器で淹れて、「味がまろやかになる」というのが、あまり好きではない。というか、確かにまろやかになるのだけど、まろやかになることが良いこととは限らないと思ってしまうのだ。こういうのは、やはり好みによると思う。

しかし、酒器として、またアイスコーヒーなどを飲むのに、この、手への収まりのよさや、口当たりのシャープなのに柔らかい感じ、外側に液だれしない気持ち良さなど、とても心地が良いと思っている。「78mm」だって、本当に生産は難しそうだし、手に入る内に買った方がよい製品なのだ。油断していたらなくなる気がする。。

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▲写真7:ヴァンテックの「78mm」6,000円+税。購入はこちら。(クリックで拡大)



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▲写真8:「80mm」よりも、さらに丸みを帯びた飲み口。(クリックで拡大)



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▲写真9:底部も丸くなっていて洗いやすい。(クリックで拡大)




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▲写真10:ノーマルタイプとプレミアムタイプ(17,800円+税)は、外観はまったく同じ。違うのは底部の「PREMIUM」の文字のみ。(クリックで拡大)



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▲写真11:プレミアムもノーマルも、おいしくワインを飲むことができる。(クリックで拡大)









●贅沢な日用品をデザインすること

「80mm」(写真12)にしても、「78mm」(写真13)にしても、飲み物を快適に飲むための器として、本当に細かいところまで考えられているのが、使えばすぐに分かる。しかし、湯呑みやグラスの世界に於いて、多分、デザインというのはそういうものではなかったはずだ。それは、口当たりの良さ、香りを溜める形か放出する形か、持った時の感じ、といった部分は当然意識して作られていたとは思うけれど、それはどこか経験主義的というか、こういう形はこういう用途にという基本スタイルに則って作られていたように感じるのだ。その点、徹底的に意識的に、「飲むための器の形」を新しく考えて作られた「80mm」や「78mm」とはまったく違っている。

もちろん、どちらが正しいという問題ではない。世の中の湯呑みがすべて「80mm」になれば嬉しいなんてことはない。いろいろある中の1つだからこそ、「80mm」は美しいと思う。しかし、私は、「80mm」という形に結実したアイデアと理論が好きなのだ。そしてそれが、きちんと「官能的」であるように作られているのが嬉しいのだ。それでいて、製造が難しいとはいえ、製造できるように考えられているのが素晴らしいと思うのだ。

高価という意味ではなく、贅沢な日用品をデザインするというのは、きっとこういうことで、それは決して「シンプル」なんて言葉で括られるようなものではない。だって、「80mm」、外から見た形こそシンプルかも知れないけれど、そこに込められた人知はむしろ複雑と言ってよいものだから。

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▲写真12:「80mm」のパッケージ。(クリックで拡大)



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▲写真13:「78mm」のパッケージ。(クリックで拡大)





 



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