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▲写真1:パイロット「カスタム URUSHI」88,000円+税。(クリックで拡大)

今、気になるプロダクト その67
これまでの評価軸を無効にする稀な製品
~パイロット万年筆「カスタム URUSHI」をめぐって~


納富廉邦
フリーライター。デザイン、文具、家電、パソコン、デジカメ、革小物、万年筆といったモノに対するレビューや選び方、使いこなしなどを中心に執筆。「All About」「GoodsPress」「Get Navi」「Real Design」「GQ Japan」「モノ・マガジン」「日経 おとなのOFF」など多くの雑誌やメディアに寄稿。

●そもそも書き味とは

「書き味が良い」と「音が良い」は、とても曖昧な言葉で、多分これだけでは何も言っていないに等しい。そもそも、書き味という言葉にせよ、音という言葉にせよ、それが指し示す意味が人それぞれ違っていて、コンセンサスは取れていないまま、「大体、このあたりでしょ」という架空の基準を作って、その上で使っている場合がとても多い。

もちろん、そこに具体性をくっつければ問題はない。例えば、「サラサラとした書き味」とか「分離の良い音」とか。しかし、難しいのは、その場合、別に褒め言葉にはなっていないということ。「サラサラとした書き味」は状態の説明であり、「分離の良い音」は楽器間の分離が良いという、これも状態の話であって、だから何かが凄いというわけではない。

ただ、パイロットの「カスタム URUSHI」を試した瞬間、書き味なんて言葉は、どこかに引っ掛かりがあるから出てくるわけで、本当にスムーズに書けてしまえば、そこには「書き味」「書き心地」なんて言葉が入り込む隙がなくなるのだということに気がついてしまった。生音をライブで聴いていて、「音が良い」とか言わないのと同じだ。ただ「書ける」のだ(写真02)。

描いているのだから「書ける」のは当たり前なのだ。しかし、「書こう」と思って、ペンを紙の上に乗せて、少し力を下方に掛けながら、書きたい方向にペンを引っ張る、といった「書く」ために無意識にやっているような操作が、ほとんど必要ないのだ。ペン先が紙に着くか着かないかで、すでに「書く」が始まって、ただ、書きたい方向にペンを動かす、つまり横方向への力以外は一切力がいらないというのは、こんなにも楽なのかと、ちょっと驚いてしまう。これは「書いて」いるのだろうか。

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▲写真2:書き味など考える隙のない、筆圧も摩擦も感じさせないまま書けてしまう不思議。(クリックで拡大)










●紙にペン先が触れている感触

万年筆は筆圧ゼロで書ける、というのは、良く言われることで、筆者も良い万年筆は、ほぼ筆圧ゼロで書けると思っていた。もちろん、それは間違いではないだろう。しかし、筆圧を意識して掛けないことと、筆圧をまったく掛けないは、全然別のことだった。これまで、どの万年筆でも、ほんの少し、紙にインクを擦り付けているような感触は感じていた。ただ、それが「筆記感」であり、紙とペン先が物理的に触れている以上、それは当たり前の現象だと思っていた。ポイントは、その感触がスムーズか、軽いか、滑らかか、といった部分で、そこに筆記具ごとの「書き味の違い」が生まれる。

ところが、この「カスタム URUSHI」の場合、その紙にペン先が触れている感触が、ほとんどないのだ。それなのに、紙にはクッキリとインクが乗っている。つなり、感触がほとんどないわけで、それはもう「書き味」はないというようなものなのだ。そして、紙の種類の違いも、あまり分からない。もちろん、書いた後で、滲むとかインクが流れるとか、吸い込むとか、そういうことは分かる。しかし、この紙は書いていて気持ち良いとか、これはイマイチとか、そういうのがない。基本、書いてて気持ち良い。

●最大サイズの大きなペン先

「カスタム URUSHI」に使われている30号という大きなペン先(写真03、04)は、パイロットの現行製品では最大のサイズ、モンブランのマイスターシュテュック149と同じくらいの大きさだ。しかし、モンブランのペン先は、固く仕上げてあり、一方、パイロットでは、柔らかさでもパイロットの「エラボー」に近いという、かなりの柔らかさを実現。大きく柔らかいペン先が、この筆記感がほぼない筆記感を作り上げている大きな要因だろう。

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▲写真3:この大きなペン先は、とても柔らかく、繊細なペン先の動きにもビビッドに反応する。(クリックで拡大)



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▲写真4:低価格路線では大きなペン先の「カスタム74」の5号ペン先と比べてみた。大きさが分かると思う。(クリックで拡大)









軸ももちろん巨大で、普通のペンケースには入らないほどなのだけど、ここで面白いのは、大きな軸に大きなペン先だからといって、太い大きな文字に向いているかというと、そんなこともないという点だ。まず、紙にペン先を押し付ける必要がないから、立った状態で下敷きのないメモ帳にも楽に書けるのだ。また、紙を擦りながら書くわけではないから、小さな文字がストレスなく書ける(写真05)。つまり、この大きな万年筆、手帳などへの書き込みに相当の力を発揮するのだ。これには本当に驚いたのだが、筆じゃないのだから、ペン先の大きさと字幅は別物なのは当たり前。何となく、太い万年筆は太字で小さな文字には向かないと思い込んでいた。

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▲写真5:太い軸だが、首軸までほぼ段差がないので、持ちやすく、楽に書ける。(クリックで拡大)










●「しなり具合」とはまた別の評価を

万年筆のペン先は「しなり」がどれくらいあるかが評価のポイントになっていることがあるが、実は筆者はそれが良く分かっていない。パイロット社の場合、ペン先を調整するに当たって、「しなり具合」は、書く人が普通に書く際の筆圧を掛けた時、しなるかしならないかくらいというのがベストだという考えだと取材で聞いたことがある。もちろん、どのようにペン先を作っていくかというのはメーカーごとに違うだろうし、万年筆をどう使うかというのもユーザーごとに違って、別に正解があるわけではないだろう。

ただ、個人的にはペン先をしならせて書くのは好きじゃないというか、ちょっと怖い。ペン先が開いちゃうような気がするし、壊れるような気がしてしまう。だから、ペン先の硬さに合わせて、こっちで筆圧を調整してしまうところがあるのだけど、「カスタム URUSHI」の場合、それさえも考えることがなかった。もう、かなりの量を書いてみたのだけど、未だに筆者には、このペン先がしなるのかどうか分からない。そもそも、紙にペン先が着いてるかどうかさえ定かではない状態で書いているのだから、ペン先がしなるかどうかなんて分かるはずはないのだ。

ただ、立ったまま書いている時など、紙の湾曲にも関わらず、何の抵抗もなくすーっと書けてしまっていて、この場合、もしかしたら、大きなペン先の柔らかいしなりが、紙の湾曲を吸収しているのかもしれないと思った。もちろん、手に「しなってる」という感触はないから、本当かどうかは分からない。ただ、ペン先の柔らかさは、「しなる」ためだけにあるものではない、ということは分かった気がする。

●漆コーティングの太くて大きな軸

そう考えていくと、この「カスタム URUSHI」は、かなり異色の万年筆ということになるのだろうか。評価軸というのが、何らかのマイナスを元に作られているのだとすれば、そのマイナスを克服してしまえば、その評価軸は無効になる。ハイレゾ系の「原音」という考え方と同様、絶対的な基準がないジャンルでは、何らかの架空の基準を作らないと、そのモノを語ることができないというジレンマ。「書き応え」なんて、紙とペン先の摩擦があり、紙の抵抗があるからこそ起こる現象。本当にスイスイ書けてしまったら、「書き応え」はないけれど、気持ち良いことは確かなのだ。

筆と違って、万年筆の場合、ほんの小さな粒しか紙に触れないわけで、しかもその粒の先にはすでにインクが垂れてきているわけで、それなら、紙への抵抗を極端に減らすことは確かに可能。それを実現してしまった1つの例が「カスタム URUSHI」なのだろう。摩擦を減らすために、大きく柔らかいペン先が必要で、それを支えるペン芯が必要で、軽さのためのエボナイトに漆コーティング(写真06)という製法を取り、筆圧を掛けずに書きやすい太くて大きな軸にする。何だか、とても合理的で、しかし、売れ行き好調で生産が追いつかないという現状を見ると、これを実現するための手間はとても大きいのだということも分かる。ようするに、すごい万年筆がでてきたということなのだ。

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▲写真6:エボナイトに漆コーティングを施した軸は、軽く、独特の透明感のあるツヤがある。(クリックで拡大)












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