●ウクレレに歴史あり
ウクレレというのは、何だか不思議な楽器。元はポルトガルの「ブラギーニャ」という弦楽器だったらしいのだけれど、ハワイに根付いたのは、音楽の伴奏が出来る楽器が教会にしかなく、好きな場所で歌いたかったハワイの人びとが、コンパクトで持ち歩ける「ブラギーニャ」を使うようになって大ブームが起きたという。
つまりは、最初から携帯性が重宝され、伴奏楽器として定着している。それで、結局、ミニギター的な使われ方をして、世界中に広がっていくのだけれど、だからこそ、とてもプリミティブな構造だし、適当なところもあって、しかし、アコースティック楽器なので、材質や形状、職人の腕などに音色が左右される。あれだけ小さいと、チューニングも狂いやすいし、音量もそれほど出ないのだけど、精密な演奏をするミュージシャンもいるし、作りがプリミティブだからといって、安い楽器ではない。むしろ、安いものを買うと、チューニングが安定しないし、音は伸びないし、いい音も出ないから、下手な人には手に負えない。
私はかつて5,000円のウクレレを買ったのだが、二音くらい弾くと、もうチューニングが狂うものだから、自分が何の音を弾いているのかさえ分からず、まったく弾けなかった。その後、10万円のウクレレを弾いて、普通にギターのように弾けることにビックリしたものだ。
エレキギターなら、1万円も出せば、素人が弾いてもちゃんと音が出るし、練習するのに支障はないけれど、ウクレレの場合、2万円でも、ギリギリというか、まだちょっと厳しい。できれば5万円前後のものは買いたいといった感じになる。小さいし、プリミティブだから安いはずと思っている人が実際に価格を見ると、中々購入に踏み切れないのがウクレレなのだ。
ようするに、キチンとした素材(つまり良い木)を使い、正しく設計されていて、高い技術で作られたものでないと、気軽に遊べる楽器として成立しないのがウクレレ。工芸品に近い楽器なのだ。でも、ギターよりもさらにシンプルな構造で、手間暇をかければ良い楽器になるので、個人的にウクレレを作って売っているウクレレ職人は意外に多い。安価なキットも売っているくらいで、製作自体はそれほど難しくはないのだそうだ。
●チーズとウクレレ?
「Cheezy Ukulele」は、そんな町のウクレレ職人の手によるオリジナルのウクレレ(写真02)。何が良いって、その穴あきチーズを模した箱型のボディと、笑顔のような形状のサウンドホールが作り出す何ともいえない可愛らしさ。可愛いけれどファンシーではなく、老若男女誰でもに似合うデザインが、ウクレレらしからぬ、でも、とてもウクレレっぽいふんわりしたムードを湛えているのだ。
製作者は石井元氏(写真03)。学校の先輩の映像作家、石田英範氏と女優の洞口依子氏のウクレレユニット「パイティティ」のトレードマークとして石田英範氏がデザインした図案を、石井元氏が自分が試作したウクレレに取り入れ、それを石田英範氏に渡したのが、この独特なデザインの始まり。「cheezy」という名前の通り、全体にチーズのイメージをウクレレのボディで表現、色もオレンジ色にして、チーズっぽさを強調。他に類を見ないデザインのウクレレになった。素材は、ネックとボディはマホガニー、ブリッジはエボニー、指板に木材ではなくパーロイドを使っている(写真04)。
▲写真2:工房でCheezy Ukuleleの素材違いモデルを手にする製作者の石井元氏。ナチュラル塗装のトラ目ボディにローズ指板のモデル。(クリックで拡大)
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▲写真3:製作者の石井元氏。学校の美術教師を務める傍ら、ウクレレ製作を行っている。(クリックで拡大)
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▲写真4:ウクレレは、テナーからミニまで4種類のサイズを、さまざまな素材で作っている。オリジナルは写真01のオレンジのタイプだが、バリエーションは豊富。(クリックで拡大)
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これが、弾いてみると、ちょっとシャープでフワンとウクレレらしい音色の、しっかり鳴る楽器になっていた。ソロというより伴奏というか、コードをジャカジャカ掻き鳴らすのに向いた音で、ネックも少し幅広く作られていて、各弦の間隔が少しだけ広めなので、とてもコードが押さえやすい設計(写真05)。ジャカジャカと弾くのがとても気持ちいいのだ。四角いボディも、やや薄めに作られているので、ホールディングしやすく、初心者にも弾きやすい形状。ペグにはギア比4:1回転のGOTOH製を使用(写真06)。見た目はウクレレらしいストレートタイプなのに、ギア内蔵で安定したチューニングが得られるのだ。
▲写真5:ネックは薄手で、しかし幅が広めのギブソン風。他の弦に指が当たりにくいのでコードが押さえやすい。(クリックで拡大)
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▲写真6:ギアが外側に露出せずストレートタイプのGOTOH製のペグは、ウクレレらしいルックスと、安定したピッチ、チューニングのしやすさが両立する。(クリックで拡大)
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●職人芸による「Cheezy Ukulele」
ガレージの隅を借りて工具を置き(写真07)、木材を切り、加工し、磨き、組み立てて塗装し、乾燥したら自宅に持ち帰って、ペグ(糸巻き)を付けたり弦を張ったりして仕上げていく。木材も自分で木を叩いて、鳴りの良い、安定したものを選び、細かい調整も含め、丁寧に手作業で作っていくウクレレは、正に工芸品だ。「Cheezy Ukulele」のラインアップは決して安価なものではなく、楽器に馴染まない人にはとても高価に見えるかも知れない。しかし、その丁寧な作業から生まれる、きちんと弾けてチューニングも安定して、楽器としてのクオリティはもちろん、工芸品としてのデザインの面白さや木工工作の技術をみれば、適正価格というか、どちらかというと安いくらいだということが分かると思う。
ボディの、チーズの穴を表現するための窪み部分の、見事なまでの滑らかな丸さや(写真08)、笑顔のようなサウンドホールの処理の丁寧さ、手作りならではの、マホガニー以外の様々な木を使ったバリエーションモデルの表情の違い、スワロフスキーを埋め込んだフレットマークの遊び心(写真09)などなど、見どころが多い作りで、弾けば弾くほど愛着を感じられるのが、出自からして楽器であり工芸品でもあるウクレレの本質を表現しているのだ。
▲写真7:工房の全体。左手前に丸ノコなどの工具類。奥には乾燥中のウクレレも見える。(クリックで拡大)
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▲写真8:チーズの穴を模したボディの側面の窪みは、見事に丸く仕上げられている。(クリックで拡大)
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▲写真9:樹脂製の指板に、スワロフスキーのフレットマークを配するデザインは、他メーカーにはないオリジナルな仕様。(クリックで拡大)
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●ライブで使いたい1本!
楽器店やウクレレショップに行くと、いわゆる瓢箪型のタイプだけでなく、驚くほど色んな形をしたウクレレが売っていて、中には、オベーションのアコースティックギターをそのままウクレレのデザインに使ったものや、レスポール、ストラトキャスターのような形でマイクを内蔵したものなどもある。ただ、それらのウクレレは、ギター的な楽器としての合理性の元でデザインされているものが多く、それはそれで面白いのだけど、「Cheezy Ukulele」のように、ウクレレやギターらしからぬ形のものは意外に少ないから、かえって、目を惹くし、その形に何かがあるように感じる。
シガーボックスギターという、葉巻の木箱をそのままギターのボディにした、味わい以外には何もない(でも欲しい)ギターと、ちょっと形状は似ているのだけど、ウクレレだけにボディとネックのバランスが良く無理がない。最近は、「Cheezy Ukulele」でも、「リッケンバーカー325」の形を模した「Cheezy 325」(写真10)の製作を始め、より楽器としての鳴りにこだわり、さらに、「可愛過ぎる」ことで買いにくいというニーズに応えている(といっても、Cheezyのトレードマークのサウンドホールは健在だ)。このモデルも、既存のギターを模しているとはいえ、他のウクレレメーカーがやっていないデザインだし、そのボディを真っ黒にしたり、ユニオンジャックを描いたりして、ハッキリと個性を打ち出している。
この「形や色の面白さ」と「木工品としての工作技術の確かさ」と「楽器としての完成度」に「細部の遊び心」まで加えて作られるウクレレは、マーチンやカマカといったウクレレの名門メーカーに比べると、「楽器としての精度の高さ」「アコースティック楽器としての鳴りの良さ」では敵わないかも知れない。しかし、同じ価格帯では、音はそうそう負けていないし、何より、「面白いウクレレ」を作ろうと云う、メーカーが考えない意志がある(写真11)。プロがレコーディングで弾く際に選ばれる楽器ではないかも知れないが、プロがライブで使いたいと思い、素人が練習したい、持っていたいと思うウクレレなのだと思う。そして、人前で弾いたりしたくなる。持ち歩いて、そこらで聴かせたり、部屋に置いて、好きな時にさっと手に取って練習したり、といった用途なら、それはそれは向いていると思うのだ。
▲写真10:「Cheezy 325」(80,000円~)。ジョン・レノンも愛用したリッケンバッカー325のデザインをウクレレ化。サウンドホールはcheezyのキャラクターだ。(クリックで拡大)
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▲写真11:素材違い、形違い、どれも、丁寧に仕上げられている。オーダーメイドも可能だ。(クリックで拡大)
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