●そもそも万年筆とは
万年筆は、開発された当初は、インクを軸内に内蔵できる筆記具、つまり、外に持ち出すことができる筆記具だった。それが、インクフローが安定していくにつれ、日常の筆記具となっていく。それ以降、かなり長い間、万年筆=筆記具、という時代が続く。他に筆記具に当たるものは鉛筆しかなく、鉛筆は研がないと長時間の筆記に耐えないこともあって、書くことは万年筆を使うことだったのだ。
その状況は、日本でも明治時代に始まり、太平洋戦争後、昭和30年代くらいまで続く。その間に、戦争に徴兵される青年兵に対し、万年筆を贈るという流行があって、その慣習が入学祝いに万年筆を贈るというスタイルへと変化、昭和50年代くらいまで、その習慣は続いた。
ボールペンの品質が安定し、安価になり日常の筆記具として普及する1970年代以降、徐々に万年筆は日常の筆記具という地位から退き、筆記具=ボールペンの時代が始まる。その後、一時期は、万年筆の存在自体が危うくなるほどの状況になり、細々と、マニアやギフトなどに支えられて生き延びてきた。もちろん、万年筆メーカーはそういう状況にあっても、というか、そういう作れば売れる時代ではなくなったからこそ、ペン先や軸の素材などに凝った製品を作ることができ、気が付くと、国産万年筆は世界トップレベルの製品になっていった。
●「書く」ことを楽しむツールに
そして、ここ数年、少しづつ国産万年筆の素晴らしさや、手書きへの回帰による万年筆への注目度が高まる中、パイロットの「カクノ」が発売され、一気に万年筆ブームとも呼べる、万年筆への関心が一気に高まった状況になった。その状況を支えたのは、日常の筆記具としての万年筆の復活ではなく、多彩な色を選べる、ボトルインクへの関心と、非日常の、ハレの筆記具としての万年筆の価値。つまり、「手書き」をする機会が減ったから生じたブームと言ってよいと思う。
今、関心を持たれている万年筆は、かつてのような日常の必需品ではなく、また、大人のステイタスでもなく、インクを選び「書く」ことを楽しむためのツールとしてなのだ。その意味では、ビジネスの現場で使われる筆記具としてではない。かつてのような、モンブラン信仰も薄れ、軸の色やペン自体の大きさも多様化しつつあるのが現状だ。
台湾のメーカー、ツイスビーの万年筆は、そういう「現代の万年筆」に求められている要素をまとめて、うまく製品化したもののように私には見える。透明軸で低価格なのに、インク吸入機構を内蔵し、金ではないスチールのペン先ながら、引っ掛かりの少ない、スムーズに動くペン先を装備。そして、自分で分解してメインテナンスができるようになっている、というスペックは、インクを楽しみ、雑貨的に万年筆を愛し、日常ではない何かを書く、という行為に必要なすべてを用意していると思うのだ。
●透明軸の安価な万年筆「eco」
今回取り上げる、ツイスビーの万年筆の中でも、かなり安価なモデルとなる「eco」という製品は、現在、日本で購入する場合、実売価格4,800円前後。パッケージ(写真02)には、本体の他に分解用の工具と、インク吸入機構の回転軸に付けるオイルが付属しているのが特徴(写真03)。軸は透明で、キャップの色が、黒、白、透明の3種用意されている。
▲写真2:パッケージはシンプルながら、機能性を感じさせる文房具っぽいデザイン。(クリックで拡大)
|
|
▲写真3:中には、本体の他、説明書的な図と、工具、オイルが入っている。(クリックで拡大)
|
|
|
まず、この透明軸にカラーバリエーションはキャップ(写真04)で表現、というデザインがうまい。インクが牽引する現代の万年筆ブームの中では、透明軸がかなり人気を集めているし、国産メーカーも製品を増やしている。ただ、透明軸はデザインのバリエーションが作りにくいし、個性も出しにくい。そこで、6角形のやや大きめのゴツいデザインのキャップに色を付けることで、バリエーションと個性の演出に成功している。
透明軸にインク吸入機構内蔵で安価、というのも魅力的だ。そもそも、透明軸の魅力は、内部の機構が見えること、そして、入れたインクの色が見えること(写真05)。だからこそ、インク人気の現在、透明軸にも人気が集まるのだから、より多くのインクが入り、その様子も見えやすい、インク吸入機構内蔵型の方が、透明軸のコンセプトには合っているのだ。透明軸の元祖的な存在である、ペリカンの「デモンストレーター」も、元々、万年筆のインク吸入機構を説明するために作られたもの。コンバーターによるインク吸入では、軸の中のもう1つの細いパイプに入っているインクしか見えず、せっかくの透明軸が活かしきれないのだ。
▲写真4:六角形で大きめなキャップ。天冠が赤というのも印象的。(クリックで拡大)
|
|
▲写真5:軸の中に直接インクが入っている様子が見えるのが、インク吸入機構内蔵型の魅力の1つ。インク詰まりも起きにくいのだ。(クリックで拡大)
|
|
|
●とても書きやすいペン先
もちろん、他のメーカーにもインク吸入機構内蔵の万年筆はあるが、国産ではパイロットの「カスタムヘリテイジ92」の15,000円が最も安く、海外製でもペリカンの「M205」の12,000円あたりが最安値で、楽しみのために買うには、やや高いのだ。また、日本では、まだ古くからのユーザーなどによるカートリッジ人気が高く、カートリッジとコンバーターの両用式が製品として主流だという事情もある。そういう意味でも、安価なインク吸入機構内蔵モデルが出せるのは、新規参入メーカーの強みなのだろう。
さらに、ペン先こそ外せないものの、インク吸入機構部分はピストンまですべて、分解して取り外すことができる(写真06)。このメリットは、まず、もし、ピストンが引っ掛かるなどした場合でも、ユーザーが修理できること(写真07)、回転軸の滑りが悪くなった時、ユーザーが自分で油を差せること、インクタンク部分を自分で洗浄できること、同時に、ペン先部分も、そこだけ水に浸けたりできること、などなど。いざとなったら外せるというのは、使っていて心強いのだ。また、インクを他の色に替えたい時なども、簡単に内部が洗えるので楽だ。
▲写真6こんな風に、インク吸入機構を分解することができる。(クリックで拡大)
|
|
▲写真7:ピストン部分を外せるのは、掃除もしやすく、ありがたいのだ。(クリックで拡大)
|
|
|
そして、柔らかくはないが、紙への引っ掛かりが少ないように調整された、とても書きやすいペン先(写真08)も、タフに使える感じで書いていて気持ちがいい。「カクノ」が売れた要因の一つは、万年筆を使ったことがなかった人が、「書いてみると思った以上に書きやすい」と感じたこと。別に、ぬらぬら書ける必要はなく、滑らかに書ければ、その抵抗感のなさに驚くはずなのだ。筆圧ゼロで書ける感じさえつかめれば、低粘度油性ボールペンが問題にならないくらいスイスイ書けるのだから。ツイスビーecoのペン先は、十分、そのレベルをクリアしていた。
もちろん、高級感はない。けれど安っぽくもない。ここ一番に使っても良し、日常的に使っても良い。そのあたりの「モノ」としての存在感もちょうどいいのだ。万年筆としては軽いけれど、筆記具としての存在感はある、といったところ(写真09)。ツイスビーは、長年、有名文具メーカーのOEM製品を作っていた、金属加工やプラスチック加工を得意としたメーカーで40年くらいの歴史があるそうだ。その技術力が、「今、欲しい万年筆」を作ってみた、という感じの製品だから、満を持した感があって、使っていて嫌みがない。
▲写真8:細身だが長めのペン先。スチール製でしなりは少ないけれど、紙へのタッチは柔らかく、スイスイと書ける。(クリックで拡大)
|
|
▲写真9:自分で分解することが前提になっている、というのも、道具っぽくて嬉しい仕様なのだ。(クリックで拡大)
|
|
|
●「今の万年筆」を提案するツイスビー
ツイスビーの万年筆には、他にも、プランジャー式のインク供給システムを内蔵した「VAC」、通常のピストン式インク吸入機構を内蔵しつつ、専用のボトルインクを使えば、軸に直接インクを入れることができて、ペン先が汚れない「ダイヤモンド」など、個性的なインク吸入機構を持つモデルが揃っている。また、ペン先も、通常の細字、中字、太字の他に、スタブという線の太さをコントロールできるペン先も用意。このあたりのラインアップからも、「今の万年筆」というものを考えていることが伺える。
万年筆のような、構造自体プリミティブで、用途もハッキリしている製品の場合、「書きやすさ」とか「美しさ」、「便利さ」という方向に進んでいくのは難しくないが、価値観自体をスライドさせた製品を発想するのはなかなか難しい。ツイスビーの万年筆を使っていると、実用品に「面白さ」「楽しさ」を加えたデザインをする、というのは、今後の製品開発に、とても重要な要素になると思えるのだ。
|