●未来のエレキギター?
ギターシンセが初めて登場した時、勝手に想像したものと実物は大きく違っていた。当たり前だが、それはギターの音を波形として利用したシンセサイザーで、ギターの弦が鍵盤の代わりになって、ギターで完全にシンセの音をコントロールするというものではなかった。それ以前に、エフェクターを使うと、ギター本来の音が上手く活かせない自分にもイライラしていて、結局、面倒くさくなって、シンセサイザーに走ったのが高校生の私だった。
プロのギタリストを見ていると、なんと自在にギターの音色を弾き分けるのだろうと思う。こちらはオーバードライブ1つ、満足に扱えないというのに。実際、ギターの音色作りは、アンプによっても変わるし、ピッキングでも変わるから、もうどうしていいか分からなくなるのだ。どうにかできるのは、自分が好きな音を1つだけ出すことくらい。まあ、普通に弾くならそれで十分なのだけど。
VOXの「Starstream Type 1」が面白いのは、「ちょっと、こんな音を試してみよう」とか、この曲をアコースティックギターでやったらどうなるかな、といった、ちょっとした思いつきを、どんどん、その場で実験できることではないかと思う(写真02)。大袈裟なエフェクターボードどころか、アンプすら必要なくて、ヘッドフォンを差して、後は手元で音色をセットして、弾きながらでも、ピックアップを切り替える手軽さで音色のディテールを変えられる。
この、普通ならピックアップを切り替えるスイッチが、実は音色を変えるスイッチも兼用しているという構造には、ちょっと驚いた(写真03)。確かに、途中に空白を作って軽量化とシャープな未来っぽさを同時に実現したボディデザイン(写真04)とか、下部に、ギターを立て掛けて置く時のための脚が付いている(写真05)とか、中々斬新な部分もある。しかし、基本的には、木製のフェンダー型のボディにハンバッカーを2つ付けて、トレモロアームまで付いた、基本を押さえたエレキギターだから、ギター下部に用意されたコントロールパネル部分以外は、普通のギターなのだと思っていた。
▲写真2:音色を変えるコントロールパネル。ここで9つのタイプを選び、さらに、トグルスイッチで3つのバリエーションを選べるので、計27の音色が使える。(クリックで拡大)
|
|
▲写真3:ピックアップが2つ付いていて、ここに3段のトグルスイッチが付いていれば、誰でもピックアップのセレクターだと思うが、このスイッチも音色切り替えに使われるのだ。そして、ピックアップも実は3つ。(クリックで拡大)
|
|
|
▲写真4:弦やらブリッジやらピックアップやらといった、ギターのパーツが付いている部分と、膝に乗せたりするための外周が分かれている独特なデザインは、持ちやすくて女性の小さな身体にも似合う。(クリックで拡大)
|
|
▲写真5:壁に立て掛けられるように、脚が付いている。そして、この脚がストラップピンにもなっているわけだ。重心を変えた2種類の肩掛が可能。(クリックで拡大)
|
|
|
●内蔵DSPとAREOS-Dシステムによる音作り
デジタルエフェクター内蔵型のギターは、今までも結構あった。あのフェルナンデスの「Zo-3」にさえ、デジタルエフェクター内蔵モデルがあるくらいだ。しかし、この「Starstream Type 1」は、エフェクター切替えスイッチどころか、ボリュームつまみやトーンつまみさえ、音色のコントロールに使うようになっている。それこそ、シンセサイザーっぽい音を出しながら、アタックやディケイをトーンつまみでコントロールできるのだ。これが、エフェクター内蔵型ではない、「モデリングギター」の面白さ。
それは、子供の頃に夢見たギターシンセそのもの。ギターを鍵盤代わりに弾きながら、ギターに付いているギターのつまみやスイッチで、音を揺らしたり、音色を調整したり。このくらいのプリセット具合と、適度な自由さが欲しかったんだなと思う。オーバードライブが独立して動くのも嬉しい。この機能がなかったら、当たり前のようにディストーションをつないで、シンセ音の上にディストーションを掛けて、ギターの音を台無しにすることくらいしかねない私だ。
このギター、ピックアップで拾った音は、すべて内蔵のDSPに送られ、AREOS-Dという新システムによって、どのピックアップから拾われた音を加工するかといった判断がなされるという構造になっている。コイルタップによってシングルにもなるハムバッカーのピックアップ×2と、サドル部分に埋め込まれたピエゾピックアップから、その都度最適な音を拾うようになっているわけで、アコースティックギターの音は、エフェクトで作るのではなく、ピエゾで拾った生音を音源にして作っている。アコースティックギターモードで弾くとシャラシャラ言うピッキングの音がしっかり聞こえるのは、この設計のおかげなのだろう。
●アコギ音も奏でられるマルチギター
音色として面白いのは、金属弦系のアコースティック関係。特に、12弦ギターのシャラシャラした音には懐かしささえ感じた。共鳴している感じが指先から伝わってくるようなリアルさなのだ。シンセ系の音は、和音が苦手なようだが、シンセシンセしていて楽しい。しかしこの音をバンド演奏の中で上手く弾きこなす自信はまったくない。従来のギターとはピッキングした時の感触から違うのだ。とても不思議な感触。この音の鳴り方に慣れるところから練習が必要だと思ったけれど、キーボードで弾くシンセとは違うタイミングで強弱が付けられるので、グルーヴィーなシンセサウンドが弾けるのではと思った。
このあたりの、音色によって弾き方を変えると、より、その音色がリアルになっていく面白さが、このギターの本領のような気がする。ギターという、指先やピッキングにダイレクトに感情やグルーヴを乗せられる楽器だからこその、音色を変える楽しみ。弦を弾くというプリミティブな行為と、そのグルーヴを保ったまま、音色を加工するデジタル技術の融合は、ギターという楽器の未来を考えた時、少なくとも、その方向性は間違っていないような気がする。こういう可能性を探らなければ、ヴィンテージ万歳に拍車がかかるだけだ。
●木製のサイバー風デザインも大きな魅力
ギターとしては、ややネックにクセがあるというか、ネックが太くて丸っこいため(写真06)、押さえにくくはないけれど、何となく握りにくいのだ。普段ギブソン系のギターを弾いているため、フェンダー系に近いネックに慣れていないということもあるけれど、それでも、指板の下が膨らんだような、このネックは私には合わなかった。しかし決して弾きにくいということはなく、反応も良いし、遅延をまったく感じさせない。レイテンシーは1msecということなので、モデリングギターとしても相当反応が良いと言える。
そして、変わったデザインではあるけれど、エレキギターっぽさを重視した形だから、持っている姿に違和感がない。女性が持っても似合うサイバー風デザインというのは、意外に今までなかったのではないかと思う。レトロSF的デザインとでも言うのか。それは、機能を上手く形にしているということなのだと思う。まあ、いっそ、ヘッドレスにしたら、さらに軽くなるし、もっとサイバーだけれど民芸みたいなノリがハッキリしたかも知れないとかは思うが、それは行き過ぎになるのか。
この不思議な形が、全部木でできているというのも(写真07、08)、ギターの工芸品的な側面を強調しているようで、これもまたギターの未来の1つのあり方に見える(そこまで考えているかどうかは分からないが)。マンゴーの木を使っているというのも面白いというか、初めて触ったが、何となく柔らかさを感じる木材だと思った。複雑なシェイプなのに、エッジが立ち過ぎていない印象は、マンゴー材の柔らかいムードから来ているのかも知れない。
思ったほどノイズもなく、バンク機能でピックアップ切替えスイッチ的なところに、3つの音色を登録しておけるなど、ライブで使うことを想定した機能も搭載されている。ここまで音色がプリセットされていると、ライブで使うのに抵抗がある人も多そうだが、メインのギターの他に、もう1台、エレキギターとしてではなく、アコースティックギターや12弦ギター、バンジョーやシタールの代わりとして置いておく、といった使い方なら便利そうだ。ウクレレが選べるといいのに、とは思ったが、普段弾いたこともないレゾネーターギターの音まで楽しめたのは嬉しかった。
▲写真6:手に優しいフェンダータイプの指板がカーブを描いているタイプのネック。素材はメープルにローズウッドの指板。(クリックで拡大)
|
|
▲写真7:マンゴーの木の素材感は、アコースティックギターに通じるものがある。素朴なムードの温かい肌触りなのだ。(クリックで拡大)
|
|
|
▲写真8:背面。アーム用のスプリングが見える。電池は単三乾電池4本。アルカリ乾電池で連続使用で11時間くらい持つ。電池が入っていないとアンプにつないでも音が出ないから注意。(クリックで拡大)
|
|
|
|
|
|