●最新版「ビッグレッド」登場
最近、ブランドをリニューアルしたパーカーの新しい「デュオフォールド クラシック ビッグレッド」を入手した(写真02a、b、c)。1921年に発売されたオリジナルは、当時、黒い軸しかなかった万年筆の世界に初めて「色」を持ち込んだことで大ヒットになった製品だ。しかも、内蔵できるインクの量も多く、長時間書き続けられることから「ビッグレッド」と呼ばれるようになった。つまり、デザインと機能の双方が愛称になっているのだ。その最新バージョンは、残念ながらコンバーター、カートリッジの両用式でインク吸入機構こそ内蔵していないものの(写真03)、軸の「赤」は、オリジナルを思わせる濃いオレンジ(日本語で言えば柿色)、軸に直接彫られた刻印(写真04)や、大型で18金のペン先(写真05)、クラシカルなデザインなど、手にしていると、じわじわと、良さが感じられるのだ。
それは、多分、ビッグレッドが持つ伝説、マッカーサーが日本の降伏文書の調印式のサインに使ったとか、コナン・ドイルやトーマス・エジソン、アインシュタインが愛用していたとか、流行の最先端だった飛行機から投げ落としてタフさをアピールする広告を行ったとか、オリジナルモデルはオークションでも常に高値を付けるとか、憧れた先輩が持っていて自慢していたとか、そういった諸々が影響しているのも間違いない。そういう「伝説」の類いに余り興味がないと思っていたのだけど、ビッグレッドに関しては別だったようだ。リングの位置とサイズが気に入らないとか、矢羽根クリップのデザイン(写真06)がスマート過ぎるとか、ブツブツ文句を言いつつ、しかし使えば使うほど、とても気に入ってしまった。
もちろん、書き心地も好きだ。ペン先は決して柔らかくはないどころか、固いのだけど、それを問題にしないくらいインクフローが良くて、筆圧をかけるまでもなく、スルスルと文字が書ける。ほとんど筆圧ゼロでペン先を動かしていくだけで書けてしまうから、ペン先の固さが意味をなさないのだ。使っていると、ペン先がしなるって何だ? というか、しなるほど筆圧をかける必要があるのは、あまり良いペンではないのではないのかとか考えてしまうくらい、スイスイとペンが走る。その感触が楽しいため、つい、延々と原稿の下書きまで手で書いてしまったくらいだ。しかし、それはそれとして。
▲写真2a:紙製だが豪華さが上手くデザインされたパッケージ。(クリックで拡大)
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▲写真2b:開けると、デュオフォールドの歴史が書かれたペーパーから、製品の象徴でもある矢羽根型のクリップ部分がのぞく。(クリックで拡大)
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▲写真2c:その下に、本体と説明書。説明書の下にはインクカートリッジとコンバーターが入っている。(クリックで拡大)
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▲写真3:付属のコンバーターを付けることでボトルインクが利用できる。写真では、キングダムノートのオリジナルインク「クルマエビ」を入れている。(クリックで拡大)
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▲写真4:この、プリミティブな刻印が、何とも味わい深い。この彫りの深さが魅力のポイントだろう。(クリックで拡大)
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▲写真5:ペン先は大型の18金。エレガントな刻印が入っている。(クリックで拡大)
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▲写真6:元々は、先端に丸いぽっちが付いたデザインだったが、何度かのリニューアルを経て、現在の形状になった。さらに今回、羽根の数などを減らすなどしてスマートさを増している。(クリックで拡大)
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●万年筆のデザインと使い勝手
万年筆におけるデザインについて、少し考えてしまった。もちろん、万年筆は筆記具であり、手に持って日常的に使う道具である。だから使う人が、そのデザインを気に入っていることはとても重要だ。これはノートパソコンなどでもそうだが、日常的に使う道具はデザインが気に入っていないと、その日常そのものが不快になってしまって生産性が落ちる。みんながみんなそうとは限らないが、筆者はそうだし、実際に気に入らないデザインの道具を無理に使っていて不快を訴える人を何人も見ている。不快とまではいかなくても、気に入っているデザインのものを使うに越したことはないのだ。プロダクトのデザインというのは、本来、使い勝手に直結するものだし。
ただ、万年筆の場合、使い勝手に関しては、軸の太さや長さ、ペン先の種類などに集約されるため、デザインはそれほど大きな違いはなかったりする。ただ、ビッグレッドの場合、「赤い軸」という点がセンセーショナルだったという事情もあり、登場当初から見た目のデザインが重要視された万年筆だ。ある意味、筆記具の「デザイン」という部分に目を向けるきっかけになった製品だとも言える。
●「赤い軸」のマーケット
「赤い軸」というのは、ビッグレッド以降、万年筆の1つのアイコンになっているのではないかと思う。デルタの「ドルチェビータ」のオレンジの軸、アウロラの「レッド」といった、樹脂の色と品質がメーカーのアイコンになっているものがあるのも、その1つの証拠になるだろうし、現在、黒軸以外の樹脂軸の色というと、どのメーカーでも赤が多いというのも事実だ。赤い軸で1つのジャンルが作れそうだ。セルロイドの赤がキレイだったというのもあるだろうし、エボナイトに漆を塗るタイプの軸でも、漆の赤がよく使われるという事情もあるだろう。最近では、ペンハウスのオリジナル「シンフォニー アダージオ」のオレンジの樹脂軸もとてもキレイだった。雑誌の付録に付く万年筆でも、黒でなければ赤軸が使われることが多いように思う。ビッグレッドが切り開いた「赤い軸」という市場は、確実に定着している。
もう1つ、ビッグレッドのデザインで面白いのは、基本的に樹脂部分は直線的なデザインになっていること(写真07a、b、c)。キャップはキャップで、軸は軸で基本的には直線で、それぞれ、尻軸にかけて、リングにかけて、その最後の部分だけ、ちょっとだけ絞られている。この赤くて直線的という組み合わせが、女性的でも男性的でもない、質実剛健過ぎず、優雅過ぎもしないムードを作っている。個人的には、このキャップのリング全体が、軸に向けての絞りになっているのが、ちょっと気に入らない。ここは、以前のモデルにあった、細いリングで良かったのではないだろうか。銀のリングというのも、微妙に「新しさが古く見える」状態に陥っていると思う。パーツが銀であることと合わせて、画竜点睛を欠くように筆者には思える。といっても、全体のムードが良いので、それほど大きな傷ではないし、これが好きだという人も多いと思う。
▲写真7a:尻軸に向かう直前まで軸が直線になっていて、最後の数ミリから尻軸に向かって少し絞られている。(クリックで拡大)
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▲写真7b:首軸側はねじ切りの直前まで直線だ。(クリックで拡大)
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▲写真7c:キャップはリングが軸に向けてすぼまっているが、キャップ自体は直線。(クリックで拡大)
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●シフトするデザインの評価軸
ここで、リニューアルしたパーカーの、もう1つのラインアップである「ソネット」の、当時から特徴あるシズレと呼ばれる格子状の柄の軸(写真08)を見てみる。このクラシカルな、かつて筆者が子供の頃に父親の世代が使っていた万年筆やボールペンに多い柄は、筆者にとって、おっさん臭いデザインだったはずである。こういうデザインが嫌で、80年代90年代と、機能を追求した削ぎ落としたデザイン、シンプルな機能美を目指したものだ。ところが、この柄を知らない若い世代にとって、これが「可愛く」見えるというのである。そして、筆者も、手にしている内に悪くないと思えてしまった。特に、これもパーカーの伝統的なデザインだが、キャップがシズレ、軸が無地というツートンのパターンは、そのチェックの柄が確かに可愛いのだ。
もうすでに、デザインの正解が揺らいでいるのかもしれない。もはやシンプルはカッコ良くないのかもしれない。流行よりも、もう少し大きなものが変わってきているような気がする。ビッグレッドのクラシカルなデザインが、妙に心地よいのも、もしかすると1920年代が今や新しいのかも知れない。シルバーのパーツが気になるのも、その一環のようにも感じられる。ゴールドのパーツが嫌いだったはずの筆者にして、そう思えてしまうのだ(写真09)。某筆記具メーカーの新製品で、シルバーパーツで出す予定だったのを、最後でゴールドパーツも追加して発売したら、売れたのはゴールドの方ばかりだったという話も聞いた。そのゴールドパーツを使った方のデザインは、やはりクラシカルに見えるものだった。
パーカーが、今回、自社ブランドを刷新するにあたって、まず伝統のラインアップを、ほぼ伝統のスタイルのまま、内部と細部のみをリファインして出してきたというのも、意味があるような気がする。ビッグレッドのパーツが銀だったり、デュオフォールドのフラッグシップがビッグレッドではなく、「プレステージ ルテニウムチーゼルCT」という、シルバーを貴重とした、かなりモダンなデザインのものを用意したのは、その過渡期ならではの揺れのようにも思える。今、この時代に真面目に、真摯にデザインしているからこその、先取りと揺れを、新しいパーカーに感じる。それだけ最先端を行っているということなのかもしれないが。何にせよ、筆者が、新しいビッグレッドをすごく気に入っているのは間違いない。しかし、この軸に使われている樹脂は何なんだろう。発色の良さと手触りの良さが抜群だ。
▲写真8:パーカー「ソネット プレミアム シルバー&ブラックシズレGT」37,800円。(クリックで拡大)
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▲写真9:ゴールドと言えば、「ソネット プレミアム シルバー&ブラックシズレGT」の首軸は、従来の黒から、真鍮のような金色に変わっている。(クリックで拡大)
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