●エレキギターのデザインと音色の関係
エレキギター、中でもソリッドギターと呼ばれる、内部に反響用の空洞を持たないタイプのギターは、基本的には弦の振動を電磁石で拾って、外部に接続したアンプで増幅して音を出す。そのため、弦の太さとピックアップと呼ばれる電磁石部分の性能だけで、音が決まるような気がする。ところが、ピックアップが同じでもボディの素材やデザインが違えば音が違うし、ヴィンテージのギターに見られるように、使い込むほどに音が良くなるケースもある。さらに、ギターの形状、デザインによって弾きやすさも違ってくるし、それらの組み合わせによって、ギターの個性が形作られることも実感として分かっている。
アコースティックギターが、素材や工作精度や設計や木工技術で音や弾きやすさが変わるのは、理屈としても分かりやすいが、エレキギターもそうだというのは、実感としては理解できるが、理屈としては難しい。
しかし、ギターメーカーは、それらを設計して、例えば、フェンダーの「テレキャスター」は「テレキャスター」らしい音がするし、ギブソンの「レスポール」も「レスポール」らしい音が出るように作っているのだ。驚くのは、それが廉価版であっても、それなりに、そのギターの個性が感じられる音が出るということ。それはつまり、「テレキャスター」らしい音は、「テレキャスター」の形とピックアップと回路から導き出されているということ。
●SGを購入して
最近、筆者はギブソンUSA製の「SG」という種類のギターを購入した。一応、ギブソンUSA謹製の本物の「SG」ではあるけれど、そのラインアップの中では下から2~3番目という、まあ、廉価版の「SG」である。買い物として決して安くはないが、ギブソンの「SG」としては安い方という、そういうランク(といっても筆者が購入したギターの中で最高値だが)。つまり何が言いたいかというと、このランクの「SG」でも、十分「SG」らしいというか、実際に購入して、じっくり弾いていると「なるほどSGというのは、こういうギターだったのか」ということが分かるくらいには、十分にギブソンの楽器製造のコンセプトが伝わるということなのだ。
実は、筆者はこれまで、中学生の時に友人から3,000円で譲ってもらったグレコの「レスポールモデル」を高校2年の時に手放してからは、ずーっと、フェンダー系のギターを使っていた。あえて言えば、数年前に買った安いエピフォン製のスタインバーガーはギブソン系と言えないこともないけれど、それは、例えばフェルナンデスの「Zo-3」をヘッドの形状からフェンダー系と呼ぶようなもの。今回購入したSGが、まともなギブソン系のギターでは初めてに近く、そのせいか、いわゆる「ギブソンならでは」な細部に対して、いちいち、「なるほど、この形は、このためのものか」などと感心してしまった。
ギブソンのギターの際立った特色を感じ、それと比較する形で、これまで弾いてきたフェンダー系のギターの特色も浮かび上がってきて、それが、とても面白いと思ったのだ。もちろん、それらは、ギター業界の常識とも言えるものなのだが、やはり実感できると、エレキギターという楽器そのものの面白さに改めて気が付く。
●ギブソンとフェンダー
ギブソン「SG」の特徴は、一言で言えば、徹底した「弾きやすさ」の追求だ。それは、フェンダーの「ストラトキャスター」に見られる、徹底した「扱いやすい」の追求と好対照をなす。というか、ギブソンもフェンダーも、エレキギターという楽器について、考え抜いて楽器としての完成度を上げてきたのだなあと思う。
例えば、それは、ヘッド(弦巻きが付いているネックの上端部分のこと)の形状一つにも表れる。ギブソンの「レスポール」や「SG」のヘッド(写真02)は、一般のアコースティックギターに近い、左に3本、右に3本の弦を張るタイプで、フェンダーのギターのヘッドの多くは、片側というかヘッド上部に6つの弦巻き(ペグと言う)が並んでいる(写真03)。例えば、演奏中にチューニングを直したい場合、フェンダー系の順番に6つ並んだペグの方が、圧倒的に楽にチューニング出来る。ペグが全部上に並んでいるし、低い音の弦から高い音の弦へと順番に並んでいるから、手の動きも少なくて済むし、弦も間違いにくい。一方、ギブソン系の場合、高音弦の3本に対して手を下に回してチューニングする必要があり、ちょっと面倒だ。
▲写真2:ギブソン系のエレキギターのヘッドは、このように左右に3つづつペグが付いた仕様。(クリックで拡大)
|
|
▲写真3:フェンダー系のエレキギターのヘッドは、このようにペグが1列に並ぶタイプ。(クリックで拡大)
|
|
|
しかし、一方で、ギブソン系のヘッドは、ネックに対して少し角度が付いている(写真04)。これが何のためかというと、指板(フレットが打ってある、演奏時に押さえるネックの表面部分のこと)と弦の間の高さ(これを弦高という)を低く抑えるためなのだ。これ、フェンダー系のヘッドだと、やや凹ませてあるとはいえヘッドとネックが真直ぐにつながっているので(写真05)、いったん、少し弦を上げて、そこからブリッジに向けて弦を張る必要がある。ギブソン系だと、ヘッドが後ろ側に曲がっているため、弦は角度だけを変えられてブリッジに向かっている。このように、弦高を低く保つために、両側に3本づつ弦を張るスタイルのヘッドになっているのだ。このおかげで、ギブソン「SG」や「レスポール」は、1フレットで弦を押さえるのに必要な力が少なくて済む。
▲写真4:ヘッドが後ろに傾いたスタイルは、弦高を低く、テンションを弱めにする働きがある。(クリックで拡大)
|
|
▲写真5:フェンダー系のヘッドもペグ側が凹んでいるが、それでも弦をやや持ち上げてネックに渡している。(クリックで拡大)
|
|
|
ギターは「F」で挫折するという話をよく聞くけれど、あれは、1フレットは一番弦が張っていて固いのに、それをさらにセーハ(同じフレットの全部の弦を人さし指で押さえること。Fの人さし指のアレ)しなければならない、というのが難しいからなのだ。例えばAのハイコード(5フレットセーハ)だったら、指の形はFと同じなのに、随分押さえやすいことに気が付くはずだ。この「固い」1フレットから、すでに比較的柔らかく押さえやすく、それが、ずーっと24フレットまで続いているから(写真06)、それはもう、押さえるのに力があまりいらない。これを実現するのがギブソン系ヘッドなのだ。
もちろん、それだけではなく、フレットを低くしてあったり、ブリッジ(弦の下端を押さえる部品)の手前にコマを置いたりと、弦高を低くする工夫が随所に凝らされている(写真07)。フェンダー系のように指板が湾曲せず、平らになっているのも、押さえやすさを優先しているからだろう。一方で、フェンダー系のネックは、指板も湾曲しているから、低音弦のみ、高音弦のみを弾く時にミュートをせずに目的の弦だけをスムーズに鳴らすことができたりする。ここにも、「弾きやすさ」と「扱いやすさ」の思想的対立がある(大袈裟だ)。
▲写真6:この弦高の低さと押さえやすさがSGの特徴の1つ。ネックも細く平たく、指が短くても十分回るように作られている。(クリックで拡大)
|
|
▲写真7:ブリッジ側で弦を持ち上げているが、それに合わせて指板もせり上がっている。ピックアップもリア側が持ち上がっていて、弦の震動を効率良く拾えるようになっている。(クリックで拡大)
|
|
|
●ミディアムスケールを追求
さらに、「SG」はミディアムスケールと言って、フレットの幅が通常のギターより少し狭くなっている。これも「押さえやすさ」の思想故だろう。さらに、ミディアムスケールにすることで、ネックの長さは通常通りでも、より高い音が出せるというか、24フレットまで使うことができる。つまり音域が広がるのだ。そして、当然のように、高い音を出す部分、つまりピックアップ側に近い部分でも押さえやすいように、ネックの付け根部分が大きく抉られたデザインに加え、ネックの根元部分の指板が迫り出した構造になっていて(写真08)、高い音のフレットまで楽に弾けるし、弦高も低く抑えられている。しかも、ネック自体が薄く平らに作られているので、日本人の小さな手でも握りやすく、指も届きやすい。アコースティックギターを弾いていて感じる、「ギターって手のデカイ西洋人が作った楽器だなあ(これはピアノの鍵盤のサイズを見ても思うのだけど)」という悲しさを、あまり味あわずに済むのだ。そして、当然、「遠いフレットにも楽に指が届く」というのは「弾きやすさ」につながる。
他にも、ボディが薄くて、身体に近いところで弾けるとか、その薄いボディよりもさらにネックが薄くなっていて、その付け根が段差になっていてデザイン的にはどうかと思うけれど(写真09)、それだけネックやボディが薄いことに感動するとか、いちいち、「弾きやすさ」をキーワードにして見ると理解しやすいデザインと構造になっているのが分かる。
▲写真8:フレットの高い位置まで押さえやすいボディの形状と、せり上がっている指板。この合せ技でハイポジションも弾きやすい。(クリックで拡大)
|
|
▲写真9:薄いボディと薄いネックの装着部分は、段差になっていてちょっとカッコ悪い。(クリックで拡大)
|
|
|
一方で、密度の高い木材をボディに使っていて、薄さや大きさの割りには重いのもギブソンの特徴だろう。震動の少ない、どっしりしたマホガニーのボディの「SG」は、高出力のピックアップ(写真10)へ弦の震動を効率良く伝えて、パワフルで重厚な音をスムーズに出力する。そこも、身体に当たる部分を大きく抉り徹底した軽量化を図り、シングルコイルのピックアップで軽く切れ味のよい音を出す「ストラトキャスター」と好対照になっている。
▲写真10:ダブルコイルの高出力ピックアップがSGの特徴だが、最近のモデルでは、ボリュームつまみを持ち上げることで、ピックアップをシングルコイル型にして、テレキャスター的な音を出すことが出来るギミックが搭載されている。弾きやすい万能型のギターという方向へと進んでいるのだろう。
(クリックで拡大)
|
|
|
|
|
●エレキギターというロングライフプロダクト
ギブソンの「レスポール」「SG」、フェンダーの「テレキャスター」「ストラトキャスター」あたりは、もうエレキギターそのもののアイコン的なロングセラー製品。そして、それらの基本的な設計は、もうずーっと変わっていない。レスポールは1952年、SGは1959年、テレキャスターは1949年、ストラトキャスターは1954年に発売を開始しているから、もう60年ほどの歴史がある。世界初の工業製品としてのエレキギターであるテレキャスターがストラトキャスターを生み、ギタリストとの共同開発でレスポールがSGを生み(元々、SGは新型のレスポールとして開発された)、それぞれが、現在のエレキギターの基本になっているばかりか、今のものより、昔に作られたものの方が音が良かったりする。職人仕事の部分もあれば、工業製品としての魅力もあって、構造がシンプルなだけに、弾いてみると、その設計思想が剥き出しになるのが、とても面白い楽器なのだ。
その上で、数々のギタリストが、それぞれのギターの可能性を引き出して、新しい音を作ってきた。まさか、カントリー的な音楽のために作られたストラトキャスターが、後に、ブリティッシュ・ハードロックを代表するギタリスト、リッチー・ブラックモアの代名詞になるとは、開発者であるフェンダー氏は思っていなかったはずだし、SGがパンク・ニューウェイブのギタリストたちに愛用される未来は、ギブソンの開発陣も予想できなかったと思う。この、汎用性と個性のバランスの良さが、これらのギターのロングライフの秘密ではないかと思う。
|